金藤さんが金メダルを獲った後、
「私と加藤コーチが水泳に専念できるようにしてくださった方々に感謝したい」
と言っていたのは、このフットマークという会社のことだったのかもしれませんね。
どの新聞もそれぞれの視点でいいことを書いているのですが、次の二つが印象に残りました。
まず、スポニチから。
『2度目の出場を目指し、臨んだ12年のロンドン五輪選考会でまさかの敗退。結果が出なかった時には「やめたい」ともらす金藤。それでも社員らは本人の気持ちを第一に考え、家族のように静かに見守った。
社内には応援団の「りえっ娘(こ)倶楽部」をつくった。また、大会ごとに応援ビデオを作成した。リオ五輪には、社員に加えて金藤の地元の友人、家族のメッセージも入った10分以上の超大作を送り励ました。
海外の大会に同行したこともある小菅智子さん(43)は「私の夢もかないました。結果が出ずに悩む姿をずっと見てきたので本当にうれしい。帰国したら好物の甘い物をたくさん食べさせてあげたい」と笑顔。
金藤を支えた“家族”たち。その手厚い応援を燃料とし、下町から金色に輝くロケットがリオの空に打ち上がった。』
次は日経(共同)から、少しシビアに。
『6位に終わった昨年8月の世界選手権。小林さんは「メダルを取りに行くような、チャレンジしているレースには見えなかった」と感じた。帰国後、金藤選手に「本来応援したい姿ではない」と厳しい言葉で伝えた。
「情けないレースをしてしまって申し訳ない」。金藤選手は泣きながらわびた。「僕に言われなくても、分かっていたと思う」と小林さん。昨年秋の国際大会で、金藤選手は人が変わったかのように果敢に泳いだ。
リオデジャネイロ五輪前の海外合宿中、加藤コーチから「皆さんで見てください」と厳しい練習に取り組む金藤選手の動画が届いた。三瓶社長は「へろへろになっていた。本気で取り組む姿の一場面を見せてもらった」と感銘を受けた。
そして迎えた五輪の決勝。1位でゴールした瞬間、会社に集まって応援していた社員ら約70人は抱き合い、涙を流して喜んだ。三瓶社長は「諦めない姿勢の大切さを社員たちは感じたはず。(金藤選手に)会社として何かご褒美をしたい」とほほ笑んだ。』
水泳版下町ロケット、ええ話やなあ、ほんまに。
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金藤、下町企業と「金」の絆 着用水着の販社が叱咤激励
- 2016/8/13 1:45 日本経済新聞
競泳女子200メートル平泳ぎで金メダルをつかんだ金藤理絵選手(27)=広島県出身=をサポートしてきたのは、東京都墨田区の下町にある従業員61人の会社「フットマーク」だ。社長や担当社員が叱咤(しった)激励して共に世界に挑んできた。
学童用の水着や介護用品を手掛ける同社は2010年、イタリアの競泳水着ブランド「Jaked」の国内販売ライセンス契約を締結。担当の小林智也さん(42)が、金藤選手を指導する加藤健志コーチ(50)と親交があった縁で金藤選手のJaked所属の契約が実現した。
2度目の出場を目指し、臨んだ12年のロンドン五輪選考会でまさかの敗退。「夢を断たれ相当落ち込んでいた」(小林さん)という金藤選手に、三瓶芳社長(58)が励ましの手紙を渡した。その後、何度も挫折や試練を味わった金藤選手を、家族のように見守り、励まし、時に叱った。
6位に終わった昨年8月の世界選手権。小林さんは「メダルを取りに行くような、チャレンジしているレースには見えなかった」と感じた。帰国後、金藤選手に「本来応援したい姿ではない」と厳しい言葉で伝えた。
「情けないレースをしてしまって申し訳ない」。金藤選手は泣きながらわびた。「僕に言われなくても、分かっていたと思う」と小林さん。昨年秋の国際大会で、金藤選手は人が変わったかのように果敢に泳いだ。
リオデジャネイロ五輪前の海外合宿中、加藤コーチから「皆さんで見てください」と厳しい練習に取り組む金藤選手の動画が届いた。三瓶社長は「へろへろになっていた。本気で取り組む姿の一場面を見せてもらった」と感銘を受けた。
そして迎えた五輪の決勝。1位でゴールした瞬間、会社に集まって応援していた社員ら約70人は抱き合い、涙を流して喜んだ。三瓶社長は「諦めない姿勢の大切さを社員たちは感じたはず。(金藤選手に)会社として何かご褒美をしたい」とほほ笑んだ。〔共同〕
五輪版“下町ロケット”だ!金藤 社員61人の会社が生んだ世界一
スカイツリーを望む下町の一角にあるフットマーク社では、夏期休暇中にもかかわらず、会議室に特設されたPV会場に社員や関係者約70人が集まった。レース中は画面を見られずに下を向いて手を合わせる社員が目立ち、金メダルが確定した瞬間には大歓声が響き、涙を流して抱き合った。
三瓶芳社長(58)は「ここまで感動をしたのは初めて。特別なご褒美を考えなければ」と興奮した表情で語り、社員の塩田耕平さん(26)は「こんな小さな会社に入って、世界一を獲る人と密接につながれるとは」と喜びを爆発させた。
水泳用品の製造・販売を中心に行う同社。社員61人と少数ながら、日本で初めて水泳帽を売り出した実績を持ち、スクール水着で高いシェアを誇る。磯部成文会長(75)が「会社は家で、社員は家族」と語るアットホームさが特徴だ。
金藤が入社したのは2011年。かつて加藤健志コーチ(50)に指導を受けた社員がいたことが縁だった。社内の納涼会などにも積極的に参加する金藤のことを社員は「理絵ちゃん」と呼び、交流を深めてきた。
2度目の出場を目指し、臨んだ12年のロンドン五輪選考会でまさかの敗退。結果が出なかった時には「やめたい」ともらす金藤。それでも社員らは本人の気持ちを第一に考え、家族のように静かに見守った。
社内には応援団の「りえっ娘(こ)倶楽部」をつくった。また、大会ごとに応援ビデオを作成した。リオ五輪には、社員に加えて金藤の地元の友人、家族のメッセージも入った10分以上の超大作を送り励ました。
海外の大会に同行したこともある小菅智子さん(43)は「私の夢もかないました。結果が出ずに悩む姿をずっと見てきたので本当にうれしい。帰国したら好物の甘い物をたくさん食べさせてあげたい」と笑顔。
金藤を支えた“家族”たち。その手厚い応援を燃料とし、下町から金色に輝くロケットがリオの空に打ち上がった。
平泳ぎで金メダル・金藤選手が所属するのは、社員数61名の下町企業
東京都墨田区、両国駅から徒歩10分の場所にあるフットマーク株式会社。社員数61名という下町の企業が、世界の頂点を支えた。
金メダリストとなった金藤理絵選手と所属契約
2010年、イタリアの競泳水着ブランド「Jaked(ジャケッド)」と独占輸入販売契約を締結したフットマーク株式会社。
2011年からフットマーク株式会社のJaketブランドと所属契約を結んでいたのが、8月12日(日本時間)に女子200メートル平泳ぎで金メダルを取得した金藤理恵選手だ。
契約当時の金藤選手の主な大会成績は、2008年の北京オリンピックで7位、2009年の日本選手権で1位、2010年のアジア大会で4位だった。
当時のプレスリリースには、契約の理由についてこう書かれている。
金藤理絵選手の高い目標に向かって挑戦する姿が、当社の目標実現経営方針に合致していることから、このたび金藤選手の競技活動を全面的に支援することにしました。
「介護」という言葉を作った会社
1946年創業のフットマーク株式会社は、1972年のミュンヘンオリンピックなどで、日本水泳チームに水泳帽子が採用された実績のある会社だ。
そのほかにも介護用品などを手掛けており、同社のホームページによると磯部成文社長が「介護」という言葉を作ったのだという。
1984年には「介護」を商標登録しているが、使用料は一切受け取っていない。
愛がいっぱいのJakedサイト
Jakedの公式ホームページを見てみると、金藤選手のファンサイトかと見間違えるほど、同選手への愛情が伝わってくる。JakedのPRブログも、金藤選手の活動記録でいっぱいだ。
▼リオ五輪に向けた壮行会のようす
世界のトップに輝いた選手の陰には、下町企業の支えがあったようだ。
Posted: 08/12/2016 04:46 pm|Updated: 08/12/2016 05:29 pm
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「護」は護り
推力は自分自身