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露の五郎(五郎兵衛) 深 山 が く れ

2015年09月26日 | 落語・民話

露の五郎(五郎兵衛)艶笑噺


深 山 が く れ

【主な登場人物】
 梶田源吾(旅の武芸者)  山賊の首魁(老婆)  首魁の娘(姉・妹)
 山賊たち  村の女

【事の成り行き】
 常田富士男さん、市原悦子さんと言えば「まんが日本昔ばなし」(MBS系列)
「むか~し、むか~し……」と、耳奥には両氏の声がすぐ響きます。昔話の
パターンは単純なもので立身出世、徳育、恩返し、怪物(悪人)退治……、そ
んなに細かく分かれません。

 その少ないバリエーションのなか、週2本、月8本、年間で100本、それが
25年間も続いたなんて(1975年1月7日放送開始。現在新規制作は終了した
が、探せばどこかで再放送されている)日本全国には様々な伝承民話が残る
ものだと、改めて感心してしまいます。

 今回はそんな伝承民話にも似た噺、常田、市原両氏の声を思い描きながら
お読みいただくと効果的かと思います(2000/02/06)。

             * * * * *

 え~、よぉこそのお運びさまでございまして、ありがたく厚く御礼を申し
ますが。もぉ我々の方はと申しますと、たいがい昔のお噂で、あんまり新しぃ
ことはしゃべりまへん。

 「昔々あるところに」て、これはもぉおとぎ話の常套手段ですなぁ。一番
古い話はといぅと、皆さま方もご存知で「昔々あるところに、お爺さんとお
婆さんがあったげな。爺は山へ柴刈りに、婆は川へ洗濯(せんだく)に」

 爺は山へ行って柴刈ると限れへんやろし、婆さんかて一日(いちんち)中洗
濯してるわけやおまへんやろ。けども、昔話といぅと「爺は山へ柴刈りに、
婆は川へ洗濯に」あんなんがまぁこの、何て言ぃますか、話の糸口として分
かりやすかったんでっしゃろなぁ。

 それがだんだん、こぉいろんな話ができてきてね、またその話をしゃべっ
てお金をいただくよぉになったん。それからいろんな噺ができてきた。なか
にはこの「あっちこっち旅行したら面白かろぉな」といぅんで、旅の噺なん
かができてくる。

 その頃やったらね、北海道なんかいぅともぉ遠いとこでっさかいに、北海
道てどんなんや知らん人がある。そやから噺家が嘘ば~っかりついて「北海
道行たらな『おはよぉ』が凍る」てな噺をしまんねん。

 そぉかと思うと、南の方はといぅと、九州ちゅうたらもぉ遠いとこのよぉ
に思てたんですなぁ。


 九州の天草のほとりに、噺家山怨霊が嶽といぅ深ぁ~い深山(みやま)がご
ざいました。その麓のほぉの村へ差しかかりましたのが、旅の武芸者。つま
り武者修行といぅやつですなぁ。

 頭ははじき茶筅といぃまして、バラリッとこぉここんとこで元結(もっとい)
くくって、ちょ~どあの女の子のポニーテールみたいな頭ですなぁ。ほんで
この、紫の風呂敷き包みをはすかいに背負いましてね、草鞋(わらじ)を履い
て大小を腰にといぅ、お馴染みのスタイルですが。

 梶田源吾といぅこの侍が、この麓の村へ差しかかって来ると、仕事してる
人、仕事してる人がみな女の人。

■ほぉ~、おかしなことがあるもんやなぁ。どこの村々へ行っても男が働い
て、女ごはご飯の仕度をしたりするといぅのが普通じゃが、ここの村は女ご
ばっかりが働いてるが……、男は何をしてんのやろ?

■唐(から)の国から天竺(てんじく)の方へ行く途中には「西梁(せいりょ~)
の女人国(にょにんこく)」といぅて、女ばかりの国があるといぅ話は聞ぃて
るが、まさかここは日本の国の中で、そんなことはあるまいが……。腑に落
ちんことはあるもんやなぁ……

■あ~、これこれ、これこれそこなる娘、ちとものを尋ねたい

●へぇ、あの何か?

■先程来、この村へ入って、いまだここへ至るまでに、男といぅもの
は一人(いちにん)も見なんだが、この村の男は何をいたしておる?

●あぁ、それでございましたら、いえ、この村にも男はぎょ~さん居りましたんでご
ざいますが、今はもぉ、お庄屋さんだけになってしまいまして。

■何? お庄屋だけが男で、ほかに男手は無いと言ぅのか?

●へぇ、ぎょ~さん居てましたんでんねんけどな、こんな草深いとこでおますよってに、山
越えで町まで物々を仕入れにまいりますのんです

■さもあろぉ、さもあろぉ。

●一年に一回、皆が楽しみにして、お金を持ち寄ってその男の人に預けて、
で荷車引ぃて十人ほどで町へ買い出しに

■ほぉほぉ

●ところが、行たきり帰りまへんねやがな

■ほぉ~、町へ出ると面白いことがいろいろあるでなぁ。

●「そぉでございましょ~」といぅわけで「迎えに行たがよかろぉ」といぅ
んで、十人ほど迎えに行きましたが、これが戻ってまいりません「若いもん
が迎えに行ったもんやさかいに、ミイラ取りがミイラになったんや違いない」
といぅので、またもぉ十人ほど行きましたが戻ってまいりません。

●もぉ十人、もぉ十人……、しまいには「年かさの者が行た方がえぇやない
か」と、年かさの者がまいりましたが、これも戻ってまいりません。遂には
この村の中で男手といぅものがのぉなりまして、お庄屋さんとこに息子さん
が二人おいであそばした、その息子さんが「ほなら、庄屋の権力にかけて連
れて戻る」とおっしゃってお行きになったが、これも戻ってまいりませんの。
せやから村中に男、誰ぁ~れも居らんよぉなって、お庄屋さんが一人。

■妙なことがあるものじゃなぁ……? そんなに大勢が連れだって遊んでい
るといぅわけでもあろまい

●さぁ、そこで「おかしなことや」といぅので、いろいろと人に頼んだり、噂話を聞き集めましたところが、この山に何やら山賊のよぉなものが住まいいたしてるとか、虜(とりこ)になったとか、お金
を盗られたとかといぅことではないかと、皆案じながら、こないして女ごど
もが寄って仕事をしてるよぉなことで。

■ん~ん、面妖かつ不可思議。それこそ、そのよぉなことがあったとしたら
一大事じゃ……。そぉじゃ、そぉいぅものを退治するのも武者修業の務めで
あろぉ、身共が見届けてつかわそぉ。その山といぅのは?

●あそこにござります。こっからズッと登ります「噺家山怨霊が嶽」と申しまして

■ん~、なんか落語家が借金したよぉな名前やなぁ……

●その中に、そぉいぅものが住んでいるといぅ

■さよぉか、あれなる山か。よし、身共が見届けてやる

●それはお危のぉございます。

 「いや、危ないことをするのは武者修業の務めである」と、さぁこの侍が、
止める女子衆(おなごしゅ~)の手を振り切りまして山道へ差しかかってまい
ります。一足ひとあしに日が暮れてゆく、やがてのことに日がとっぷりと暮
れました中を、梶田源吾ただひとり、トボ~トボ……♪

■偉そぉに言ぅて登って来たんやがなぁ、言ぅのは楽やけども、そないわし
もなぁ、肝っ魂の太い方やないねや。いざとなったら腕に覚えがないことは
ないが、何となしにこの……、夜といぅのが嫌い……、ん? 竹の皮が風に
舞ぉてる……、竹の皮が風に舞うといぅことは? 竹の皮、弁当……、誰ぞ
人が通った形跡はあるといぅことか。

■それにしても心細い道やなぁ……、ん、あんなところに辻堂がある。芝居
でもこぉいぅ場面はままあるなぁ。山道に辻堂が一軒「いかさま、怪しぃ辻
堂」と近付いてみるとそのあたりに……、ん? 女ごやな……。これ女、こ
れ女、被み(かつみ)を被って姿を低ぅしておるが、何やつじゃ……?

■よぉあんねん、こんなんが。女ごやと思て安心してネキ行くと、カツミを
パッと跳ねのけると、目がグリッと口がグワッと、あぁ~……、女ご、それ
なる女、カツミを取れ、カツミを取れ。何やつじゃ?

▲はい、このあたりに住まいいたします、山賤(やまがつ)の娘にござります
るが、道に行き暮れ、難渋いたしております■ヤマガツの娘が? 道に慣れ
ておるはずであろぉが。何としてこんなところへ?▲父御(ててご)が病で、
村麓までお薬をもらいにまいりました帰り道、道に行き暮れまして。

■道に行き暮れたと申すか、実は身共もな、初めての慣れぬ山路、行き暮れ
て難渋いたしておる

▲さよぉでござりまするか、それでござりましたら、む
さ苦しゅ~はござりますけど、一宿はお心任せ。

■おぉ、なかなか美形であるのぉ。いや、修業の身ゆえ、厭(いと)ぉことと
てはなけれども

▲一河の流れ

■一樹の陰

▲そこは軒端のものすごく

■憂(う)き身ながらの仮枕

▲修業じゃ、これへ

■しからば、御ぉ~免ぇ~ん~。

 「♪チ~ン、ト~ン、シャ~ン……」なんか宮本武蔵になったよぉな気が
いたしまして付いてまいります。

 「これへどぉぞ」と先に立ちました娘が、案内(あない)するよぉにトント
ン、トントン、トントン。見ますと、カツミを被って高足駄「この山道を高
足駄?」と思ぉておりますのに、これがもぉトットコトットコトットコ。

 源吾、ワラジを履いてタジタジといぅ「ん~、いかにヤマガツの娘で、道
に慣れているとはいえ、これはただ者ではないなぁ……」思ぉて付いてまい
りますと、ちょ~ど山に沿いまして道がこぉ、山とともに山なりに曲がって
おります。向こぉの山へと谷を隔てまして丸木橋が一本。

 足駄を脱ぐこともあろぉかそのままで、この女ごがカツミ被ったまま「お
先にごめん」カランコロン、カランコロン、カランコロン。

■いよいよ、これはただもんやないぞ……、この丸木橋を下駄も脱がんとそ
のままで渡る……、ん~ん、こらただもんやないで、このあたりでこれどな
いぞしとかんと具合が悪いねやが……、おぉ、向こぉ下駄履いて渡りよった
けど、わしワラジでも具合が悪いがな。

■こんなもんお前、四つん這いになったら下が見えてよけ怖いしなぁ……、
娘、向こぉへ渡ってしまいよったがな、これどない……? またこんなこと
やったら軽業でも習ろといたらよかったんや、俺もなぁ。えらいことに……

 「んッ」心にひとつうなずきますと、さすがは武芸者でございます。ツツ
ツツッ、二、三間戻ってまいりますと、弾みを付けてタタタタ、タタッ、足
が即んなった「ヤァ~~ッ!」天狗性(てんぐしょ~)飛び切りの術といぅや
つで、沖天高く舞い上がりました。

 一方、件(くだん)の女ご、渡り切ってしもぉて「お侍、遅いがまだか知ら
ん、どぉしたのか知らん?」ヒョッイと振り向くところを、上から降りて来
ざまに一刀抜いて「エイッ」ズバッ~!

▲ひえぇ~ッ!

■や、殺った、やった。ここで殺っとかなんだら、後々どぉ
いぅ目に遭ぉたかも分からん。こら、狐狸妖怪の類に相違ない、タヌキか?
キツネか? シッポを出せ……、シッポを出さんとあらば、めくって見るぞ。
めくってシッポを検め……、シッポは?

■シッポ無し、取れた跡のごときものあり……、ホンマもんの女ごであった
か。これは気の毒なことをいたしたなぁ。南無阿弥陀仏……

 ヒョイッと顔を上げますと、向こぉの方で明かりがチラチラ「おッ、明か
りが見えるところをみると、ヤマガツの娘と申しておった、あれがその樵(き
こり)の家かも知れぬ。これだけのことをしでかしたからには、テテゴが病
とか、侘びのひとつも申して……」

 「詫びて済むものでなけれども、ともあれそのテテゴの様子とやらを見ね
ばなるまい」と、この明かりをあてにいたしましてやってまいります。と、
明かりどころではない、道が突き当たり。フッと見ると、鉄の扉。

 「妙な物があるなぁ」と、子細に瞳を凝らして見ますと、明かりがス~ッ
とひと筋漏れてる「明かりが漏れてる、ここに鋲の取れた穴が一つ」ソ~ッ
と目を近づけて見ますと、中には荒くれ男が二十人ばかり。

 もぉ髭むじゃのやつがあるかと思うと、熊の皮のちゃんちゃんこを着てる
やつがある、狼の皮の尻当てをしてるやつがある。それぞれこの猪肉かなん
かのあぶったよぉなやつをくわえまして、ドブロクかなんか呑んどぉる。

★お~いッ

◆シ~ッ、静かにさらせ。今、妹御前(いもぉとごぜ)がカモを探
しに行ってござる。妹御前がカモを連れて来られたら、お頭(かしら)の願い
が叶うといぅ(クゥ、クゥ、クゥ~……、うぃ~ッ)お頭も、今日は前祝い
じゃとおっしゃってた。

◆何でも、お頭の望みといぅのは、九百九十九人(くひゃくくじゅ~くにん)、
今一人(いちにん)。千人の生き血を取って、何ぁたらの神様に差し上げたら、
お頭の願いが叶うそぉな、あと一人(ひとり)といぅそのカモを、妹御前が今
探しに行かしゃった。

◆戻って来られたら、その一人(いちにん)を打ち取って、お頭の望みは大願
成就。へッヘッ、前祝いの酒呑まんかい呑まんかい(クゥ、クゥ、クゥ~、
うぃ~ッ)注げ、ケツ上げて、ケツ上げ、おのれのケツやないわ、トックリ
のケツや、注がんかい(クゥ、クゥ、クゥ~……)

■はは~ん、怪しぃやつといぅのはこれか。何やらお頭の望みとやらがあっ
て、九百九十九人、千人の生き血を取って何やらの神に捧げる。はは~ん、
村人たちがここを越えるときに行方不明になったといぅのは、その生け贄に
なったといぅのじゃな。こぉなったら村人の敵(てき)も……、あッ「今一人
のカモを探しに……」それがあの女ごであったか。

 「んッ」心に一つうなずきますと元の道をとって返しまして、娘の履いて
おりました高下駄を履くと、カツミをこぉ被りましてカランコロン、カラン
コロン、カランコロン……

             * * * * *

(ガンガンガン、ガンガンガン)

◆おい

★え?

◆誰や戸ぉ叩いてる……、妹御前がお帰りになったんと違うか? 

いや、開けるな開けるな開けるな、様子が分かるまで開けるな。その覗き穴から覗いてみぃ。え? 

何? カツミの色が妹御前の……、

あぁそぉかそぉか、お出迎え申せ、お出迎え申せ。

 ギギギギ~ッと戸を開きますと、二十人ほどのやつが両側へズラッと並び
まして「えぇ、お帰りあそばせ。おかえりあそばせ、おかえり、おかおかお
か、わちゃわちゃわちゃ……」大勢がいっぺんに言ぅもんでっさかい、何を
言ぅてんねや分からん。

 「はは~ん、こいつらやな」両刀をギラッと両手に抜き放ちますと、ズ~ッ
と頭下げてるやつ、さながら頭切ってくださいと言わんばかり、これをばト
ンストン、トンストン、トントントントン……、二十ほどの頭がそれへさし
てゴロゴロ~ッ。

 真ん中の焚き火の中へ、バババ~ッとこれを放り込んで、バーベキューに
しょ~といぅわけで。あとも見ずに正面へさして出てまいりますと、いかさ
ま玄関式台それらしき様子。

 「頼もぉ~、頼もぉ~~ッ」「どぉれ」と出てまいりましたのが、これま
た見目麗しき女ご。

▲何事にござりまする?

■ん、身共は諸国かなわぬ武者修業の身でござるが、
道に行き暮れて難渋いたしておる。一宿をお願いいたしたい

▲まぁ「一宿を」
とおおせられまするか。東の道、西の道、いずれよりこれへお登りで?

■ん、西の道よりまいった。

▲西の道よりと申しますと、ひとり、女性(にょしょ~)にお会いではござり
ませぬか?

■ん、いかにも出会ぉた

▲いかがあそばしました?

■怪しぃやつじゃ、ブチ切った

▲え? おブチ切りになりました……? これへお越しの
途中に二十人ほどの屈強の男が。

■おぉ、いかにも、出会ぉた

▲いかがあそばしました?

■怪しぃやつじゃ、ブチ切った

▲何でもおブチ切りになる……? ここでご一宿を?

■願いたい

▲さよぉでござりますか、どぉぞお通りくださりませ。

 ひと間ひと間を隔てまして、奥まりましたひと間。

▲さらば、この部屋にてお休みを、ただ今、お茶など持ってまいります

■お茶? いや、お茶はありがたいが……、ん、こらいかんぞ、こら具合悪いぞ。
お茶のなかに眠り薬かなんかが仕込んであって、そのお茶飲んで俺が寝てし
まう……、ブスッ……

■あぁ、拙者、実は茶断ちをいたしておって

▲まぁ、お茶断ちでございます
るか、それでは疲れ休めに御酒(ごしゅ)など持ってまいりましょ

■酒、酒はいたって、おぉ……、酒の方がよけ危ないなぁ……、拙者、子細あって禁酒
いたしておる。

▲さよぉでございますか、定めしご空腹でもござりましょ、ご飯の仕度などを

■いや、拙者、禁飯でござる

▲ならば、何ぞ甘味(あまみ)でも

■いや、禁菓子でござる

▲では、あの……

■いや、何も要らぬ、何もかも禁じておる。

▲さよぉでござりますか。ならば、どぉぞ、お心置きなくお休みあそばしま
せ……、お可哀相に(ガラガラガラガラ、ピシャン)

■けったいなこと言ぃよったなぁ「お可哀相に、ガラガラピシャン? お可哀相に……」普通の唐
紙やで、こんな唐紙がガラガラと鳴るはずはなかろぉに? 今のあの「ガラ
ガラッ」といぅ音が気になる。

 近付いて開けてみよぉといたしますと、これがビクとも動かん「え~い唐
紙ぐらい、開くことはのぉても……」と、小柄(こづか)を取り出しまして、
この唐紙を破ろぉといたしますと、下は樫の一枚板。

■はは~ん「お可哀相に」と言ぅは、身共を閉じ込めおったな。少々この樫
の一枚板では、削ったところで戸が開くといぅわけのものでもあるまい……、
ん~ん……、ん? 鴨居と天井板の間に、ズッと一分ほどの隙があるが……、
おぉ、音に聞く吊り天井といぅのはこれか。

■ん~~ん、一枚板の戸で開かぬよぉにしておいて、拙者が寝入ったところ
で、吊り綱をプツッ、天井がドスン、俺がギャ~……、それでは何にもなら
ん。俺がここで死んだらこの噺これまでや、それでは五郎が可哀相(かわいそ)
な。何とかこれ……

 ふと見ますと、床の間に天照皇大神宮の掛軸「われ、日頃念ずる伊勢大神
宮なるか、われを助け給え」と一心に祈りますと、祈りが天に通じたか、風
もないのにこの掛軸がフワァ~ッと動いた。

 「すわッ」近付いて刀の木尻で跳ね除けてみますと、真っ四角な穴「おッ、
これは抜け穴であろぉか」と、ひと足出よぉといたしますと「おぉ~」下は
幾何丈とも知れぬ谷底。

 「戸口は無し、吊り天井、幾何丈とも知れぬ谷底……。前門の狼、後門の
虎か」と、ジッと見ておりますと、下の方で明かりがチラチラッとしたかと
思いますと、

◆おぉ~い、頑愚利(がんぐり)!

★何じゃい?

◆「何じゃい」やないわい、
さっき泊った侍、例の部屋へ閉じ込めたぁるといぅが、あれをやってしもた
ら、お頭の大願成就。なッ、一番手柄を立てたもんには十両といぅ金が下が
るといぅやないかい、十両丸取りやで。あそこから逃げられるはずもなし、
入って行ってブスッとやるだけで十両……、さぁ、退け退けのけ、俺が一番、
俺が一番。

■はは~ん、寝込みを襲ぉて首を取る気か……、ん、来るなら来い。

 襷(たすき)十字に綾取りまして、大刀引き抜いて、今や遅しと待ち構えて
おります。そんなこととは知らん下のやつ、

◆俺が一番、俺が一番、退けのけのけ、俺が一番、十両。首一つで十両、十
両、十両。へへへへへッ、寝てるやつを殺るだけのことや、下から見届けに
上がって来い。十両、十両、十両、十両……

 「侍どないしてるやろな?」と、ヒョイとこぉ覗き込むやつを、上からズ
バッ!「おッ」

★おい、何してんねんお前。人の頭の上へ座ったりすなよお前。え? 今、
お前「一番や一番や、十両、十両」言ぅて喜んでたやないか、しっかりせん
かい……、あッ! 落ちやがったあいつ、寝ぼけてんのんかいな、ここへき
て落ちるてな……

★と待てよ、あいつが落ちたら俺が一番、おッ、十両こっちへ転がり込んで
来た。へヘヘッ、十両、十両、俺の番や(ヒョイ、エイッ、ズバッ!)

●何やおい? お前今、ぼやいてたとこと違うのんか? お前までおんなし
よぉに俺の頭の……、落ちやがった。妙なことがあるもんやなぁ、揃いも揃
ろて。そぉすっと今度は俺の番やなぁ(エイッ、ズバッ!)

★おいッ、順番に、お前が今ぼやいてたとこと……、とすると、今度は俺かいなぁ。

 覗き込むやつを、エ~イッ! ♪ヒョイ、ズバッ、ヒョイ、ズバッ、ヒョ
イ、ズバッ、ヒョイ、ズバッ、ヒョイ、ズバッ……

 首がゴロゴロ~ッと部屋いっぱい、首の中へうずまって「ふ~ッ」言ぅて
るうちに夜がガラッと明けました。唐紙を開けてまいりましたのが、前夜こ
こへ案内してくれた女ご。

▲まぁ、お侍さま、夜前……?

■夜前はいろいろな者が出てまいった。この通りじゃ

▲さよぉでございまするか。

 顔の色がス~ッと変わりました。一旦部屋を出ましたかと思うと、今度ま
いりましたときには白装束、白の鉢巻き、大身の槍を持ちまして「いやぁ侍、
妹の仇(かたき)、手下の仇(あだ)。いざ尋常に勝負いたせ」と突いてかかっ
たから、ヒラリッと体をかわした。

 部屋内での打ち物技は難儀なと誘いまして、間ごと間ごとを開き、庭先へ
ヒラリッと飛び降りた。蜘蛛に掛け縄十文字、打々発止(ちょ~ちょ~はっし)
と闘っておりますうちに、いかなる隙を見出しましたか、サ~ッと足元を切
り払ぉたときにヒラリッ!

■どこ行きやがったんや? おい、女ご、出て来い! 急に姿を隠すとは卑
怯である……、あぁ、石灯籠の上へ上がりやがったな。

 ヒラリッと飛び上がった石灯籠の上で、こぉ槍を構えましてス~ッと下を
見てる。

■おい、降りて来い、降りて来い

▲わざわざ切られに降りる馬鹿もございますまい

■と言ぅて、俺がそこへ登るわけにも……、降りて来い。女ご、立て
膝をしていると、見えるぞ。

 そこはいかに山賊の頭目とはいえ女でございますから、ヒョイッと裾を気
にしたこの隙に「エ~~イッ」と飛び上がりました天狗性飛び切りの術、飛
び上がりざまにザクリッ!「ヒエェ~~ッ」

■え~い、骨を折らしやがったわい……、これだけの山塞(さんさい)、きっ
と金銀財宝、今まで奪い盗ったものを含めて、ずいぶんと隠してあることで
あろぉ。それなと見付け出して、そぉじゃ、あの麓の村の遺族たちに遺族保
障などしてやらねばなるまい。

 なおも宝物を求めて奥へ奥へ入ってまいりますと、正面に朱塗りの回廊、
階(きざはし)。御簾(みす)が下がっておりまして、いかさま曰くありげな場
所。

 「ん、さては宝物はこの御簾の奥か」ひと足、階に足を掛けますと中から
「侍、待ぁ~ったぁ~」「待てと止めたは、どこの、どいつ~」

 御簾がス~ッと上がりますと、中には百歳に手が届こぉかといぅ老婆。白
の鉢巻き、大身の槍を杖について、

▲いかにぃ~、侍ぁい~。われは千年天草のほとりにて、時の天下に恨みお
り、森(もり)宗意軒(そぉいけん)は妻なりしが、今この廓にはせ篭り、千人
の生き血を取ってサタンの神に差し上げなば、我が謀反の成就の満願。

▲今、九百九十九人の生き血を取り、汝一人(いちにん)にて見破られしは、
いかにも残念。娘の仇、手下の仇。覚悟極めて、勝負な、いたせぇ~ッ!

 と、芝居やったらこぉいくとこでんねん。なんしろあんた、百歳に手が届
こかといぅ、金さん銀さんみたいなお婆んでっさかいな……

▲いゃ~、いゃ~、ちゃむらい

■そら、何ぬかすねん。何が「や~や~ちゃ
むらい」や。それも言ぅなら「やぁやぁ、侍」やろ

▲さぁさぁさぁ、お前は若いさかいに「ちゃむらい」と言えるけど、わしゃ年を取って歯が無いさか
い「ちゃむらい」としか言えん。いゃ~いゃ~、ちゃむらい。

■何が「ちゃむらい」や、どっちにしたって「ちゃむらい」やないかこのガ
キ。これなと食らえ。

 ザァ~ッと切り込んでまいりましたやつ「心得たり、年は取っても森宗意
軒の妻」ハッシと槍の柄で受けたんですが、力が違います。ゼネレーション
の差といぅやつ。スパッと真ん中から切り離されました槍「これはかなわじ」
と槍の先の方を放り出した。やりっぱなし、といぅのはこれから始まった。

 残った半分、杖について逃げ出しよった「や、どっこいさのさぁ……♪」

             ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

 「待てぇ~ッ、待てぇ~ッ……」後ろから追われてまいります、年の差で
ございます。もぉ前がない、川が流れておりまして「しもた、道を間違ぉた
か」と思ぉた途端に足がもつれまして、バタバタバタバタッ。

■それッ、捕まえた。えらい目に遭わしやがった……、おのれがホンマの首
魁(しゅかい)かい、こら婆、この深山に金銀財宝が、さだめし隠しあるであ
ろぉ? これさ白状いたせ

 

▲何をするのじゃ、白状? 金銀財宝? そんな
ものありゃ~せん。

■「ありゃ~せん」て、そんなことあるかい。今まで数多(あまた)の人を殺
(あや)めたりなんやして、盗った金銀財宝が山ほどある。言わなんだら、こ
れッ、時にとっての拷問、言ぅまで痛めつけてやるぞ。それッ(ザブザブ、
ザブザブ、ザブ~ッ)

 時にとっての拷問道具といぅわけで、川の中へザブザブ、ザブ~ッ!

▲わ、わ、わ、わぁ~、ざ、財宝などは知らぬ。知らん知らん■知らんこと
があるもんか、白状さらさんかい(ザブザブ、ザブザブ、ザブ~ッ、ザブザ
ブ、ザブザブ、ザブ~ッ)

▲な、何をさらす。なんぼ無法もんじゃとて、なんでこの婆を川へ浸けて、
こんなえらい目に、なんで遭わすのじゃい?


【さげ】

■え~い、婆は川で洗濯じゃわい!


【プロパティ】
 北海道行たらな「おはよぉ」が凍る=上方落語「鉄砲勇助」
 唐(から)=中国の古称。唐土(もろこし)ともいうが、日本にいろいろな物
   品(諸々の品)を寄越したため「から」になった、という説は嘘。
 五天竺=インドを東・西・南・北・中央に区分し、それぞれ東天竺・西天
   竺・南天竺・北天竺・中央天竺とする。
 西梁(せいりょう)=後梁:554年~587年、中国の南北朝時代に存在した王
   朝。
 ぎょ~さん=たくさん・はなはだ・たいへん。大言海には「希有さに」の
   転とある。「仰々しい」のギョウか?「よぉけ→よぉ~さん」たくさ
   ん、の訛りかも?
 山賤(やまがつ)=猟師・きこりなど、山の中で生活している人。
 憂(う)き身=つらいことの多い身の上。
 足駄(あしだ)=雨の日などにはく、高い二枚歯の下駄。高下駄。また、古
   くは木の台に鼻緒をすげた履物の総称。
 即になる=離れないでぴったりと付く。
 猪肉(ししにく)=本来「シシ」は食用の獣の肉のことをいい、獣・鹿・猪・
   肉などを当てる。イノシシとは亥の肉(いのしし)の意。
 さらす=するの罵語。やがる・くさる・けっかるなどの補助。さらしてけっ
   かる。
 いかさま=かなりの確信を抱きながら、推測する場合に用いる。いかにも。
   きっと。恐らく。
 式台・敷台=玄関の上がり口にある一段低くなった板敷きの部分。客を送
   り迎えする所。
 小柄(こづか)=刀の鞘の差裏(帯刀する時、体につく側)に差し添え、雑
   用に用いる小刀。
 すわ=突然の出来事などに驚いて発する語。
 前門の狼、後門の虎=「前門の虎、後門の狼」が正しいという。
 頑愚利(がんぐり)=「頑愚」は頑固で愚かなこと。意味なく適当な漢字を
   当てています。
 ボヤク=つぶやく。ブツブツと不平をいう。また、小言をいう。
 蜘蛛に掛け縄十文字=「くもでかくなわじうもんじ、八方すかさずきつた
   りけり」と平家物語に登場する慣用句。蜘蛛手:刀・棒などを四方八
   方に振り回す動作。掛け縄:人を縛る縄。十文字:縦横に動きまわる
   さま。また、刀を縦横に振り回すさま。
 打々発止(ちょうちょうはっし)=刀などで激しく切り合う音やそのさまを
   表す語。
 階(きざはし)=階段。だんだん。きだはし。
 森宗意軒(もり そういけん)=(?~1638)島原の乱の指導者の一人。小西
   行長の旧臣で、関ヶ原の合戦後天草に土着。島原の農民の窮状を見か
   ねて乱を起こした。原城落城時に戦死したという。
 金さん銀さん=長寿双子姉妹、成田きん(1892年8月1日~2000年1月23
   日)、蟹江ぎん(同~2001年2月28日)。1991年、名古屋市長から長
   寿の祝いを受けたことが新聞に掲載され、テレビCMに登場。国民的ア
   イドルとなる。
 えらい目=さんざんな目。
 首魁(しゅかい)=頭領。特に、叛徒・賊徒のかしら。
 時にとって=その時に当たって。当時にあって。その場にあって。
 音源:露の五郎 99/06/27 特選落語全集(MBS)

  

 

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