海辺暮らし

都会を離れて海辺でスローに暮らす…のはいいんだけど

「一人遊びのできない大人」に、なりたくない。

2009年03月15日 | Weblog
「一人遊びのできない大人」と題して、日記に書いている。
以下はそのコピー。

人間死ぬまで学び続けなければならないようだ。
というのもね、学んだつもりになっていることを、ふらっと忘れていることに気づいたから。
読み直したのは斉藤学著「家族依存症」。
このところ私をイライラさせている人がいるが、その人とのことが、この本を読んですっきりした。
「底の抜けたかめに水を注ぐがごとき」と、以前この日記に書いた人のことである。
私自身が、彼女の依存と支配による人間関係に巻き込まれそうになっていたようだ。
私の目には、彼女とお嬢さんがその関係から抜け出していないことが見えていた。
けれど、もちろん言わない。
その人と長時間話していると、私が同じような「場」に取り込まれていく。
もともとそうなりやすい傾向がある私である。
が、何かがそこから離れたいと訴えた。
何かとは私のなかから湧いてくる何か。
不快感と言ってもいいけれど、それは正しかったのではないかと今思う。
不快感とかの「感じ」に従ってもいいのではないか。
どこかで冷たく突き放すことをためらう私がいた。
彼女が私に依存している様子を、夫は微笑ましいと言い、なぜ私が苛立つのかわからなかった。
わからないだろうな。
彼はそういう相手が現れれば、身を乗り出していく人だ。
相手のためというよりは、自分の満足のため。
依存傾向の強い人は世の中に大勢いる。
ほとんどの人については勝手にやってよ、と言うしかない。
しかし依存の対象が子どもになったとき、悲劇が起きる。
寂しいから、退屈だからと、子どもに依存してはならない。
一人遊びのできない大人は、はた迷惑である。

なんだ。とっくにわかっていたのだわ。
この1か月、ぐにゃぐにゃと曲がりくねった道を行ったり来たりしていたけれど。
この日記を書いたちょうど同じころ、夫は彼女に電話をしている。
私は見事に彼のやりそうなことを予測しているではないか。
まるで私が方向を暗示したようなかたちである。
彼の過剰な親切心=彼の飢餓感からくるのだろうが=を、男の誘惑というストーリーに仕立てて、彼女は私に電話をかけてきた。
夫が愚かな電話をして2カ月も経っていた。
耳を疑いました。困惑しました。
まるでメロドラマのヒロインのような「作文」である。
そのような受け取り方しかできないステレオタイプの女性なのだろう。
まあね、夫の「過剰」は誤解を招きやすいし、このようなきっかけから情事へと発展することは多い。
なにしろ彼の「過剰」は、飢餓感が発生源だから。
私とのこともそのようなところから生まれたものだと思う。
今回はその一歩手前で、わけがわからなくなった女の暴露で、ストップがかかったのかもしれない。
彼はそういうことにはならない、と言うけれど、彼女がその気になったら、どうでしょう?
このような未来予想図に私は嫉妬したのだったけれど。
彼女が、2カ月間、いやあるいは半年間、ああでもないこうでもない、と考え、おそらくは友人らしき人に相談もし、結論は「主人に嘘をつかれている妻が可哀想だ。電話で誘ってきたことを言ってあげなくては」という親切心(もちろん建て前)で、意味深なメールをよこし、私からの電話を期待した。
私はそれでも彼女に電話をしなかった。
彼女の「あおり」に乗りたくなかった。
この手のものは、たいてい愉快な話なわけがないから。
彼女が誰かと不倫したどのの話かもしれない、とは感じた。
そんな話、聞いても不愉快なだけだから、無視した。
そうしたら辛抱できなくて、電話をかけてきたのである。
無視していては悪いと思い直した私が「数週間後なら会えるわよ」というメールを出したにもかかわらず。
彼女は、「夫の悪事を暴く正義の人」として私の平穏な生活に爆弾を落としたのだ。
しかもそのイケナイ夫から、内々に誘いを受けた、と決めつけて。
これで友だちとは言えないわね。
自分の宙ぶらりんの状態に耐えられず、私を傷つけ、家庭を破壊するような行為に及んだのだから。
そう、彼女は宙ぶらりんだった。
夫からの誘いを、哀れにも色事だと誤解した彼女は、おそらくは再度の電話があるかも、と甘い期待を抱いて日々を過ごしたかもしれない。
困惑、なんて体の良い言い回し。
その手の困惑があまやかな陶酔に人を導くことを、残念ながら私は知っている。
あなたはね、そうやって自分の不安や苦しみを、身近な誰かに押しつけて、気がつかない人。
娘さんが気の毒だ。
苦しむ娘さんの母として、とても辛いと訴え、悲劇のヒロインとなる。
代理ミュンヒハウゼンとかいう病理があるそうだけど、それに近いものを私は感じていた。
そんな彼女は、自分の困惑を全部私にぶちまけることで救われる。
悪いのは私の夫。
そしてその夫の信じられない行動により、友だちを失った可哀想な女。
彼女の現在はそんなところだろう。
深入りするな、と最初に直観した私が、ずるずると引っ張られたのには、やはりわけがある。
ひとつは、地元に全く友人と呼べる人がいなかったこと。
もうひとつは、夫の不機嫌と爆発の理由がわからなかったこと。
わからないことは不安である。怖いのである。
だから助けを求める人を必要とした。
しかし今回の事件のおかげで、私は夫と何度も会話をくり返し、なんとか彼の爆発に至るプロセスが何とかつかめた。
私の不在が彼に耐えられないことを、彼は「よくわからない」と言うに至った。
よく分からない事態が彼の脳味噌で起きるらしいことは、想像できる。
いつもべったりはできないけれど、彼が極度の不安に陥らないような手立てを試みることは可能だ。
彼女が私に暴露電話をしてくれたことを、私は彼女からの贈り物だと思うことにした。
彼女に対して、あるいは彼女の娘さんの問題(繰り返すリストカット)に対して誠実に対応したことのお返しだと理解する。
私の彼女への「贈答」がなかったら、このような展開にはならなかっただろう。
まだまだ地下に潜っていたかもしれない。
人のために働くのは、やはり良いことだと思うよ。
恩を仇で返された、と一時は思ったけれど。


アディクト

2009年03月14日 | Weblog
「万葉秀歌」なるものを読んでいる。
斉藤茂吉著。
夫が「私の一冊」として即答したものである。
夫の書いたシナリオの登場人物にはならない、私は私、で通してきたけれど。
夫のシナリオはそれはそれ。
私のシナリオもそれはそれ。
強硬に拒否しなければならなかったのは、「私」が脆弱だったから。
今だって強固になったわけではないけれどね。
なんだかこのところの私、まるで夫にアディクトしているみたい。
これはいかん。
私の脳味噌が夫とのことで満杯だ。
なんとかしなきゃ。
夫のことを追い出して、別の何かにアディクトしよう。
夫が最高に嫌がる「男」にアディクトする以外は、許されるだろう。
子どもにアディクトするのは、おかげさまでやめられた。
数独は、夫を追い出す力は持たない。
夫はむしろアディクトする私を、喜んでいるふう。
もちろん、「ほんとのこと」を未だに追及されるのはかなわないようだが。
彼がもともと私にアディクトしたがったのではある。
万葉集を、斎藤茂吉の解説でほんの少し読むと、
私がアディクトなんて言葉で殺風景に書くようなことが、なんとも情緒豊かに表現されている。
なんて豊かな感受性、そして強さ。
雑多な情報、知識なんかに邪魔されず、素直にまっすぐ詠まれた歌だ。
私の脳味噌から、ごちゃまぜになって絡み合っている情報の数々を、一旦外に出したいと思った。

それから、書店でもらってきた冊子の中にあった石原千秋という人が書いた一文も、面白かった。
山田詠美の「ベッドタイムアイズ」の書き出しについて書かれたものだった。
そのなかで特に面白かったのは、山田詠美が「鏡」を見るくだり。
鏡を見ることで、彼女は「私」を獲得していく。
鏡に映る自分を見る、という行為によって。
このところの私がバランスをとれないでいる問題が、このあたりにある。
なんとも脆弱な「私」。
夫へのアディクトがなぜ起きているか。
それはもちろん彼の行動が原因である。
ところが私と夫は分かちがたく繋がっている。
彼が私を映す鏡となり、私が彼を映す鏡となり、二人の相互作用の結果が、彼の行動となって浮上した。
それはまさしく私たちの危機として、表面化した。
結果、私は再び彼にアディクトし、もともと一心同体なんて自分に都合のいい状態を切望していた彼は、喜んだ。
とてもすなおに、彼は喜んでいる。
鼻歌まで出てくる。
愛されていることが、嬉しいのだそうである。
私と一緒にいるのが嬉しいそうである。
だから私がフィットネスに行かない土日は楽しかったのだそうである。
子どもみたい?
まあね、そういう人もいるのである。
そういう男に応える女の愛も、たしかにあるのである。
お笑いくだされ。
勝手におやんなさい、と言ってください。

さて。
これから先、私のアディクトがどれくらい制御できるか。
彼のアディクトをどこで押しとどめられるか。
うーん、それができないから、アディクトなのかな。
いずれにしても、再び私はアクセサリー作りを始めようと思う。
夫が嫌がらない何ものかにアディクトするために。
それが一番。

生き延びるために

2009年03月10日 | Weblog
これは私の記憶力の問題かもしれないのだが。
以上は前置き。
昨日書いたこと、数日前に書いたことを、殆ど考慮に入れずに、ここにまた書く。
昨日と違うことを書いてるじゃない、と思われる向きもおありだろう。
それが今の私のなの、と開き直るしかない。
すみませぬ。

で、今日の私。
人が人を理解するなんて、おこがましいことだ。
理解なんてできるはずもない。
かろうじて相手の言葉を自分の言葉に翻訳するのが関の山。
当然その「翻訳」には翻訳する人によって、質の面にでレベル差がある。
私の「翻訳」がどの程度、説得力を持つものなのか。
今の私にはまったく見えない。
とんだ誤訳だ。
意訳も甚だしい。
それは「翻訳」したものを、「評価」する目がないからだろう。
私自身にその目がない。
だからここにこうしている。
ストックホルム症候群と、呼ぶ人もいるかもしれないな。
ありがたくない命名だ。
私は揺れる。
しかし、生き延びていかなければならない。
生き延びるために、未だ夫を愛している私にできること。
それは彼の「敵」とならないことなのだ。
小さな動物は、強力な動物と共にあるとき、彼の敵にならぬことを最大の課題とする。
敵とみなされた人々が、どのような扱いを受けたかを、私は記憶している。
こんなこと、記憶していなければいいのに。
私の直観は、時々この記憶をたぐり寄せる。
彼と出会ったとき、彼は私の職場の最高権力者だった。
それも相当強引な力で、人事を行う人だった。
ある人は、敵とみなされ、降格、飛ばされた。
そのころから私の直観は知っていた。
この人の「敵」になったら、ここにはいられない、と。
だから、今始まったことではないのである。
彼と私のこのような関係。
ハチミツのようにとろける愛と、恫喝。
このふたつを交互に使いながら、彼は人をコントロールしてきた人。
それ以外に方法を知らない。
そしてまたその力が甚だ大きい。
私など太刀打ちできない。
彼の「味方」である限り、彼は愛する。
だって「味方」になるとは、彼自身と一体化することだから。
私は生き延びるために、何かある度に、彼の「味方」となる道を選んできた。
彼の「敵」となって生き延びる術を知らなかったから。
仕事も失い、経済力もない私でなかったら、どうしていいただろう。
彼の部下ではない別の仕事を持ち、彼と出会っていたら?
たぶん上司と部下だから起きたできごと。
権力者と配下の関係。

私の友人にこのことを最も理解しているだろう女性がいる。
彼女は、私の円満解決のメールに無言の返事をした。
おそらく見えているのだろう。
怖い男にとっつかまっちゃって、とね。

でもね、彼は全く「怖い男」には見えない人である。
昨日から夫は私と一緒にフィットネスに行くことになった。
とても嬉しく思った。
一人置き去りにされるという彼の不満が、思いもしない行動につながるのだとしたら、一緒に行ってほしいと思った。
そこで皆さんから「やさしそうなご主人ね」と言われた。
ある女性はぽーっと顔を赤らめた。
以前スーパーで会ったときに「きれいなご主人」と評した人だ。
傍らの夫を「きれいなご主人」と言われる妻は、ちょっと悲しい。
「あ、奥さんも素敵だけどね」とフォローが入りはしたが。
そんないい男が、私の言う「怖い男」のわけがない。
世間の目はそう語っている。
私ひとりが「狂っている」とされかねない状況。
だからできごとの詳細を、ここに書き、友だちに話す必要がある。

不満の正体みつけた

2009年03月09日 | Weblog
私はたいへんわがままな人間である。
いやもともとすべての人間はわがままである。
しかし人は一人では生きていけぬ。
人間Aと人間B、それぞれがわがままに自己主張すると、当然衝突する。
衝突ばかりでは人間社会の秩序は乱れる。
人類はそこでルールを決め、法律なんてものをこしらえた。
みんなで仲良く生きていったほうが、お互いのためでないかい?ってわけだ。
しかしそれでも衝突は起こる。
事件は起きる。

法的には問題ない、として、企業から献金を受ける仕組みを作った小沢さん。
お金は欲しいのだ。
しかしお縄になるやり方は避けねばならぬ。
そこでご承知のような仕組みを作った。
法律に触れなければ、形式を踏んでいれば、問題ない。
人はとりあえずそのようにして、胸を張る。
ところが国民は、そんなことを聞きたいのではない。
私は、今回の一件で、夫の言い訳にずっと納得できなかった。
小沢氏に対する一般の国民の不満と重なる。
辿り着くのは「不信」である。
小沢さんはともかく、わが夫の「ホント」を知りたかった。
これまで、あの、私にとって生まれてはじめての暴力事件以来、私は彼への不信をぬぐい去れないでいた。
やさしかった夫が豹変するのである。
その理由もなかなか分かりにくかった。
いつも嫉妬がらみのようだから、嫉妬妄想?と勝手に診断した。
そういうビョーキを持っている人という決めつけ。
だから彼の暴力のきっかけとなり「不機嫌」をとても恐れた。
不機嫌の理由を尋ねないようにした。
あえて無視して、私はご機嫌な家政婦を演じた。
でもね。
これが彼には不満だった。
そりゃそうでしょう。
殆どビョーキの夫は適当にあしらって、とりあえず元気になりましょう、とやっていたのだから。
「愛されていないと僻んだ」とか「嫌われていると思った」と夫は言った。
私には思い当たるところがある。
12も年の離れた夫の最期を看取る役目だと早々に決め、老人のお世話係くらいに考えれば、彼の束縛や不機嫌にも耐えられると思っていた。
老人や病人の介護の問題の、初歩的な間違いをしていた。
相手を一人前の人として扱わないこと、これが最大の侮辱だということ。
私自身がそうされることを嫌がっていたくせに、自らそれをやっていた。
老人も病人も、施しや同情がほしいなんて思っていないのだ。
私には、彼が突然キレて大変身し大荒れする理由がわからず、根っこのところで不信感が渦巻いていた。
夫は夫で、家政婦と自称するわりにはわがままな妻の、傍若無人ぶりを大目に見るというスタンスでいた。
年が離れていることだし、と思ったことだろう。
その結果、彼は年老いた自分は若き妻の保護者でしかないのでは、と不満を募らせていく。
彼は「さみしい」と訴えたかったのかもしれない。
きつい言葉による攻撃は、私の得意技である。
言葉そのものが攻撃的なのだけれどね。
口が達者な妻に、痛めつけられている、との不満もあったようだ。
(言い訳をすると、私の言葉は、私自身へも突きつけられる鋭い刃であるから、これはときに自虐的な暴力ともなる)

夫は数々の不満を「呑み込んで」きた。
「呑み込む」という言葉は、残念ながら私の辞書にはない。
痰は呑み込んではいけない、と思っている。
しかし天下の公道に吐き捨ててはいけない。
それはともかく、「呑み込む」ことでその場をしのいだ人の心には、呑み込んだ分だけ、ヘドロが澱のように蓄積されていく。
これが不満というやつの正体である。
抑えつけられた欲望、すなわち不満は、出口を求める。
夫にとっての危機だったのだろう。
自分の中に溜まったものを放出する必要に迫られていた。
間欠泉のような爆発は、妻が脅えて逃げ出すことになる。
これは絶対避けたい、彼は心に決めていた。
だから、回り回ったかたちで、噴出した。
今回の彼の行動を、私は彼の「表現」だと思っている。
理解するまでとてつもない時間とエネルギーを必要としたけれど。
それができたのは、とりもなおさず、彼を私が愛していたから。
そしてたぶん、彼も私を愛していたから。
彼のこの言葉は、信じている。
同調しているから。

抑えつけざるを得ない状況があるから、彼の不満は溜まっていったのだ。
正当な出口から表出するには、それを阻む力が強すぎた。
だって私はそれを拒否していたのだから。
どんな愛の言葉にもひじ鉄だったな、私。
もう「愛」なんて言葉にだまされたくない、と思ったから。
彼の「本物の愛」なんて言葉にまんまと騙されてここまで来た、と思っていたから。

今、彼の言う「愛」を、すなおに受け取ろうと思う。
私自身、「愛」という言葉で表すしかない情動を深く感じたのだもの。
わざわざ自虐的に「私は家政婦らんららん」なんて言うことないよね。
愛している、と言ってくれる人がいる。
幸せではないですか。
ね。

これが私の生きる道。

2009年03月06日 | Weblog
もう一週間。
あっという間に時が過ぎる。
夫が妻に内緒で妻の友人に電話をかけた一件で、ここまで引きずっている。
なんてお嬢さまな奥さまなの?と皮肉っぽい声が聞こえてきそう。
そうかもしれない。
そこまであなたは夫の自由を奪いたいの?と訊ねる人もいるだろう。
けれど、互いの自由を縛りあう関係を求めたのは彼自身ではなかったか。
私が仕事に出ることを全力で阻止し、彼以外の人と会うことができなくなるまで、自分のそばに縛り付けた。
彼の折々の激しい嫉妬は、私にスリットの入ったスカートをはくことさえできなくさせた。
男性との接触は当然忌避するようになった。面倒だから。
そのせいかどうか、私の女性ホルモンは通常よりも激しく減少していったようだ。
自らの女性性を封印することで、彼の求め=他の男に行くな!に応えようとした。
涙ぐましいではないか。
自分のことながら涙が出るほど、愛おしい。
無意識の働きがホルモンの働きを抑えたのか。
ところが今回の事件が起きてわずか数日。
私の女性ホルモンは、にわかに活発に動き始めた。
頭では「離婚」の二文字がちらつき、もう一方では、夫の言い訳を信じようという動きがあった。
葛藤である。
夫は見事に言い訳を用意していた。
片方の当事者である女が「○○さん=私=の留守の間に、会いませんか、といわれたときは耳を疑いました。困惑し、早く知らせなきゃと思い」2カ月が経ったころ、変なメールを寄こした彼女、その人のうちに全部ぶちまけた。「じつはご主人から電話をもらったんです」と。半ば泣きながら。
彼女のメールを、夫は「完璧な作文だ」と言い捨てた。
双方の言い分は真っ向から対立したのだ。
それはそうだろう。どちらも自分も守る必要がある。そう、どちらも、私に非難されまいとした。あたらの二人が結託して、「一緒になります」とならなかったのだから、よしとしなさい。そうおっしゃる方が多いことだろう。
そうかもね。そう自分を納得させようと努力した。
しかし私が最後まで譲れなかったのは、夫が彼女に電話をかけるに至った動機だ。
人が思いきった行動をとるにはそれなりの動機がある。
もともとダブル不倫の揚げ句、子どもたちや周りの人を傷つけ泣かせて一緒になった二人だ。大いなる犠牲が払われた二人の関係は、夫が猛烈な嫉妬の上に私を束縛するのもある程度はしかたがない、そう思いもした。
どちらかというと、うっとうしいと思い、この嫉妬は老人性のもので、ますますひどくなったらどうしよう、と思った。
このあたりは、どうやら彼の不満として蓄積していた。
「嫌われてると思った。僻んだ」と夫は言う。
そこまで言う夫が、彼女に電話をしたことはたいしたことではない、と言い張る。
妻と夫は共同責任だから、妻の落ち度を彼女に詫びたのだ。
と、最初の電話について彼は釈明した。
妻のためを思ったと言ってもいい、と。
あら、それならなぜ「妻には言わないでください」というセリフが出るの?
二ヶ月後、秘密の電話の後はじめて二人は公の場で会う。
そのとき彼女が妙に自分に接近してきた、周りの目が気になるくらい、と夫は言う。
最初の電話がもともと無意識にかけられている。
彼女の変化が、自分の電話のせいだと気がついていない。ほんと?
同じとき、私は彼女がこれまでになく肌の艶がよく、まいわば「気合いの入った状態」で現れたと感じている。バイトを始めたせいかしら、と私は思っていた。
その彼女の接近を、多忙だったので振りきるようにしてしまった、と夫は言う。
そのことへの気がかりが、電話をかける行動となった、と夫は言う。
もっと話したいことがあったのかな、と純真な夫は思い、私のいない時間に彼女に電話をかけた。
そして「妻が留守の間に、会いませんか=彼女のメールによる」と誘った。
夫によれば、ニュアンスが違うそうだ。
話したいことがあるのなら、もっと話を聞きましょうか。こちらに来たいと言っていたようだし、それを妻が断ったようでもあるし。
彼の言うニュアンスはこうである。
しかし一切リアリティのある言葉として、私は聞かされていない。
このリアリティというのは、とても重要だ。
人があとからくっつけた言葉というのは、案外見破られるものだ。
その場でまさに語られた言葉は、リアリティというものでこちらに伝わる。
そのリアリティが、この電話の会話を伝える夫の言葉にはない。
夫は、妻が留守ということと、話を聞きましょうか、ということは別々の時点で言ったこと。それを、意図的にくっつけたのだ、と主張する。
この手の言い訳は、彼の常套手段である。
彼は常に「自分は正しい」人なのだ。
夫は、妻の留守にこの家に女性を上げるわけにはいかない、と言った。
周りの目を気にする彼は、このあたりの配慮は完璧だ。
そんな配慮のきく彼が、外で、喫茶店で会うことなら問題ないとする。
「彼女のことを女性だなんて全く感じない」と言い張る彼が、そんな配慮はできる。
なんだか変。
なんだか変、の自分の直観を信じないで、夫の「俺の言うことが信じられないのか」なんて恫喝に屈するわけにはいかない。
私はしつこい。
いや、当然だろう。
「あんたは自分の主観で物事を考える、主知主義だ」なんてわけのわからんことも言う。
主観を信じないで、何を信じろというのだ。
神のお告げか?
自分はもう二度とこのような誤解されるような行動はしない、謝る、と言った。
これが彼の謝罪である。
なんか変。
誤解されるような行動をとるに至った自分の気持ちには全く言及しない。
しかも、妻に内緒にしたというところが最大の焦点であるにもかかわらず、その点には触れない。
彼にとっては、妻に内緒、というのは対した問題ではないのだ。
彼が前妻を裏切り、大阪の新地の女とねんごろになり、7年もつきあった末、私に乗り換えた。そのときも、悪いのは前妻であり、新地の女であった。
そう言い張る彼に、私は絶望し、別れを告げたことを覚えている。
人との人との関係で、一方が完全にワルでもう一方が善であるという考えを、私はとらない、と。
それに対して彼は、長文のラブレター(後で冷静に読むと、自分のことばかり書いてあった。将来バラを育てたいとかね。好きなバラの写真まで貼ってあった。彼の本物の愛とは自己愛のことだった)を携えて出勤前の私を待ち伏せし、公園で大泣きして「本物の愛をわかってくれ」などとほざいたのだ。
こんな泣き方をする男に初めて遭遇した私は、よりを戻した。
情にほだされたのかどうか、わからない。
しかしこんな男に、何度となく侮辱され、恐怖におののくような恫喝もされた、にもかかわらず、私は戻るのである。
ここが肝心要のところだろう。
DVであるとか、共依存であるとかの、読み方があることは知っている。
DV夫に暴力を受けても、やはり戻っていく妻たちが多いことについて、専門家は首を傾げる。
彼らが答えを持っているのかどうか、それも知らない。
しかし専門家がつけたネーミングなど、もうどうでもいい。
他人に名付けられたからといって、解決する問題ではないと知った。
あなたの病名はガンです、
医師に告知されたからといって、治らぬものは治らない。
治療して治るものであるなら、そうしよう。
しかし解決策は、別れる、しかない。そして経済的な自立。
仮に経済的な自立ができていたとしたら、別れるか。
これも分からない。
私に仕事があったなら、きっぱり別れた後、ああ昔、情熱的な愛の交歓をした相手がいたなあ、と懐かしく思い出すのだろうか。
相当な時間が必要だろう。
もはや60歳の私に、傷を癒しつつ、一人で生きていくための仕事を探し、かさかさに乾いた心で生きていく覚悟があるのか。
ない。残念ながら、ない。
そんな元気はない。
それほどまでに、今の私は彼によりかかって生きている。
敵の思うつぼ?
尽くしに尽くして相手の手足の力を奪ってしまうという愛し方があるのだ。
かさかさに乾いた心で、肩肘張って生きていく私を想像した。
この年で得られる仕事は、ホテルのベッドメイキングくらいだ。何年か前に、別れようと考えて私は調べたのだった。
そんな私のイメージは、今の夫との生活を捨てて飛び込みたい世界ではない。
かといって、本当のことを見つめられない男との暮らしで、私はどうバランスをとっいけばいいのだろう。
人は、目の前の相手がバランスを失うと、ふらつくもんである。
片脚立ちのバランスをお試しあれ。前のふらついている人を見ると、こちらもふらつく、必ず。
私の夫は、私から見ると、バランスを失った男。
自らのバランスを保つために、目の前の相手が狂っている、と思う人。
こういう男の「誠実」とはどこにあるのだろう。
何度も何度もくり返しくり返し、この答えを求めて私は夫と話した。
「またか」「いい加減にしろ」「しつこい」「何度後戻りすればいいんだ」
夫はうっとうしそうに、もううんざりといった顔をした。
そんな、これくらいはあなた、つきあわなければ公平とは言えないわよ。
心の中でそうつぶやいて、私は追及の手を緩めない。
ときにははかなげに泣き、ときには冷静な大人の顔になり、ときには夜叉のように怒り、あらゆる手段を試みて。
そうしてなんとか辿り着いた。
この男、自分と向きあうことができないのだ、というところに。
もともと、行動の人だった。
沈思黙考などしていては新聞記者としてやっていけない。
そのような訓練の成果か。
まるで政治家のような詭弁を身につけている。そして恥じることがない。
ジャーナリズムは4つ目の権力である。
その権力の中枢に登り詰めようとした男である。
嘘も誠もごった煮状態のなかから、誰も信じずに権力闘争を勝ち抜いていく。
そんな世界にはとんと縁のない私に、勝ち目はない。
私がフィットネスに行っている間に男と会っているかもしれない、などという疑いを、まさか本気でもつとは思えない。
しかし根底には人間を信じられない男のあわれがある。
自らの行為を私に投影しているだけである。
私にはそのような、夫に隠れて何かしようという気はないので、全く夫を疑わなかった。
人を疑う人は、まずご自分の心に聞いてみることですね。
私はお人好しなことに、男性とのニアミスを避けることを最優先して生きている。もしそうなったら、夫が悲しむだろう、と本気で思っていた。
それほどに彼は私が外で「女」であることを嫌ったのだ。
外だろうと内だろうと、私は「女」をやめたのだ。
めんどくさい! それだけの理由。
そうしたら、あろうことか、夫が外に「女」を求めた。
もちろん「肉体的な」という意味がすべてではない。
本人はそうでないことを強調して、身の潔白を主張するが。
若い男女じゃあるまいし、そうそう即物的に男が女を求める、ということを言っているのではない。
男が女にどんな内容であろうと電話をするとき。
もちろん夫婦の間で互いを裏切らないことがプライオリティである場合だ。
私がそうだと思っていただけだな。あはは。
それは複層的にからみあった動機があるのだと思う。
よくあるのが、「癒されたい」「甘えたい」「受け入れられたい」「包まれたい」。いわゆる女性的とされるものすべて。
そうであるからこそ、女性に電話をし、また女性であるからこそ家庭内に波風立てないために秘密にしようと言ったわけだ。
ここの矛盾を、夫は完全に無視する。
政治家の先生方は、この手の強気がきわめて得意である。
白を黒と言い続ける。
私の側に、彼を単なるやきもち焼きの厄介な老人、と見る目があったことは確かだ。
しかもDV もやる。もはや命短い、介護を必要とするまであと少しの老人。
正直に言おう。この目線は、私の中にあった。
彼が死んだ後、どう生きよう、なんて考えもしたし。
この目線は、じつは夫を侮辱していた。
かつて夫により侮辱された私は、弱っていく夫に対して同じことをしていた。
彼が「愛されていないと思った」「嫌われていると僻んだ」と言うのは、本音だろう。
このあたりで、私は彼の誠を感じた。
強引に彼の心の奥に、私は踏み込んだ。たいした女ですネ。
そこまでいかないと、彼の誠に触れることはできない。
それほど彼の心は幾重にも扉がついていて、人を寄せ付けない。
とりつくろうことが習い性になった人のかなしい姿だ。
かたや私はほとんど野生児と言われた女だ。
生まれっぱなし。ほとんど苦労らしい苦労もせず、空気も読めないまま、自己中心的に生きてこられた、非常に恵まれた人間だ。
夫は私との出合いのとき、「人間らしい」と絶賛し(まあおだてられました)、「ぼくが女ならあんたみたいに生きたかった」とのたもうた。
どういう意味?
まずそのころの私を、夫は彼の前任者の「女」だと勘違いしていたのである。
ちょっと待ってよ。
こんな具合に、いろんなことを勘違いする御仁である。
勘違いのまま、即行動するので失敗も多い。
考える前に動くのは、新聞記者としては必要な資質かもしれぬが、72になったらいい加減落ち着けよ!
彼の「即行動」は、相手の女を驚かせたらしい。
彼女はもっとじわじわとも自らの「女」を楽しむ気だったのだろう。
リスクを背負わない女である。
それなのにわが夫は、少々のリスクなど厭わない。
「そんなつもりじゃなかった」と言い張り、それを通してきた自信が、行動を後押しする。
そんなつもりじゃなかった、と言い張る男。
見苦しいぞ。
潔く認めたまえ。
ぼくは「女」を求めていたと。
かつての文学青年はどうした?
かぎかっこ付きの女とは、週刊誌が書く「女の事件簿」のような女ではないぞよ。
まったく、週間誌的ステレオタイプでしかものが考えられないのか。
などなど、彼を挑発したり、なだめすかしたり。
私のこのエネルギーはどこからきているか。
ここまで語っていないことを、書く。
私の女性ホルモンが再び分泌を始めたのである。
これが私には最大のショックであった。
頭ではこの男を軽蔑する、いつ捨ててやろう、などと考えている最中に。
私の「女」は活発に動き始めていた。
なんなんだ、これは?
文字通り私たちの「関係」は復活した。
いやさらに言えば、出合いの初めのころのようにみずみずしく甦った。
いったい全体、これはなんだ。
72歳と60歳の男女。
しかも交際しはじめて14年。
飽きる? ノー。そんなものとは違う次元のようだ。
夫は見違えるように元気になった。
しかし彼のセリフは違う。
あんたに刺激されて。
あーあ、男と女の間には深くて暗い河がある…。
しかし当然考えた。
世の男たちが喜ぶような文脈を。
性的関係にはしばしば社会の権力関係が投影する。
そう、私は、男の征服欲を限りなく満たす女、なのである。
夫はそれは喜んで私をアイシタ。
これこそが私たちを結びつけたものだ、と。
その通りである。
ここで私たちはいつも別れられない。
この女性ホルモンの放出は、おそらく私の身体が無意識に発動したものだ。
ピンチだと知ったのであろう。
女に戻れ!と脳が指令を出したのだ。
身体というのはなんて不思議な生き物だろう。
しかし数日後、こんな屈辱を抱えたまま、私はここにいられるか!
再び目覚めた。
何だ、エロスだなんだ言っても、結局はDV関係にくくられる話じゃないか。
冗談じゃない。
妻のジェットコースターのような変化に、夫は面食らう。
どうなっているんだ!
また彼は怒る。
威嚇する。
自分が非難されると思えば、怒りで防御する。
これしか彼には手がないのか。

そう。
夫のしでかしたことがきっかけなのに、私はいつの間にか、夫という権力の復活に一役買っていた。
そんなばかなことって、ある?
妻においてけぼりにされた、と不平を言う夫。
ついには週4回通っていたフィットネスを3回に減らすことになった。
おかしいじゃないか。
妻を裏切らんとした男が、素知らぬ顔で、再び妻を束縛しようとする。
バラの会にまでぴったりくっついていこうか、という話にまでなろうとした。
そうなのである。
私が彼への依存を危険だと感じ、徐々に自分の足で立とうとしていたときであった。
そのときにまさに、お馬鹿な夫は、妻に不満を抱きへ別の「女」に向かおうとした。
二度とそんなことはしないよ、そのかわりにもっとぼくをかまってよ。
彼はそう言いたかったのだろうか。
私を傷つけ、悲しませ、弱らせた揚げ句、また彼に依存しなければ生きていけない女にしようとしたのだ。
すご腕である。
しかし今回の私は少しは違っていた。
彼の言動が、私の左脳の海馬にはびっしりデータとしてつまっていた。
それを何度も何度も精査し、どうにか彼の行動パターンを導き出した。
起きたできごとをなんとか収拾して責任を持って引き受けていく男ではある。
この点では立派。
しかしことが起きる原因をしばしば自分が作っているにもかかわらず、一切認めない。
そして過去は隠蔽され、あるいは加工された記憶としてのみ残っていく。なんだかね、麻生さんみたい。
根拠のないプラス思考。楽観。自信。
どこで身につけたのかしら、あの方たち。
彼の行動パターンから導き出した私なりの筋書きがつながったとき、私はトイレの中で歓喜した。
脳が喜んだ。
そうだったんだ。私はこれを求めていた。それでしつこく周辺取材をしたのだ。リアリティを求めたのだ。そして、つながった!
幾重にも隠蔽された彼の真実の「可能性の一つ」ではあるけれど。
彼の言語を、わけがわからぬ、ど放ってはいられなかった。
私は彼の言語を翻訳すると決めたのだ。
本人の意向とずれていようと、私なりの翻訳が完成した。
それが私を喜ばせ、また自信を取り戻させた。
やったね!
それでも、不安はむくむくとわいてくる。
この男は、私が心身ともに一体であることを感じさせていない限り、またふらふらと行動するのだろう。
かわいい女になった翌朝の私は、そんなことをつぶやいて彼を困らせる。
またぞろ取材が始まろうとする。
しかし私はやめた。
そして彼にこう言った。
「私の中にはまだ葛藤があって、あなたを信じられないという不安がむくむくと頭をもたげます。でも問い質したところであなたから私の思うような答えが出ないことはわかっています。だからもう聞きません。だけどまた不安が頭をもたげてくるでしょう」
こういう言い方には、彼も静かに「気持ちはわかるよ」と言う。
このあたりが、この男と紳士協定を結ぶところかな、思う。
そして、彼は今日、あんなにいやがっていたフィットネスに私と同道した。
私がプールの日はあまりにも楽しそうだから、とプールをやめさせた男を、プールに連れて行った。
疑うのなら実際に見たほうがいいよ、って。
男性の影なんて、ほら、ないでしょ?
しかし疑う人は、それでもその先を疑うものだ。
だから私は疑う夫をぎゅっと抱きしめて、アイシテルと言うのだ。
そうすることが、私が選んだ、私の生きる道。
繰り返しの 、愚かなエンドレスなら、死ぬまでやりましょうか。

夫が女に電話をかけた時。

2009年02月28日 | Weblog
ブログというのはなんて役に立つのだろう。
家計簿と照合すると、私の日常の出来事がくっきり浮かび上がる。
フィットネスに通い始めて元気になった。
死に損なって生還した人のように、とてもアグレッシブになっている。
特に夫に対して。
夫の不機嫌は、私には到底理解できない内容を原因とすることが多かった。
嫉妬というのか、被害妄想というのか。
そう決めつけているので、無視するに限ると思っていたのだ。
骨粗鬆症なんて、年齢に見合わぬ病名の宣告を受け、なんたって自分が元気になるのが先決、と決意したた昨年であった。
しかし、調子に乗って、言いたいことを言っていた。
ブログに残っていた。はっきりと。
彼の不機嫌とそれに対抗したのち、勝ち鬨を上げる私。
これでは彼に不満が溜まろうというものだ。
私としては、半ば復讐の気持ちがあったのだろう。
私を独占して行動の自由を奪っている男、とだけ見て。
しかしこれはあまりにひどい。
そんな相手だったらとっとと別れなさいよ、と一読者の私は言う。
私に論破された彼は、
「口だけ達者だな」といやみを言っている。
そこでとどまればよいのに、「それと○○もだけどな」ととても卑屈な言い方をした。
この言い方に私はいつもキレていた。
いやらしい言い方はやめて!と。
しかしこの夏、強くなった私は、あなたの敵はあなたの中にいる、と言い切った。
そして相手にしなかった。
このあたりの雰囲気から、夫が彼女に電話をかけるに至ったのも無理はない、と思った。
私に対する腹立ちや、憎しみが皆無なら、私に内緒の電話をしたりはしない。
そういう関係のはずであった。
多くの人を傷つけ、雨あられと降ってくるさまざまの誹謗中傷に耐え、ここまできた二人なのだ。
それなのにあまりにあまりな私の態度。
サルサの話以来、ずいぶん私たちの心は離れていたのだと気づく。

それにしても、私は過剰に反省する傾向も強い。
夫が電話した相手である女性は、その電話のあと明らかに態度を変えていた。
それなのに、私は全く夫との秘密を隠しているなんて想像もせず、なんかコミュニケーションができない、と感じ、度々その違和感をここに書き付けていた。
なんとか自分のなかで処理しようと、漫然運転はいけない、なんて書きながら。
直観というのは、たいしたものである。

今回のことで、ここにきちんと書き残さなければならないことが、じつはある。
しかし相当な内容になるので、今少し時間をおきたい。
今日はとりあえずここまで。

夫を「翻訳」する。

2009年02月27日 | Weblog
夫のとった行動、及び、その理由について、何度聞いても私は理解できなかった。納得がいかなかった。だから、とことん知りたかった。しつこかったと思う。以前「二課の刑事みたい」と彼が言った知能プレイで、聞き出すのだから、夫はへとへとになった。彼がどうしてそういうアクションを起こしたか。彼の説明ではまったく合点がいかない。まるで政治家の答弁のようだ、私は怒った。
繰り返し繰り返し、彼の言葉でそのときの状況を話してもらった。
彼は一貫して、「相手が話を聞いてもらいたがっていると思ったのだ」と言う。どうやら彼は本当にそう思っているらしい。
しかし電話をかけた相手は、「○さんがお母さんの入院でいない間に、会いませんかと言われたときは、耳を疑いました」とメールしてきた。そしてその申し出をやんわりと断り、2カ月間悩んだあげく、私に知らせたという。「もっと早く知らせるべきでした。私は○さん=私を応援しています。体力つけて頑張ってください」と、私との関係が切れてしまったことに彼女は気づかない。半年も前に、「妻には言わないで」という電話を受けていながら、その後何度か私と会っているときに、一言も告げなかった彼女に対して、今ごろどうして?と思う。
「主人もあなたも、私にとっては同罪よ。私との関係を大事にするつもりなら、主人から電話があったことを秘密にするべきではなかったわね。あなたと主人は秘密を共有したのよ。でも今言っていただいて嬉しいわ」と別れを告げた。
私にとって彼女は「友人」ではなかったということだから。
夫の言い分と彼女の言い分は全く違った。
それぞれが、自分を守るための筋書きで話している。当然だろう。
ひとはみな真実をすべて言葉で語れるわけではない。
だから、彼の言い分と、「妻の留守中に会えないかと誘われて耳を疑った」という文脈の彼女の言い分。
ふつうに見れば、彼女の言い分が正しく見える。見事でさえある。半年も困惑しつつ悩んだ人、ではない。
半年間、夫の行動を何も知らない妻を笑っていたか。それは知らない。
しかし、私の直観は、彼女の変化に気づいていた。私の話に耳を傾けなくなっていた。私が「割れたかめに水を注ぐがごとき虚しさ」と書いたあの日である。長時間彼女と話し、私はいつものように彼女に真摯に向きあっていた。彼女が私を頼っていると思っていたからである。
その同じ日、彼は彼女がより親しげに近づいてきたと感じ、何か話したそうにしていた、と言う。(だから、自分は電話をしたのだと)
余談だが、彼女はそういうふうに思わせるのが得意な人なのだろう。こうして書いてみて気づいたけれど、私も彼も同様に、自分が彼女に頼られている、と思っている。しかし彼女は、そういう人だけに、人から支配されたくないともがいている人である。それがわかるから、彼女に会い、諭した。これこそが、彼女がいやがっているポジションなのだと、私は気づいていた。だからもう会わないほうがお互いのためにいいと思って、きっぱり言えずにいた。彼女はそれには全く気づかず、二人の「支配者」の間を上手に往き来する心地よさを味わいたかったのだろうか。舅に可愛がられたかつての嫁の再現…。
それについては、彼女は過去に実績をもつ。彼女は都会から来た農家の嫁として、舅に可愛がられ、当然ながら姑から憎まれた。舅と姑の間にさりげなくいるだけで、彼女の深い部分は、他人をコントロールする快感を味わっていたと想像できる。
舅の前で可愛い嫁であり、子どもを愛する慈しみ深い母である。
夫との関係は当然希薄になり、彼女は不満を抱える。
その不満は娘へと向かい、娘が長じるにつれ、彼女の自立を阻む。
舅が死に、娘も成人したとき、彼女は自らのアイデンティティの問題につきあたった。
舅の嫁、娘の母、という基盤がくずれるのだ。
最後の砦は母しかない。必死で娘にしがみつき、娘を病人に仕立てていく。
娘は苦しみ、リストカットの繰り返し。
このあたりでは私もいくらかは彼女、および娘さんの役に立っていたと思う。
おかげでずいぶん改善されてきたのだろう。
もう私にいろいろと教えてもらう必要はないと感じたのかもしれない。
そんなときに、夫がそれは優しく現れた。
父と母を短い間に失った人だ。私はそれにも同情し、やさしくしようと努めた。夫もまた、同じように感じたというが。
彼女に対して私は、バラの苗をあけてくれる?と頼み、わざわざ1時間以上かけて彼女の家まで行き、庭の土を掘って植えてあげたこともある。彼女はそのとき、庭先でラムネをごちそうしてくれたけれど。私たちの好意に甘えることは、彼女にとってはごく当たり前のことだったのだと、今は思う。そのバラがこんなにきれれいに咲きました、と、彼女は私ではなく、彼に写真を見せた。これも彼女にとっては自然な行動だろう。バラをくれたのは夫なのだから。
52歳にして「まるで娘っ子(夫の表現)」なのである。
そんな彼女が、夫の二度目の電話に「耳を疑った」。
びっくりしただろう。まさか、そんなリスクの高いことをしようとしたわけではないのだ。
夫と私、二人の間を上手に往き来し、陰で操る秘かな楽しみ、これが彼女が半年間味わっていたものなのだから。それ以上のことなんて、できる人ではない。相手にそう仕向けることはじつに上手だけれど。
私が彼女と会ったのは、いつも彼女からの誘いだったことは明記しておきたい。
私にとって、積極的に会いたい人ではなかった。
初めて話をしたときに、これは深入りするとまずい人、と思ったこともおぼえている。
その彼女が、予想外の展開に驚き、電話の後2カ月も経ってから、私にこっそり知らせてきたのだ。
夫はこのとき「やられた」と思ったそうだ。どういう意味かはわからない。
彼女のこの電話は、私たち夫婦の安定を壊す目的で為された行為だと言う。
私たちが、あまりにハッピーな年賀状を出したのが、その背景にある、とも。
これについても私は首を傾げ続けた。
夫の醜い言い訳じゃないかと。
それでも私は、彼女とはさよならしても、夫とは別れられない。
なぜなら、離れることは死に匹敵するくらいの、得たいの知れぬ情動、心も体も込みの、強い、ああ適当な言葉がみつからない、そんなものがはっきりと私にある。離婚してその得たいの知れぬ魔物を引きずることを考えると、身がすくむのである。
別れられないのだったら、この事件で人間不信になり、彼のすべてが嘘に見える彼を、なんとか信じることのできるところまで、辿り着きたい。
その思いがしつこい事情聴取となった。
他人の心に踏み込んでその心の成り立ちを覗きたいという、誠に無礼な欲望である。
そしてひとつひとつ、煉瓦を積んでいく。
彼は「かみさんが実家に行っている間に、ここに呼ぶわけにはいかないだろう」と言った。だから外で、喫茶店ででも会おうと思った。その結果については話したかもしれない。つまり、彼は彼女のなかに支配的な私への不満が渦巻いており、それを自分が聞いてやるのだと、言うのである。私からは、これは彼の私への不満なのだと見える。自分の不満を彼女投影している。彼女の不満を聞くことによって、彼は自らの不満の解消としたかったのかもしれない。
「全く彼女を女だとは見ていなかった。自分はおじいさんか、父親代わりだと思っていた」と夫は言う。そのくせ、近所の目には妻の留守に家に入れてはいけない存在として、しっかりブレーキがかかっている。しかも、彼の言い分を信じるなら、妻のためにも良かれと思ってなのだそうだ。しかし、妻には携帯のトラブルのときに見られるかもしれないと電話をかけた履歴を消去した。
これは論理的に通らない。
彼女が女であることを意識したからこそ、近所の目を避けて外で会おうとし、妻に見つからぬよう、口止めし、履歴を消した。
「そんなつもりは全くなかった」と何度言われても、ここは譲れない。
彼の意識には浮かんでいなかったかもしれないけれど、彼女が女でなければ、このような隠蔽はなかった。
そしてまた、彼女に断られることもなかった。
このあたりが、彼のとてもユニークなところだ。
政治家にもこういう人が時々いる。
私はこのような思考回路を持たないので、ある意味、外国人のようだ。
国際結婚をしたようだと感じたこともあったな。

そこで。
内田樹先生のブログには、いつも素敵なヒントをいただく。
今日は翻訳の話だった。
外国語の翻訳について書かれた文章のなかで、外国語のところを夫に入れ替えて読んだ。とても強引に夫の翻訳。
そしてこう書き替えた。
理解できない言動に遭遇したとき、人はまず相手の言い分を聞き、それを受け入れられない自分の見方と突き合わせる。徹底的に。そのことによって自分が慣れ親しんでいる思考のくせ、あるいは表現の構造について省察する。
まだ省察には至っていないが、上の文章で私にとっての必要である、夫の翻訳は、ざっとできたかなと思う。
誤訳、かもしれないけれど。

このようにわが夫は、というより、私たちは、時として翻訳の労力を必要とするのである。

夫による支配権の奪還だ

2009年02月23日 | Weblog
一夜明けて。
空腹と睡眠不足。
どうしてこんなにヤワなんだろうね。
信頼を裏切られたことによるショック。
信頼ってなんだろう。
夫の行動が、まるで私に対して憎しみでもあるように思える。
そこまで私が憎いのですか、どうして?
彼は主導権を奪われるのがよほどイヤなのね。
プライドもとても高い。
そして何よりショックなのは、彼の心は二重にも三重にも壁があったこと。
自分の本心を見せることなく生活できる人だということ。
これが一番ショックだった。
彼の人間関係コントロール術というのは、電話の様子を見ているとある程度わかっていた。
がっかりするような、陰険なやり方をする。
そして人には言わないでくださいね、だ。
今回はこの部分が、妻には言わないでくださいね、だった。
私だけが例外だと、なぜ思ってしまったのだろう。
彼は人を操作する対象としか見ない人なのに。
私だけは違う、そう思わせる「説得」があったにせよ、ね。
言いくるめられる人間しか、彼は必要としていない。
私がそれを拒否したとき、彼の中で敵マークがつく。たぶんね。
破壊。
彼がこれまでやって来た数々の暴挙。
彼は誰かと誰かの関係を壊すことを欲望する。
ある時は親友が惚れた女にアタック。
ある時は前社長が惚れた女を奪い去る。
そして…。
権力、支配者としての位置を獲得する。
そのためには何でもやる。
どんなご託でも並べる。
まんまとはまるだ。
支配と被支配の関係にはまりやすい人間を、彼はめざとく見つける。
不満を抱えている人、不幸のにおいがする人などだ。
今回彼は小さなわが家という世界の支配権を奪還した。
そのために彼がしたことは、私の友人に甘い言葉をささやき、二人の秘密を持ったことだ。
浮気したわけじゃない、と言う。
そうね、成り行きによってはそうなったかもしれないわね。
早めに知らせてもらってよかったわ。
友人は、夫の誘いに「会いましょう」という誘惑に乗らなかった。
それが彼を今一度私に向かわせたのだったか。
ずいぶん愛の告白を受けたな、このところ。
べたべたとくっついて、私のフィットネス行きにも寛大で。
裏切られたことのない者には、この気持ちは分からない。
もちろん夫にはそんな経験はない。
いつも加害者。
それも無自覚な加害者。
もう何をか言わんや。
おへんろさんを歩こうかと、考えている。
一人大地を踏みしめながら、歩きたいと思う。

恥ずかしいけれど

2009年02月22日 | Weblog
恥ずかしい話ですが、ここに記録として残します。
笑っちゃうくらい呆れて…とは小泉氏の言葉だけど。
私も全く同じセリフを吐きたい。
わが夫は、まさかと思いましたが、かの友人に電話だけでなく、「会えませんか」とアプローチをしていたのです。
それも母の入院で私がこちらにいないときに。
彼女がようやく話す気になったのか、メールで知らせてきました。
どういうつもりかしらと思った、なんて書いてはありましたが。
すごいですねえ、うちの亭主、71才です。
元気ですねえ。
こっそりと関係が作れるという自信があったのかしら。
確かに夜のおつとめはお断りすることが多いです。
だから冗談に「ほかの女性を見つけて」なんて言ってはいましたが。
まさか私の友人に厚かましくも手を出そうとするなんて。
彼が私を疑うはずですね。
自分のなかに常にそういう心があるんだもの。
私、もう堪忍袋の緒が切れました。
でも、冷静に行動しなきゃ、敵は凄腕です。

どう思いますか?

2009年02月22日 | Weblog
ああ情けなや!
中川元大臣の話ではない。
まあね、麻生総理も中川氏も、もう一人中山元大臣もいた、もっとい~っぱいいるけど、あの手の人たちは皆そうだわ。
一言でいうなら、人権、という概念が理解できない人たち。
そしてその手のお仲間が、わが家にも1匹生息中である。
政治の話をする際、わが夫は上辺では私の意見に同調してみせるので、まるで人権とか人間の尊厳とかがわかった人のように見える。
とても親切で、ジェントルマンで、優しくて、ナイスガイなの!
ところがところが、どんなことをしていたと思います?
ゆっくり書きますから、聞いてください。
麻生氏は、国も国民も「私」のもの、とお思いのようだ。
そしてそのお仲間たちは、なべて似たような感覚で生きておいでである。
わが夫も然り。
私および私の友人まで、彼の自由にできるもの、とお思いのようなのだ。

私の友人、ここにも度々登場いただいた人であるが、彼女と最近疎遠になっている。
このところ会って話しても何かいやな感じが残ったからだ。
そうそう、割れたかめに水を注ぐがごとき虚しさ、と書いたその人である。
私の対する態度が、微妙に変化したことに、私は不快感をおぼえていた。
早い話が、私の話を聞いているようで、実は聞いていない。
かつては私に一目置いていたのに、そうではなくなった。
ん?
「また、怒られるかもしれないけど」なんて言ったのだ。
こういう発言が出るにはわけがあったことが、この度判明した。
これでは長時間しゃべらされて、揚げ句、徒労感だけが残るのは当然であった。
そのわけとは?
私だけが知らないわけがあったのだ。
彼女と私の夫が「秘密」を前提に、まあ! 電話で話していたのである。
浮気したわけじゃないから、別にいいでしょ、と思います?
ノン。
私と友人の2者関係に、夫が割り込んできたのである。
妻の友人も自分の友人だと、きっと思っている。
彼とすれば、妻の物は自分の物、共有財産とでも思ったか。
思い上がりも甚だしい。
近ごろ携帯の盗み見でもめる若いカップルが多いというが、それと同じ。
妻だろうと夫だろうと恋人だろうと、侵してはならない領域がある。
そこへ無神経に踏み込んで、警報が鳴った。おっと中川の話になった。

このことが発覚したのは、友人の告白であった。
ご主人には「言わないで」と言われていたんだけど、と彼女は泣きながらすべてを話した。(なんで泣くんや!?)
私が彼女を避けていると感じて、それはなぜなのだろうと考えた揚げ句、電話してきたらしい。
「ご主人、そばにいる?」と脅えながら話した。
彼女は、主人に親切にされ、「妻がああいうきつい女でごめんなさいね、だけど、ぼくがいるから大丈夫、いつでもいらっしゃい」と言われて、あれ話が違う、と思ったのだろう。
そりゃそうだ、夫婦喧嘩なんて両方の話を聞くもんじゃない。
夫の策により悪者にされた妻は、友人の変化を敏感に感じた。
そう、信頼関係、いやいや、二人の間にあった力関係が崩れたのだ。
もともと私は彼女の前で君臨するつもりではなかった。
しかし野村さちよ的ヒールにされてしまった。
この反応には不快だったから、私はますます遠ざかる。
この友人というのが、虎の威を借る狐、である。
夫の親切な戯言に、後ろ盾を得て、私の説教を鼻で嗤ったのだ。
夫も友人も、どっちもどっちであった。
まあ、こういう組み合わせは、よくある。
私はが最近そこから一抜けたのだが。
支配と被支配の関係に簡単に組み入れられる人々、ってことですよ!
夫の行動は、表向きは親切=実は「出過ぎた」親切だが。
深いところでは、妻への意趣返し。
または、従者を求めた気持ち。
これは、思うにまかせなかった。
ははは。
夫は言うにことかいて、「あんたは、はめられたんだ」なんてのたまう。
彼女がなんで私をはめるの?
夫は私との権力闘争に敗れた。
しかし敗者でいることは耐え難い。
反撃に出た。

それにしても私の直観はすごいな。
夫が電話しているなんて、全く思いもしなかった。
彼は私をしょっちゅう疑った。
俺に隠れてこそこそ何してるんだ!なんてね。
全くの濡れ衣なんだけどね。
私はそんなこそこそ隠れてする必要がないほど、気が強い。
なので、相手がまさかそんなことするとは、想像もしない。
わがジェントルマンの夫は、歳と共に「力」を失ったせいか、私の友人の携帯に自ら電話したのだ。
いや彼はこういう画策めいたことをよくやっていたのだろう。
親切な顔をして、味方に引き入れ、別のある人を失墜させることを。
「ご主人がどうして私の携帯の番号知っているのかな、と思ってた」
彼女は必死に自分を守る。
半年も秘密にしていたくせにね。
当然もう一方の密通者はさらに防衛に必死だった。
彼女がこの頃家に来ないし、あんたが彼女のことを悪く言うし、申し訳ないと思って電話した、と胸を張って言う夫。
へっ!?
きょとんである。
「妻がかなりきついことを言っているんでしょう?ごめんなさいね」と親切な紳士の顔をして、このヤギおやじは電話したに違いない。
この手のやり口に対して、相手は赤ん坊みたいなもんだ。
夫はこの50過ぎの女性を御しやすし、と見たのね。
私が夫の大爆発の際、洗いざらいぶちまけた相手ではある。
誰かに話さないと私は夫により「狂人」にされてしまう。
そんな危険を回避したかった。
自分が正しいと言い張るためには、相手が狂っていると言うのがてっとり早い。
サルサのイメージからねちこにいやがらせをしたことに端を発した大爆発。
これがきっかけではないか。
この事件をなきものにしたい、あるいはこれはすべて妻が原因なのだと周知したい。
自分の正しさが脅かされているのである。
私の言い分だけを聞いている友人を、自分の領域に引っ張り込みたくなったのだろう。
妻との諍いは、妻のビョーキに原因がある、自分は間違っていない、むしろ被害者である、としたい彼の必死の自衛。
近ごろ政界で散見するのと同じ論理だ。
自分の正しさを補強したいために他人を利用する。
と同時に、夫は私への不満を同じ被害者である友人と共有しようとしたのかもしれない。
自分の主張は間違っていない、それなのに妻はそれを認めない。
そんな、妻の主張も夫の主張も並び立っていいではないか。
そういう考え方ができない。
男は強い、俺は偉い。
そうでないと男は生存してはならない、のでしょ。
自分の正しさの証明のためだけに、他人を必要とする人々。
中川元大臣、安倍元総理はじめ、なんかサムライを標榜している人ほど、脆いね。
当然だよ、強がっているだけだから、ぼろが出る。
強がりを補強するのに、御しやすい相手、つまり女子どもが必要となる。
私もそう見込まれたんだけど、残念ながら私は我が強い。
そこで、まあ自我がちゃんとしていないために私と縁があった人なんだが、その友人に矛先が向いた。
妻を思うようにコントロールできないなら、と思ったか。
たぶんそんな深い思慮のもとに行われたのではない。
相手をみくびったのもあるだろう。
友人をコントロールして、その先にいる私もコントロールできると思ったか。
それはあいにくであった。
おかげさまで、皮肉にも私はこの人権侵害男と結婚したことにより、自我が確立したのである。
じわじわと姿を見せず私をコントロールしようとした過去の夫より、はるかにわかりやすかった。
麻生総理も、そういう人だと思えばわかりやすい。
国民のことなんて、自分の力を確信するための道具としか考えていないよ。
ああ、久々に怒ったから、支離滅裂な文章になった。
もっとゆっくり書くつもりだったけれど、お腹も空いたの。
生涯、夫は自分の非を認めることはできまい。
麻生くんも同じ。
あの手の人たちは、自分にOKと無理矢理言い続けなければ自分が保てない人たちなのだ。

私はかの友人とはもう会わないだろうと思う。
腹も立たない。
夫は生活を支えている雇用者みたいな部分で、まだ繋がっている。
情けない男だと妻に思われ続けることに、夫は耐えられるか。
また強い自己コントロールにより、自らを善人として構築して、私を錯覚させるのだろう。
だまされた振りなんてできない私が、さてどうするのか。
乞う!ご期待。