心の風景

晴耕雨読を夢見る初老の雑記帳

菩提の道場を終え、次は『涅槃の道場』へ

2017-04-08 15:02:55 | 四国遍路

 小林秀雄講演CD第1巻「文学の雑感」のなかに、昭和45年8月、長崎県雲仙で5百名近い学生たちに語った「山桜の美しさ」という講演があります。小林68歳、大著「本居宣長」を著した頃にあたります。宣長の「敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜花」の歌から始まる講演の中で、小林はソメイヨシノではなく山桜にこそ桜の良さがあると説きます。四国遍路の旅のバス車中、山々に浮かぶ山桜を眺めながら、ついつい耳を傾けてしまいます。
 柔らかな春の雨が煙る四国路、今回は菩提の道場と言われる愛媛県は西条界隈の6カ寺を巡りました。行く先々で満開を迎えた桜が迎えてくれました。

 第六十五番札所・由霊山三角寺(四国中央市)ご本尊は十一面観世音菩薩
 第六 十 番札所・石鉄山横峰寺(西条市)     ご本尊は大日如来
 第六十一番札所・栴檀山香園寺(西条市)    ご本尊は大日如来
 第六十二番札所・天養山宝寿寺(西条市)    ご本尊は十一面観世音菩薩
 第六十三番札所・密教山吉祥寺(西条市)    ご本尊は毘沙門天
 第六十四番札所・石鉄山前神寺(西条市)    ご本尊は阿弥陀如来

 まず最初にお参りしたのは三角寺でした。バスを降りマイクロバスに乗り換えて、平岩山の中腹にある境内に向かいます。鐘楼を兼ねた山門をくぐると、さっそく桜の花がお出迎えです。「小林一茶が寛政7年(1795年)に訪れたとき、『これでこそ 登りかひあり 山桜』と詠まれただけあって、山内は樹齢3、400年の桜が爛漫となる名所」と言われます。春の到来を喜んでいるようにさえずる鶯や他の山鳥たちと一緒に、みんなで般若心経を唱えます。
 次に向かったのは横峰寺です。こちらもマイクロバスに乗り換えて20分。山岳信仰の霊地であり修験道の道場でもある、石鎚山(標高1982m)の麓にお寺はありました。標高750メートル、八十八霊場のうち3番目の高さにあり、四国遍路における3番目の「関所」にあたります。案内看板をみると、関所とは「悪いことをした人、邪心を持っている人は、お大師さんのおとがめを受けて、ここから先へは進めなくなると言われています」とのこと。
 高いお山の上だからでしょうか、桜の季節だというのに、大師堂の前には屋根からずり落ちた雪がまだ残っていました。でも、暖かくなったら、境内の山肌に群生するシャクナゲが一斉に花ひらくことを思うと、非日常の空間が広がります。
 翌日、最初にお参りした香園寺は、驚いたことに、八十八カ寺では唯一の鉄筋コンクリート造りの大聖堂でした。安産、子育ての信仰を得て栄え、かつては七堂伽藍と六坊を整えていたそうですが、「天正の兵火で焼失、寺運は明治・大正になって復興」したのだと。
 大聖堂は昭和51年に建立されたそうです。1階は大講堂、2階に本堂と大師堂があって、600席あまりもある椅子席に座ってのお勤めでした。ここで先達さんは、般若心経を通常の三倍の速さで3回も唱えるのだと。これにはみんな追い付くことができませんでした。
 次にむかった宝寿寺は、一宮の別当寺なのに、何があったか知りませんが、四国八十八ヶ所霊場会と裁判で争い、つい2週間ほど前に霊場会「脱退」を勝ち取ったお寺でした。他のお寺では納経帳をお願いすると無料でいただく「御本尊御影」を1週間前に200円にしたのだとか。八十八カ寺のうち1枚だけないのもどうかと、みんな200円を払っていただくのですが、完全に足元をみた対応に?マークがついてしまいます。あまり良い気持ちはしません。
 八十八カ寺のうち唯一毘沙門天を本尊とする吉祥寺は、お迎え大師とくぐり吉祥天女が迎えてくれます。その横には「眼を閉じて金剛杖で穴に入れば成就す」る成就石なるものがありました。お隣の吉祥天女も下をくぐればお願い事が叶うとかで、みんなでくぐることに。で、わたしの願いってなんだろう(笑)。贅沢は言いません。
 最後は、前神寺でした。横峰寺と同じく修験道の開祖といわれる役小角が蔵王権現の像を刻んで安置したのが始まりとされ、「明治新政府の神仏分離令により寺領を没収され、廃寺を余儀なくされた。その間、石鎚神社が建立されたりしたが、明治22年に霊場として復興した」と記されています。山門では狛犬のお出迎えをうけることになります。
 そうそう、今回で菩提の道場(愛媛県)を終えますが、泊まったホテルが道後温泉まで徒歩2分のところにありましたので、夏目漱石も愛したという「道後温泉本館」に出かけました。何十年ぶりでしょうか。入浴だけなら410円、2階席、3階席の湯茶など接待付きは840~1550円という値段設定です。「神の湯」で温泉につかったあと、同宿の方と近くの居酒屋で一献傾け、松山の夜を楽しみました。
 3階建てやぐら(振鷺閣)付きの本館は、明治27年4月の竣工のためか、耐震構造に課題がありそうです。今夏にも工事に入る計画のようですが、そうなると数年間閉鎖になる可能性が高いのだそうです。入り納めということにしておきましょう。
 こうして10回目の四国遍路の旅は終わりました。次は「涅槃の道場」と言われる香川県に入ります。昨年の7月から始まったこの旅も、残すはあと23カ寺です。6月には結願の予定です。
 四季折々の四国の風景を眺めながら、無宗教を気取っていた私は、空海という人物に出会い、般若心経というものに出会い、こうした時空を超えた出会いを通じて、残された人生の生き仕方を考える「時間」をいただきました。また、四国の山間の風景の向こうに、かつての古き良き時代の風景を重ね合わせてみたり、季節ごとに別の表情を見せる山肌に心なごんでみたり。そして同宿の多くの方々と酒を酌み交わし人生を語り合い、一期一会の貴重な経験をさせていただきました。

 

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