日常のぼやき

引きこもりレベル上昇中。そろそろ必殺技でも覚えそうです。

幽霊と探偵 手折れの島1

2016-07-18 | 自作小説
 ずる、ずる、と。大きな荷物を引きずる音が辺りに響いている。しかし周囲は木や雑草が生い茂り、人の気配はまったくないためそれを誰かに聞かれることも、運んでいる荷物を見られることもない。道があれば何か運びやすい車輪のあるものに乗せるのだが生憎獣道でしかないここを運ぶには引きずるしかなかった。担げばもっと楽なのかもしれないが、まあこんなものは引きずるので十分かとずっと引きずっている。見た目は細身なのだが疲れた様子もなく汗一つかいていない。
 引きずり続けとうとう目的地までやってきた。一気に開けた場所に出たそこは崖の上だ。鬱蒼と生い茂る木々と何も生えていない場所の境界線の辺りに小さな社があり、何かを祀っている事をうかがわせる。それを忌々しそうに見つめ、思い切り蹴りつけた。何偉そうに鎮座している、何の力もないくせに。
 運んできたものを見下ろす。強く殴りすぎたのか、それはピクリとも動かないが生きている。本当はここまで自力で来てもらい気絶させるつもりだったが来る途中で口論となり帰ろうとしたため、仕方なく殴って気絶させた。
 崖の際ぎりぎりに転がして軽く蹴飛ばした。うめき声を上げて意識を取り戻したそれは、はっとして周囲を見渡し自分の状況を理解して顔を引きつらせる。崖の下は海だが、今日は風も強く少々荒れている。海岸と違ってつかまれるような場所などなく、落ちたらまず助からない。
 今まさに殺されようとしている気分はどうか、と尋ねれば目を見開いて小さく首を振った。パニックになっているらしく、いつもの強気な態度ではない。先ほどは悪かった、言いすぎた、とテンプレートのような言葉を脅えながらまくしたてる。それはそうだろう、己の目の前にいる人物は手に蔓切り鉈を持っているのだ。一歩でも動けば切りかかられる事をうかがわせる冷たい表情は慈悲の欠片も感じられない。刃物で殺されるか、崖から落とされるのか、いずれにしても自分にできるのは相手の機嫌を損なわない事だけだった。
 一歩、また一歩と近づいて来る。やめて、やめ、やめてください、お願いします。涙ながらに訴えても相手はピクリとも表情を変えない。すっかり腰が抜けてしまって、立ち上がることも出来ないので相手をかわして逃げる自信も刃物を取り上げる自信もなかった。
 その時相手は初めてニコリと笑った。とても綺麗な、清清しい笑顔だ。その場違いな笑顔に心臓が止まりそうになる。

 じゃあ、行ってらっしゃい。

 まるで出かける人を見送るようにそう言うと、顔面に思い切り蹴りを入れる。バランスを崩し、そのまま悲鳴を上げながら崖から真っ逆さまになって落ちた。崖の岩にあたることもなく、一直線に海に落ちる。
 一度だけ顔が出て必死に助けを求めていたが、ガクンと不自然に下に沈んだ。自分の身におきた事が理解できずに恐怖し、パニックとなって暴れますます溺れていく。
 そして次の瞬間には勢いよく沈んでいった。まるで、海の中から誰かに引っ張られたかのように。それっきり浮かんで来る事もなく、辺りは波の音だけが響く。何事もなかったかのようにその場を後にした。
 ああ、今日は本当に良い日だな、と呟いて。


 今佐藤探偵事務所の応接間は非常にピリピリした空気になっていた。普段は客を迎え詳細を打ち合わせするのに使われるその部屋には、探偵二人が向き合ってソファに座っている。

「お願いしますサト君」
「・・・ああ?」
「サトさん、サト様、ミスター中嶋、マエストロ」
「・・・マエストロ関係ねえだろ」

 必死に頭を下げて頼み込む男と、視線だけで人を殺せる能力があれば目の前の男を10回は殺してそうな男。その空気の悪さにまわりも気を使う・・・かと思いきや、そんな空気にはなれたものなのでなんともほのぼのした雰囲気だった。

「で、お返事は?」
「NOに決まってんだろ死ね」

 視線だけではなく言葉で人を殺せる能力があれば目の前の男を50回は殺してそうな、事実50回は死ね発言をしている中嶋聡は地を這うような声だ。副職でヤクザをやってますと言われても納得してしまいそうな雰囲気、はっきり言ってしまえば殺気だった。

「頼むよおおお!同期のよしみ!優秀なサト君のお力を何卒この愚民に貸してください中嶋大魔神様ああああ!」
「今の失言を詫びてこんなクソな時間作るヒマがあったらさっさと仕事するのと、俺に殺されるのと首吊って死ぬのと俺に殺されるのどれがいいんだテメエは」
「さりげなく殺されるの2回入れないでくれよ」

 かれこれ10分ほど続いているやり取りを見かねた清水がやれやれといった様子で声をかける。

「海藤君ねえ、サト君はこの2日間合計3時間も寝てないんだよ?その状態でそんな頼みされても苛立たせるだけだよ。それにそもそも君自身の仕事なんだから自分でやるのは当たり前だろう」
「清水さん・・・わかってるんですよ。でもマジ今回大変なんですよー・・・」

 がっくりとうな垂れる男は海藤満(かいどうみつる)と言い佐藤探偵事務所勤務の探偵の一人だ。中嶋とは同期、と言っても同じ年に入社したというだけで同じ日に入社したわけではない。関係は至って普通の同僚、親しいわけでも険悪なわけでもなく友人と呼べるほどでもないというものだ。
 海藤は行方不明者の捜索、家出の足取りを追う分野で才能を発揮する。聞き込みから得た情報と当事の状況を整理し、人間の心理に基づいた考えからいくつか有力候補を絞って捜索するというスタイルだ。根気の要る作業を持ち前の粘り強さと地道な努力でコツコツ積み重ねる、まさに誰もがイメージするような探偵らしい探偵といえる。
 しかしそんな彼は今崖っぷちに立たされていた。仕事に関しては真面目に取り組むのだが、一年に一度くらいのペースで忘れた頃に新人でもやらないようなポカミスを犯し足元をすくわれる事がある。今回もそれが大きく関わっていた。

「この間のミスで減給されてるし、今度やらかしたらマジで首になるような気がするんだよ!でも今受けてる依頼どうにも俺の不得意分野というか、サト君が向いてるというか・・・頼む!」

 土下座しそうな勢いで頼み込む海藤。その海藤を見る中嶋の視線は冷ややかだ。海藤のたまにあるポカミスの原因は常に同じ。探偵でありながら彼は噓が下手という欠点がある。
 といってもすべての噓が下手なわけでもない。海藤とて探偵、それも5年以上勤めている実績の持ち主。家出人捜索に探偵ですなどと名乗ってはあっという間に本人に情報がいきかねない昨今、噓もスキルのうちだ。海藤が苦手なのは「子供への噓」である。
 大人はいいのだ、適当に煙に巻いてしまう自信がある。しかし反抗期をむかえる前の純真無垢な子供にはどうも弱いらしく、前回しでかしたミスも子供に噓がつけなかったことが原因だった。そして一度焦ってしまうドどんどん墓穴を掘るタイプで、結局探偵であることが先方にばれて依頼人に迷惑をかけてしまった。
 佐藤から言い渡されたのは2ヶ月の減給。今必死に信頼とモチベーションを取り戻そうと業務をこなしていたのだが、今回入った依頼がどうにもキナ臭く自信がなくなってしまったらしい。

「状況を調べれば調べるほど手強そうな相手でさ、絶対俺またドジ踏む気がするんだよ。頼む!もう最終調査の段階だからここだけサト君にやってもらえればいいんだ、後は全部俺がやるから!サト君のネゴ頼りなんだよ!」

 浮気調査や尾行を主にこなしている中嶋は咄嗟の機転やケースバイケースに強い。口車も上手く舌先三寸丸め込むのも事務所の中では一番と言っていい。浮気調査など恋愛が絡む事はトラブルや言いがかり、疑われるのなど日常茶飯事なのでダントツ鍛えられているのだ。
 しかし誰がなんといおうとこれは海藤が受けた依頼、彼がこなさなければいけない事だ。探偵業は依頼の種類が様々なので専門分野が細かく分かれているが、誰が見ても今回は海藤の範疇である。

「キナ臭いとまで言わしめる相手を押し付けられそうになって了解するとでも思ってんのか」
「それ言われると返す言葉もないんだけど、でもサト君だったらそういう相手も上手くやれると思うし」

 自分の手に負えないものは他の人に頼るのはよくあることなのだが、今回は頑張れば海藤自身でなんとかこなせそうなのを他人にやらせようというのが中嶋の納得いかないところだった。嫌な部分を押し付けられる理由など中嶋にはない。仲良しでもなければ借りもない、前回ヘマをしたならなおさら自分でやるのが筋と言うものだろうと思う。

「とりあえず事情はわかったから、まずはサト君を寝かせてあげよう。物事を頼むタイミングじゃないよ、今は」

 清水に諭され海藤はしゅんとうな垂れてデスクへと戻る。中嶋はムスっとして仮眠室へと行ってしまった。その場をなんとかした清水には礼を言うべきだろうが、今はとにかく寝たかった。どうせ起きたら自分が行く事になるんだろうなと思いながら。

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