アメリカ外交界きっての知日派、リチャード・アーミテージ元国務副長官が4月13日、亡くなった。日米関係を、お題目ではなく実効性のある同盟に引き上げようと奔走、集団的自衛権の行使容認など日本の安全保障政策の転換を結果的に後押しした。

リチャード・アーミテージ(AP/アフロ)

 時あたかも、トランプ大統領が日本への不満、非を鳴らし続けている。無知な指導者が愚かな言動を繰り返す中にあって、重鎮をも失った日米同盟が漂流してしまうのではないかとの危惧は少なくない。

9条改正への強い期待感を表明

 アーミテージ氏死去を惜しむ声は日本国でも相次いだ。石破茂首相は「深い知見を持って日米同盟の強化に尽力された功績に敬意を表し、御霊の安らかならんことをお祈り申し上げる」と、型通りながらも丁重な弔意を表明した。

 筆者は2004年8月、ブッシュ政権(子)1期目の国務副長官だったアーミテージ氏に単独でインタビューした。副長官は、日本を防衛するというコミットメントは絶対的なものだと強調しながら、「日本の憲法9条は(日米)協力にとっての束縛だ。米国の艦船が攻撃されても、日本は助けてはくれない。一方通行だ」と片務性の不備を指摘した。

 9条改正はあくまで日本自身の問題との見解を示したうえで、「日本が手続きを踏んで決断することを期待している」「米国は、日本の国連安全保障理事会入りを支持しているが、(常任理事国が)自らの兵力を展開できなければ、皮肉なことになる」とも述べ、改正の必要性を強調した(2004年8月6日 産経新聞)。

 インタビューの直前、アーミテージ氏は訪米した中川秀直自民党国会対策委員長(当時)に、「(憲法9条は)日米同盟への障害」との認識を表明し、日本国内で物議を醸していた時期だった。氏はインタビューで、「障害」との表現を否定、「束縛」という言葉を繰り返した。

 筆者が籍を置いていた新聞社は、憲法改正を積極的に支持していたことから、副長官は日本側に自身の発言の真意を説明するには、いい機会と場であると判断したようだ。

余談にわたるが、薄暗いながら荘重な副長官室で行ったインタビューの冒頭、報道担当官や日本担当官らが居並ぶなか、そうしたスタッフ任せにせず、自らコーヒーを入れてくれたことに恐縮したのを覚えている。

錦の御旗として利用されることも

 氏は日本への強い影響力を持っていただけに、その言動が〝錦の御旗〟として利用されることも少なくなかった。日本の指導者らによる靖国神社参拝問題もそのひとつだ。

 アーミテージ氏は副長官退任後の06年7月、この問題について述べたことがある。「戦没者追悼をどうするかは日本自身が決めることだ。中国は日本に対して中止の指示や要求をすべきではない」と述べ、靖国参拝に一定の理解を示した(06年7月20日、産経新聞)。

 しかし、同じインタビューで、靖国の遊就館について「一部の展示は米国人や中国人の感情を傷つける。日本人一般の歴史認識にも反する」と明確に指摘、不快感を示した。

 日本の友人として支持しながら、日本とその近隣諸国との関係が不安定になることを恐れた氏の精一杯の態度表明だった。

 靖国参拝に反対する勢力は、「アーミテージ氏も反対」と叫び、支持派は「理解を示した」と宣伝。米国の公式見解と日本への友情に揺れたつらい選択だったろう。

中国の台頭予測、集団的自衛権容認促す

 アナポリス(海軍兵学校)出身。ベトナム戦争での勇敢な行動で名を馳せ、その後外交界に転じた。

 レーガン政権で国防次官補代理を務め、日本勤務の経験こそなかったが、アジア太平洋の情勢には精通していた。2000年、ジョセフ・ナイ元国防次官補と共同で取りまとめた日米関係に関する「アーミテージ・ナイ・リポート」初版で、すでに日米同盟強化、日本の集団的自衛権解禁を強く提唱した。

 米英同盟のような関係を模索していたといわれるが、中国が台頭、アジア・太平洋における大きな脅威になるであろうことを予測していたようだ。

 自らの信念が日本を動かし、集団的自衛権行使容認など大国として当然の行動の原動力となったが、トランプ現政権の登場で日米関係は今、その変質の可能性が取りざたされている。

日米関係の〝時代の変化〟

 トランプ大統領は16年、1期目の選挙運動中から、日本の在日米軍駐留経費が「なぜ100%ではないのだ」などと不満を表明してきた。最近も関税引き上げ問題に関連して「日本とはうまくやっているが、われわれは彼らを守るにもかかわらず、日本はわれわれを防護する必要はない」(4月10日、ホワイトハウスで)と持論を展開した。

 日本が基地を提供、米軍が防衛義務を負うというのは日米安保条約の基本であり、日本はすでに集団的自衛権行使容認にも踏み切っている。駐留米軍経費についても25年(令和7年)度予算で2200億円を計上、負担する予定だ。

 それを知ってのうえか、トランプ氏が不当な日本批判を繰り返せば、米国、安保条約に対する日本国民の不信、不満を再燃させ、同盟は危機に陥る。

 アーミテージ氏の現役時代、日米関係は「黄金時代」といわれ、アメリカの政官界、学界、メディにも知日派が数多くいた。現在はといえば、シンクタンク、学界からは日本専門家がリタイアなどで相次いで姿を消し、その後新しい世代の台頭に至っていない。

 トランプ政権の厳しい対日政策が続く限り、日本としてもアメリカ以外の国、東南アジア、豪州などとの関係強化を迫られ同盟は変質を余儀なくされる。アーミテージ氏の死去は、時代の変化の残念な象徴ともいうべきだろう。