八つちがいの、オレの姉。

姉は癌と、闘っていた。

西洋医学、
癌を、カラダから、物理的に、切り取る外科的治療。
抗ガン剤。

食事療法、

東洋医学、
フィリピンでの、信頼されるスピリチャルな先生の治療。

彼女は、
自分で、勉強し、
自分の頭で考え、
自分が信じることができる、あらゆる方法を試みた。


癌になった姉を、癌と闘っている姉を、置いて、
その自分の我が娘をも、置いて、
オレの義理の兄、つまり、姉の旦那は、昔の女と、どこかに消えた。

そういう生き方もあるだろう。

姉には、悪いが、
そういう生き方もあると、
オレは、冷静に、その男のことを、
強くは、肯定は、できないが、
強くは、否定を、できなかった。

たぶん、その当時、その男に出会っても、
拳(こぶし)も、言葉も、でなかったと思う。

ただ、目を閉じ、あわれみの表情を、浮かべただけかも知れない。


そのなかでも、
姉は、ひたすらに、ひたむきに、癌と闘った。

生きるということを、
彼女は、馬鹿なオレに、教えてくれた。


馬鹿なオレは、
ネズミのプロダクションから、
落語に、逃げながらも、
姉のいる病室にも、通っていた。

プロダクションから、らくご してからは、
プータローという、入金のない職業に就き、
副業として、
毎朝、姉の食べたいものをたずね、
その食べ物を買い物をして、病室に届ける仕事に就いた。

姉を観ていたオレは、
癌は、治療、なくすんじゃなくて、
なぜ、医学は、癌との共棲の道を探らないのかと、思った。

癌だって、棲み家を、失くせば、自分の居場所がなくなるわけで、
癌に、そのことを、教え込み、進化させ、
転移して、殖やして、
棲み家を失くす愚かな行為に、抑制する方法を。

最先端では、温存療法って、
もう、この発想で、
進んでいるんでしょうが。

癌に、そのことを、伝える、言語を、探して、研究中、開発中ってことなのか。

まだまだ、
癌の攻撃的な、自我の強い増殖行為の方が、目立つようですが。



姉は、突然、オレに、
「いま、なにが、一番、したい ?」と訊ねた。

突然すぎて、
コトバを探していると、

姉は、
「仕事が、したいッ」と、大きな声で、宣言した。

プータローのオレには、
耳にも、こころにも、痛い宣言だったが、
病室のベットの上で、孤独に、癌と闘い、長く過ごしていると、
家族ではなく、他人(ひと)様に必要とされるような、
仕事という、社会に参加したくなるものなのかと思った。

彼女らしいと思ったが、
その言葉で、
馬鹿なオレは、つまずきながらも、働いて、いまも、こうして、生きている。


ヒトの死の間際というものは、
不可思議なことが、起こる、ものだ、
その事を、知らされた。

モルヒネで、痛みを抑えていた。
もう、昏睡し、ゆっくり、衰弱し、
死に、近付きつつあると思われていた。

モルヒネが、効いているはずなのに、
昏睡状態から意識が戻りつつあり、
だが、意識は、混濁し、意味不明な、断片的な、言葉を、発していた。

走馬灯のまわる出来事のなかで、
次から、次へと、現れてくる人たちと、
会話をしていたのだろうか。

ところがだ、
仕事に追われ、姉にも、仕事を優先するように、と含まれていた、
姉の娘が、仕事場から駆け付け、ベットの脇に寄り添った。

姉の娘が、姉の手を握り、しばらくすると、

姉の意識が戻ってきて、
母や、姉の親友、そばで見守っていた、オレたちと、姉は、短い会話をした。

最後は、姉と、姉の娘のふたりを、病室に残し、
オレたちは、外にでた。

姉の娘が、いよいよ、と思い、
ドクターとオレたちを、呼んだ。

これが、姉との、別れとなった。

みんなと、最後の別れをした、姉は、
優しい、穏やかな、笑顔のような顔だった。


ドクターも、
医学的にも説明がつかない、不可思議な、
こういう、出来事が、たまに、あると言った。

律儀な、姉らしい、最後だった。



オレの先祖からの実家の墓は、

オレが、一族、最後の一匹なので、
20年以上も前に、父も亡くなり、
母が、最近、苦労の末、全てを処分した。


姉のなきがらは、
浄土真宗の家に生まれ、
キリスト教で、結婚して、
キリスト教で、葬儀をし、
再び、都内の、なんの縁(ゆかり)もないが、
たまたま、浄土真宗で、宗派問わずの、
合同廟のなかで、眠っている。

娘の意向で、戒名も無く、姓もなく、
ただ、名前(俗名というのも価値観が付くから、名前とした)と、没年月日だけが、
明記されている銀色のプレート。

戒名、姓名の書かれた、銀色のプレートの中に、囲まれて、
姉のプレートだけが、ひと際、目立っている。

目立つことには、照れているんでしょうが、
これも、娘の意向ながら、
姉らしい、のかも知れない。


オレが生まれて、姉とは、八つ違いだったが、
姉が、亡くなる際(きわ)まで、
オレと姉とは、八つ違い、だった。

もう、そろそろ、
オレは、姉の歳に近づき、姉の歳を越えていく事になるんだろう。

母を残して、先に逝った姉は、親不幸になるのだろうか。
残った、馬鹿なオレに、親孝行などという、ことが出来るのだろうか。

「親孝行したいときには 親はなし 墓に布団は 着せられず」
小津安二郎『東京物語』で、知った言葉だ。

姉も、先に逝かなければ、
馬鹿なオレは、無責任な駄目な弟で、頼りない息子として、
映画な中の、台詞(せりふ)として、すんでいた言葉だ。

姉貴よぉ、
たまには、また、
生きるということを、教えてくれないと、
馬鹿は、死ななきゃ、治らなねぇン、だからなぁ。

もう、いい歳なんだから、
馬鹿は、馬鹿なりに、自分の頭で、考えなさいって、

そう、姉に、諭されそうだ。



ホントは、
オレって柄じゃないんだけどね。

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嫉妬をチカラに、かえまして。 懐深い、第48回 談笑一門会。

一門の、チームワーク、
羨ましいです。


第48回
立川談笑一門会
平成29年9月28日(木) 19時開演
武蔵野公会堂
¥2500

笑ん「転失気」
吉笑「直観」 
〜仲入り〜
笑二「半分垢」、改め、「もう半分」
談笑「ジーンズ屋ようこたん」


前座同士の、レースも、あるんでしょうが、
お互いに、刺激しあい、切磋琢磨、
カッコつけた、もの言いです、が、
兄弟弟子って、羨ましいじゃないですか。


心が折れることなんて、
もう、ホント、しょっちゅう、日常茶飯事(にちじょう ちゃめしごと)です。

まだ、まだ、はじまったばかりで、これから、なんじゃないでしょうか。
自分の、頭の、蝿も追えないくせに、
ずいぶん、エラそうですが。


それを、骨つぎして、支えてくれる、先輩がいて、
爆笑へと、会場を沸かすのって、
実社会では、なかなか、ないものです。

そりゃ、実社会の、会社の中で、爆笑へと、沸かせる機会の方がないですがね。
そんな、先輩、上司なんて、あたしの周りじゃ、見かけません。
羨ましいじゃないですか。


吉笑さん、
つぎに、紫色の鬼が、出てくるのは、
どんな噺となるのでしょうか。

もう、鬼の話をしても、
笑われない時期になって来ました、ですよね。
まだ、早いですか ?


一門の包容力の凄み、

談笑師匠のまくらで、

途中、楽屋から、つまみ出されそうになったのは、
半ズボンで、ランニング姿の小学生、アレは、小学生のままのオレじゃなくて、
ホントに、文字助師匠だったのでしょうか。
ホッと、していいんですかね。
自意識過剰な馬鹿なオレのオレ。

談志師匠に、
クビになり、「いつもの、コトだから」って、帰って行った、
文字助師匠の、いつもって、どんな、いつも、だったのでしょうか。

クビになり、「いつもの、コト」も、
アレッ、馬鹿なオレのコト ?
そんなコト、身に覚えが、ありますよ。
自意識過剰な馬鹿なオレのオレ。



談笑師匠の、
(実は、さん、でいいのか、師匠、がいいのか、いまだに、判っておりません。
悩むくらいなら、いっそ、書かない方が、いいのかも。)

まくらが、好きです。
今回の、政治ネタも、面白かったです。

前回の、お弟子さんに対する、
頼り甲斐があるけど、安心感、の話。
営業マンにも、通じると思いますが、って言うのは、
わたくしからしても、教えれれますし、同感で、
高座から、お弟子さんへのメッセージ。

入場前に、ボクら、受付の前座さんの、皆さんの所作を見てますからね。

まぁ、逆に、客も、見られている、という訳ですけどね。
自意識過剰な馬鹿なオレのオレ。


政治のコメントでいうと、
テレビじゃ、それこそ、テレビ的に、忖度した、配慮した、
残念なコメントしか聞けないから、
いまじゃ、あまり、観なくなりました。

まだ、ラジオの方が、面白いです。
車に乗った、営業時しか、聴けませんが。

自分なりの考え方の、見事な切り口、
そんな、まくらは、楽しみです。


今晩は、文字助師匠が、見事に、まくらで、回されてましたが、
実は、里う馬師匠は、
今となっては、幻の大銀座落語祭で、観させて頂きましたが、

お恥ずかしながら、
文字助師匠は、エピソードで聞くだけで、
落語を聴いたことがないんです。

どこかで、探して、足を運ばないと、
ズボラな私には、実物の文字助師匠に、
もう、お目に掛かれないような。

喧嘩っぱやくは、ないと思いますが、
喧嘩が弱いところ、とか、
いつも、いつも、負けているところ、とか、
なにか、親近感を感じてしまってる、自分がいます。

当然、文字助師匠のように、格好よくはなく、
わたしは、ミットモナイ、だけですが。

と、言うより、
ブログのタイトルに、
おもてへ、出ろって、
おふたりから、
チタン製のステッキで、殴られそうな。

その際は、涙を流して、思いっきり、泣きます。


一度は、一席、文字助師匠の落語を、
観させて頂きたいものであります。



『半分垢』から、
喉の調子で、代えた噺。

『もう半分』
モノローグで、語る、絞る声、因縁噺、が、
しとしと、と、冷たい雨に、肌寒く、虫の声さえ、加担して、
枕のうえの、頭の中を、冴えさせる。

酒の力だけでは眠れない、眠剤のチカラでも借りるとするか。

今夜は、とはいえ、悪夢じゃなくて、
いい夢に、なるのでしょう、か。

肌寒いけど、暖かい、でも、ちょっと、気にかかる、そんな夜、
自意識過剰な馬鹿なオレのオレ。

楽しい夜を、ありがとうございます。











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とし とることは さけられぬから『ムービー43』

歳(とし)には勝てない。

若い頃は、こういうバカらしい、クダラナイ、クソのような映像、モノづくりに、
低予算なら、その予算の中で、
また、クダラないアイディアに、まとまった予算を集めることに、
知恵をしぼるのが、楽しい仕事だった。

『ムービー43」、
ただの、悪ふざけとしか、思えない。
まったく、心底、クダラナイ。

底の見える、超有名な俳優の、薄っぺらな演技も、鼻についた。
ノレナイなら、サッサと降りたという、ジョージ・クルーニーの方が、
利口というものだろう。
お互いの不幸が、映像として、残されるだけだ。

その中でも、
笑える箇所があったのは、このムービーではなく、
自分自身に、まだ、救いがあるという事だろう、か。


しかし、
このムービーが、完成して、こうしてDVDのカタチで、
この日本でも、観ることができる事は、素晴らしい。

共同監督とプロデューサーのピーター・ファレリーの
この企画への強い想いと、情熱と愛を感じる。


とは、言っても、
なんだかんだいって、
エマ・ストーンを探しての、
下心が、このムービーとの出会い、だから、
エラそうに、語っている立場じゃないんですけど、ね。


『ヴェロニカ』
監督:グリフィン・ダン
脚本:マシュー・アレック・ポーテノイ
出演:
ニールは(キーラン・カルキン)
彼の元カノのヴェロニカ(エマ・ストーン)

エマ・ストーンーと、キーラン・カルキン、
『ペーパーマン』のふたりの関係、演技も良かったです。
エマ・ストーンが、素敵です。
難は、あるものの、良かったら、是非。




『ムービー43』(ムービーフォーティスリー、Movie 43)は
2013年のアメリカ合衆国のインデペンデンス系制作のコメディ・アンソロジー映画。

共同監督とプロデューサーはピーター・ファレリーであり
脚本はロッキー・ルッソ(英語版)、ジェレミー・ソセンコ(英語版)他。

この映画は16(日本のDVDでは、14)の異なる物語、
それぞれ異なる監督がメガホンを取っている。

残念ながら、ほとんどのスタジオが脚本をあからさまに拒絶したので
(最終的にレラティビティ・メディアが600万ドルで取得した)、
完成までにまる10年を要した、という。

キャスティングもプロデューサーに対する挑戦というべきものであり、
撮影にも数年を要したそうだ。

ジョージ・クルーニーを含む俳優の中にはすぐに役から降りたものもおり、
リチャード・ギアのようにプロジェクトから立ち去ろうとしたが、
映像には、しっかり残っている俳優もいる。
(なんでだか、詳しくは判らないのだが、ね)。


2013年8月10日に、
R15指定で日本で公開もされている。

『ムービー43』、
日本のDVDでは、14話、
異なるシュチュエーションとシナリオで、
オムニバス形式に構成されている。


『The Pitch』
製作・監督:ピーター・ファレリー
脚本:ロッキー・ルッソ(英語版)、ジェレミー・ソセンコ(英語版)、リッキー・ブリット
出演:
狂気の映画脚本家チャーリー・ウェスラー(英語版)(デニス・クエイド)
映画会社幹部のグリフィン・シュレーダー(グレッグ・キニア)
シュレーダーのマネージャー、ボブ・モン(コモン)


『代替案(The Thread) 』(日本のDVD版では、削除されている)
監督: スティーヴン・ブリル(英語版)
脚本:ロッキー・ルッソ、ジェレミー・ソセンコ


『キャッチ』
製作・監督: ピーター・ファレリー
脚本:ビル・オマリー、ロッキー・ルッソ、ジェレミー・ソセンコ
出演:
独身のキャリアウーマンのベス(ケイト・ウィンスレット)
お金もあり雑誌の表紙も飾る色男のデーヴィス(ヒュー・ジャックマン)

『自宅学習』
監督:ウィル・グラハム
脚本:ウィル・グラハム、ジャック・クコダ
出演:
父のロバート(リーヴ・シュレイバー)
母のサマンサ(ナオミ・ワッツ)
10代の息子ケヴィン(ジェレミー・アレン・ホワイト)

『プロポーズ』
監督:スティーヴ・カー(英語版)
脚本:ロッキー・ルッソ、ジェレミー・ソセンコ
出演:
ジュリー(アンナ・ファリス)
ダグ(クリス・プラット)
親友のラリー(J・B・スムーヴ(英語版))

『ヴェロニカ』
監督:グリフィン・ダン
脚本:マシュー・アレック・ポーテノイ
出演:
ニール(キーラン・カルキン)
ニールの元カノのヴェロニカ(エマ・ストーン)

『iBabe』
監督:スティーヴン・ブリル(英語版)
脚本:クラエス・チェルシュトレーム、ジョナス・ウィッテンマーク、
トビアス・カールソン、ロッキー・ルッソ、ジェレミー・ソセンコ
出演:
社長(リチャード・ギア)
様々な社員(ケイト・ボスワース、アーシフ・マンドヴィ、ジャック・マクブレーヤー(英語版))

その製品は「iベイブ (the "iBabe")」という名前のMP3プレイヤーであるが、
形状や質感は実物大の全裸の女性である。

『スーパーヒーローとお見合いパーティ』
共同編集および監督:ジェームズ・ダフィ
脚本:ウィル・カーラフ
出演:
ロビン(ジャスティン・ロング)
バットマン(ジェイソン・サダイキス)
ロビンの婚活相手のロイス・レーン(ユマ・サーマン)
スーパーガール(クリステン・ベル)
ワンダーウーマン(レスリー・ビブ)
ペンギン(ジョン・ホッドマン(英語版))
スーパーガールの正体がリドラー(ウィル・カーラフ(英語版))

『マシーン・キッズ』
脚本、共同編集、監督:ジョナサン・ヴァン・タルケン
出演:
このコマーシャルは
「機械に取り囲まれている子どもたちへの虐待を防ぐための会」によって費用が出された。

『中学生のデート』
監督:エリザベス・バンクス
脚本:エリザベス・ライト・シャピロ
出演:
ネイサン(ジミー・ベネット)
アマンダ(クロエ・グレース・モレッツ)
ネイサンの兄、マイキー(クリストファー・ミンツ=プラッセ)
ネイサンとアマンダのそれぞれの父(パトリック・ワーバートンとマット・ウォルシュ)

『タンポン』
監督:パトリック・フォーバーグ監督
脚本:パトリック・フォーバーグ、オール・サリー
出演:女性ふたり(クレジット不明)

『ハッピー・バースデー』
監督:ブレット・ラトナー
脚本:ジェイコブ・フライシャー
出演:
ピート(ジョニー・ノックスヴィル)
レプレコン(ジェラルド・バトラー)
ルームメートのブライアン(ショーン・ウィリアム・スコット)
金貨のためにフェラチオをする妖精(エスティ・ギンズバーグ)

『Truth or Dare』
製作・監督:ピーター・フェレリー
脚本:グレッグ・プリティキン
出演:
ドナルド(スティーヴン・マーチャント)
エミリー(ハル・ベリー)

『勝利の栄光』
監督:ラスティ・カンディーフ(英語版)
脚本:ロッキー・ルッソ、ジェレミー・ソセンコ
出演:
コーチのジャクソン(テレンス・ハワード)

『猫のBeezel』
監督・脚本:ジェームズ・ガン
出演:
アミー(エリザベス・バンクス)
彼女のボーイフレンドのアンソン(ジョシュ・デュアメル)
猫「ビーゼル(Beezel)」

『Find Our Daughter』
監督・脚本:ボブ・オデンカーク
出演:
Find Our Daughterは削除されたスケッチであり、
「ムービー43」のブルーレイ版のスペシャルフューチュアーとして収録されている。
母と父が(ジュリアン・ムーアとトニー・シャルーブ)

(ウィキより抜粋)




歳をとると、

笑うってことすら、
難しくなっていくものなんですかねぇ。

しかし、
歳とることは、
避けられぬものだからなぁ。
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帰ってきた、エマストーン祭り。端役の巻。『 ステイ・フレンズ 』

不思議なものです。

エマ・ストーンが、出演しているフィルモグラフィー の情報だけで、
レンタルをしました。

「勝手に、エマストーン祭り」で、地元のレンタルショップの、
レンタルできる、残された、残りわずかな、作品を物色しております。

未だに、懇願の棚落ちした過去の作品の新入荷は、見込めておりません。
発信力のない、ブログの無力さを、感じざるを得ません。

『ステイ・フレンズ 』2011年)
Friends with Benefits
監督ウィル・グラック
脚本キース・メリーマン
デビッド・A・ニューマン
ウィル・グラック
原案ハーレイ・ペイトン

出演ジャスティン・ティンバーレイク
ミラ・クニス

男女の仲で、いつまでも、友だちでいようよ、って、
実生活でも、あることだと思います。

よく、男女の友達関係は、成立しないと、言いますが、ね。

でも、それを、映画にするなら、
という、設定です。

原題の『Friends with Benefits 』の方が、
判り易く、タイトルから、ストーリーに、
入りやすい、と、勝手に、思いました。

まぁ、ステイ・フレンズ、
別れた男女の相手と、
「友だちで、いようよ」、「友達のままで」てぇのも、
ボクの経験から、器用じゃないので、無理な話ですけどね。


ちょっと、話はずれますが、
つい、最近です。
飲み友で、楽しく、会話の弾んだ、20代の若い女性が、
酔っ払いの、ボクが、悪かったのかなぁ、
そんな嫌われるようなことをした覚えがないンだがなぁ。

行きつけの店からも、ボクからも、離れて、消えて行ってしまった。

これは、ホントに、飲み友として、
仲良く、酔って、話がはずんだ、彼女だったのに、です。

酔っ払いに、ご用心、だ
他人事じゃねぇよ、お前のことだ。
淋しい秋風が、……… 、
おんなごころと、アキのそら。

それとも、
好きな人でもできたのかな。

恋は、下心ですから、その先のことまでは、
責任が、持てなかったですが、ね。


エマ・ストーンは、脇役ケイラ 役、
本来、物語的には、
嫌われるように、悪く、思われなければいけない役どころ。

彼女は、白塗りの化粧か、疲労か、顔色が悪いのか、
主演上、それは、ないでしょう、って感じです。

それにしても、ファンとしては、
監督ウィル・グラックを、疑うぜ。

汚い言葉で、罵り、嫌われ役なら、
エマを、もっと、美しく、可愛く撮った方が、
効果的だったんじゃないでしょうか。

いつもの、居間のブラウン管で、DVDを、再生して、
「お久しぶり」と、エマ・ストーンに、言いたかったんですが、
思いのほか、一瞬の、短い再会でした。

皆さんも、経験があるでしょうが、
この役が、自分のお気に入りの役者だったらと、
男優、女優を、問わずね、勝手に、キャスティングして、
気持ちを込めて、ガッカリする事が。

この映画、ミラ・クルスじゃなくて、
エマ・ストーンだったら、
この脚本でも許せるのに、って思っていました、が。

でもね、
冒頭、そんな感じで、身に入らなくて、
脚本の、演出の、気がそれていたんだが、

『小悪魔はなぜモテる?!』(2013年)の監督ウィル・グラック でしたか、
この映画も。

エマ・ストーンを、この作品の時には、
主役には、まだ、役不足で、
監督ウィル・グラック は、
起用できなかったんですかね。

それとも、この出演が、
きっかけで、主役の座を掴んだのか。

時間軸で、見方を変えて言ってるだけなので、
言いたいことは、同じことなんですがね。
あれっ、やっぱ、違うか。


『ゾンビランド』(Zombieland)、2009年で、
ウディ・ハレルソンは、エマ・ストーンと共演していた。
彼は今回、トミー役で、
この映画に出演はしているが、
エマ・ストーンとの接点はなかった、ね。

そんな、すれ違いは、映画には、よくある話です。
共演していた、という、事実を知っている事を、自慢したいだけです。


しかし、
映画のチカラは、そんな我儘な、観客の、失望を補うのが、
俳優であり、脚本であり、監督だ。

これを、映画のマジックといったり、
映画のチカラと、いったりします。

ちなみに、今回も、
映画のチカラだけではなく、我が家で観る特権、
お酒のチカラも、借りていますが、ね。


仮に、
NYのモブダンス シーンが、事実なら、
どこの街にいても、ヒトは、孤独で、寂しいンだから、
そんな理由で、みんなで、踊るなら、
間違いなく、
中国の、朝のみんなの太極拳の儀式と、
連帯ができるんじゃない、かと、ふと、思ってしまった。


それはともかく、本題のテーマ。

友達としての相手との、
SEXというものが、感情と、罪悪感が、同居して、戸惑うならば、

テニスと同じで、スポーツですよって言葉で、誤魔化しながら、
恋愛へと、もどかしく、疾走するさま、

そのもどかしさと、疾走するさまが、
SEX、そのものだと、監督は、言いたかったのか。

SEXシーンの下半身は、すべて、シーツで覆わられていた。
それでも、R12と、限定することに、
不思議な違和感を感じる。

そういう配慮、興行への配慮を、
知ってしまうと、実は、シラけてしまうものなのです。


どちらにしても、
エマ・ストーンと、永い出逢いを、望むなら、
もう一度、以前に、出逢った同じタイトルの映画に、
再挑戦するしか、残されていないのかも。

再びの、タイトルマッチ戦ってわけなんだ、よね。
残念ながら、ね。


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はじめまして、しょうぞう 様

文蔵プレミアム
池袋Happy編
9月23日(土・祝)18時開演
前売 :2000円で、
文蔵三席

スペシャルゲスト、

フォークシンガー小象
「小象」と、書いて、「しょうぞう 」です。
林家かと、勘違いしちゃいました。
フォークシンガー、です。

ホッピー文化ならぬ、
ハッピー文化のテーマの、
ヒッピー文化の化石のようなロン毛に、サンバイザー、
フィンガー5のアキラのようなサングラス、
サイケなフラワーなシャツ、そして、ラッパデニム。

コント赤信号のリーダー、福助の足袋ではなく、
文蔵師匠に頂いたという、由緒正しい白足袋。

鼻の下には、どじょう髭。


♫ いつも、カッコつけて、それが、カッコ悪くて〜、
「高校時代」

じゃなくて、小象先生は、

いつも、カッコワルクテ、
それが、カッコヨクテ、
「現役時代」(仮)


ショウゾウ〜ッ、ショウチャ〜ンッ、
カッコイイ〜ッ、ステキ〜ッ、アイシテル〜ッ、
黄色い声援が、演芸場に、響きわたる。

わたしには、
文蔵師匠の、「雑排」、
白い雪に、落ちた、シャブで、……… 、

えっ、幻覚、幻聴、だったの、アレは…… 。


「二人の中にどろぼうがいる」
「マイケルへの手紙」
「スケートセンター」
「この辺の大将 (太鼓シリーズ)」
「高校時代」
「待ってる」

記憶が、正しければ、ですが、
このラインナップだったはず、です。

とっても、素敵なライブ、でした。

あとは、
ご自分自身で、お確かめください、ませ。

お楽しみは、まだ、まだ、これからじゃないか、です。



2014.10.16 Release

『for LOVE,for SELF,for LIFE.』
価格:¥3,000(税別) 
型番:HBR-1 レーベル:平凡レコード

01. 小象のテーマ
02. ボーダー
03. スケートセンター
04. 恋するダンゴ虫 
05. スポーツマン
06. 幸せの日々
07. この辺の大将 (太鼓シリーズ)
08. おとこ坂 (太鼓シリーズ)
09. うんこ同士
10. テレビのない世界
11. 桜散る
12. 大好きのうた
13. マイケルへの手紙
14. LOVEはどこへいった
15. スカーレット・ストーリー
16. 待ってる
17. 高校時代

上記、すでに、発売中、です。



今後、近々、ビクターさんから、
メジャーデビュー、だそうです。

ご注目を。



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はじめまして、文蔵 様

ブン、ザエ、モ〜ンッ、
ホップ、ステップ、ジャ〜ンプ、っていう、リズムと響きが、良かった。

出囃子は『三下りかっこ』でなく、
頭の中では、
ブン、ブン、ブン、ザエモ〜ン、
『ジンギスカン』のメロディーで、登場していたのだ。



冗談では、御座いますが、

橘家文左衛門、その響きが好きで、
かわらず、ずっと、文左衛門で、いて欲しかった。

勝手な、ファンの、我儘です。


2016年9月 三代目・橘家文蔵を襲名。
文蔵襲名記念に、橘家文蔵 名義のCDを、2枚、買いました。

購入記念に、
色紙が貰えると言うから、じゃ、2枚買ったら、
色紙が2枚貰えると思ったら、この中から、1枚と、
その中から、選んだのが、
「よそぉ 有名になると いけねぇ 三代目 文蔵」の、
色紙に釣られた、まんまと、してやられた客でした。

その金があるなら、披露目に行けよぉ、と、
自ら、ツッコんでます。


はじめまして、文蔵師匠。

2016年9月4日(日)謝楽祭の、
「もつ煮込とホッピー」の屋台が、
文左衛門師匠との最後の出会いでした。
申し訳ありません、落語でなくて。

そして、今回が、
文蔵師匠との、はじめてで、御座います。

落語自体に、ご無沙汰しておりましたので、
文蔵師匠にも、当然の、ご無沙汰で御座います。

文蔵プレミアム
池袋Happy編
9月23日(土・祝)18時開演
前売 :2000円で、
文蔵三席

橘家かな文 『浮世床 夢の逢瀬』
橘家文蔵 『試し酒 』
橘家文蔵 『雑排 』
〜仲入り〜
フォークシンガー小象(スペシャル ゲスト)
橘家文蔵 『文七元結』


文蔵師匠、
寄席通いから、ご無沙汰しているうちに、
お客さんも、随分と、ご自由になったようで、

『試し酒』から、
肉ばなれで、脚の具合が悪かったそうですが、
痛み止めを注射して、痛みはすっかり無くなった、とおっしゃてましたが、
面倒だからって、高座から下がらなくて、続けて、次の『雑排』に入ろうとした。

すると、
自由なお客さん、が、
「すみませ〜ん、トイレに行っていいです ?、我慢できなくて」って、
大きな声で、文蔵師匠に、懇願して、
文蔵師匠の噺を中断させた。

「池袋は、何があるか判らない」と、冷静に、
そのお客さんが、戻るまで、
新真打の披露口上のはなしで繋ぎ、
トイレから、戻ったお客さんも、いじらずに。

文蔵襲名となり、お弟子さんも取ったからなのか、
大変、大人になった、文左衛門師匠でした。

全然、成長してない、自分が、恥ずかしい。


とはいえ、文蔵師匠は、
今回、放送用の収録があるということで、
高座に、あがり、冒頭、のっけから、マイクに向かって、
「おまん◯〜ッ」

文蔵襲名となり、お弟子さんも取ったからなのか、
大変、大人になった、文左衛門師匠でした。

全然、成長してない、自分が、恥ずかしい。


しかし、寄席にも、
思わぬ、テロリズムが、潜んでいる。
生理現象すら、己の心にとどめて、静かに、離席をしないで、
高座の演者に、訴える、自我の強い、自己主張。

今後は、
噺が、つまったり、以前と違うとか、
自由な客の、自由な発言が、起こり得る、怖しい自由な演芸場の悪夢が、
背筋を、凍らせます。


かな文さん、
『浮世床 夢の逢瀬』
また、逢う日まで、逢える時まで〜、
次に、お逢いできるのが、楽しみで御座います。

文蔵師匠、
『試し酒』は、
盃の裏に『武蔵野』と銘がある。
武蔵野の原は広い、野が見尽くせない、のみつくせない、という洒落なんです。

つづいて、
『雑排』は、
文左衛門師匠の時の好きな噺でした。

〝船底をガリガリかじる春の鮫〟
これに、つきます。

仲入り後、
フォークシンガー小象(しょうぞう)、先生となるのでしょうか。

世の中は、広い。
まだ、まだ、知らない、素敵なことが、あるんだと、
生きてることの、楽しみが… 。
素晴らしき哉、人生。
ブラボー、です。


「文七元結」
これは、落語評論家、広瀬和夫さんの著書、
『噺は生きている』を、持ち上げたり、持ち下げたり、することになりますが、
この著書に洗脳された脳みそには、
ただ、素直に、噺に、入っていけない、ものがある。

あそこが、加わって、あそこが、変わって、
あそこが、なくなって、あそこが、こういう仕草になって、
という具合に、あそこが、あそこが、と、
もう、あそこが、ヘンに、なっちゃっうてぇ……… 、

落語好きには、複雑ですが、
落語を、もっと、知りたいという好奇心の欲求と、
素直に、落語を、楽しみたい、という観客の気持ち。

落語だけに、限らず、
人というのは、なんて、我儘で、
「業」というものを、抱えている、
身勝手なものなのでしょうか。


お次は、
つづきまして、
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なぜ『 噺は生きている 』は、生きているのか

『噺は生きている』の著者、
広瀬和生さんは、

この著書の、はじめに、で、

本書は、ストーリー性の高い名作落語を題材に、
それが具体的にどのように変貌を遂げてきたかを探る「演目論」だ。

それぞれの演目について、
高座音源が現存している「昭和の名人」の時代を起点とし、
時間軸を現代へと辿りながら、歴代の名演を聞き比べている。

同時代に混在しているいくつかの演じ方を比較する「二次元」での検証を行いながら、
さらに時間軸を辿ることで「三次元」の検証へと推し進めた。

僕の知るかぎり、
こういう系統だった演目論を実施した書籍はこれまで存在していない。

と、おっしゃっている。

まさに、その通りで、
興味深く、拝読させて頂きました。
ひとつの演目を、軸として、
各々の演者の、その演目に対する演出の比較を論じた労作です。

また、
おわりに、では、

その「演者があって演目論が成り立つ」という事実を浮き彫りにするために、
本書ではあえて演目数を絞り、
それぞれの具体的な演出の違いに徹底的にこだわった。

と、あります。


わたしが拝読して思い、強く感じたのは、

この系統だった演目論を、
誰よりも、今の落語家の演じる落語に精通し、

落語という芸能の「同時代の観客に向けて語るもの」という本質を、
私たちに、教えれくれた、広瀬和生さんに、

むしろ、この著書は、そのための序論であって、

いま、生きている、同時代の現役の落語家さんの、
そのナマの声を、広瀬さん流の、生きているインタビューを通して、

もしくは、演出の違いを取り上げた落語家さん達の、
一筋縄でいかないであろう座談会で、
各々の生きている現在進行形の演目論を、
広瀬さんが、司会をして、浮き彫りにする。

なぜ、そうなのか、を、
なぜ、そこに、至ったのか、を、
なぜ、いま、気になっている、その箇所、そのフレーズを、

文献、テキスト、録音で残された音源、としての、
静的な、系統だった演目論を超えて、
まさに、生きている演目論にして頂ける、
そのための布石なんだと、受け取らせて頂きました。


繰り返しになりますが、
この労作の書籍で、
すべてのお膳立ては、できたのではないでしょうか。

同時代に混在しているいくつかの演じ方を比較する「二次元」での検証を行いながら、
さらに時間軸を辿ることで「三次元」の検証へと推し進めた。

そして、
同時代に混在しているいくつかの演じ方を比較する「二次元」の、
その演者の内面へと迫る「四次元」への検証に発展させるために。


そうなると、ひと演目で、ひとつの書籍となるのか、
シリーズ化も…… 、
そんな、夢のような、「四次元」の書籍が、誕生するのを、
待望するのであります。

必ずや、落語マニア、落語ファン、落語初心者への、ためにも、
もしくは、業界内でも、注目の的となる、
刺激的、挑発的な、次なる著作を楽しみにしております。


『なぜ、噺は生きているのか』(仮)、
仮ではありますが、こんなタイトルの書籍が、
本屋の落語コーナーの棚に、並ぶことを、
夢想している、自分が、おります。

各々の演者さんの、演出論の自我論にもなるのでしょうか。
……などと、勝手に期待しています。


落語が、好きになってしまった、
わたくしのような者の、
我儘な望みを叶えて頂ければ、幸せで御座います。


最後に、

この著書の、
『文七元結』名作としての完成形ー志ん朝、の章で、

志ん朝の、
「義理ある母親」という表現を始めて聴いた、ことについて、

その真意を知りたいところだ。
志ん朝が芸談の類いをいっさい残さなかったのは彼の美学だろうが、
ファンとして悔やまれる。

とも、広瀬さんは、語っていらっしゃる。

演者の美学を押しての過酷なインタビュー、座談会になるかもしれない。
しかし、ファンとして、悔やまれないように…… 、です。



もしもですが、
もう、すでに、そんな夢の構想が、出版社 様とも、
進んでいるようであれば、お恥ずかしい限りで、御座います。



この書籍の存在は、
行きつけの本屋の落語コーナーには、仕入れていなくて、
久々に、手にした『東京かわら版 9月号 通巻528号』で、知りました。

遅ればせながらの、
落語への刺激を受けさせて頂き、
いま、こうして、拙い興奮を、書かせて頂いた次第で御座います。

是非とも、夢が、叶いますように。

お不動様と、金毘羅様、では、
どちらが、ご利益、ありますか ?






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あの社会人時代の、馬鹿なオレ。八、八百屋、稼業だぜぇ、しかしよぉ、残念ながら、雇われのサラリーマンだぁ、けッ、のほう、の。(自嘲的な笑いの3) 店じまい

「袖を振っても、無いものは、無い。」
給料が滞り始めていた。

オレは、ぎっくり腰の治療を理由に休み続け、
給料が出るようになってから、会社に戻ろうと思った。

すでに、1ヶ月と半分、無給で働いていた。

野菜の仕入先の農家や、仲介業者が、
怒鳴り込んで来たのも、目の当たりにした。

支払いが、出来ないことの説明を、ひと言も、ことわりを入れずに、
先方からの、問合せにも、取り合うことなく、音信不通状態を続けていたからだ。

陳腐な、笑えねぇ、ドラマだが、
貴重な修羅場のワンシーンを、観させてもらったよ。

誠意の欠片(かけら)も、見いだせなかったね、奴ら幹部に。
土下座くらいは、芝居がかって、
演るがいいじゃねぇかよ、観たかったんだがねぇ。


この期間に、社員の半分以上が辞め、バイトも当然、辞めた。

残った社員2名と、社長に、経理も、商いに出たそうだが、
もう、末期症状だった。

そもそも、仕入れが、出来ない。
かろうじて、野菜を供給してくれる業者もいたが、
満足に支払いができない会社に、運ばれて来る野菜は、屑野菜だ。

貧すれば鈍する。

今度は、お客さんが、離れていった。

そこで、
今まで、いろんな企業を立ち上げて来たと、大きく吹いていた、怪しい会長が、
現金を集めようと考え出したのが、
産直野菜のプリペイド商法だ。

先に、現金(おかね)を集めて、
産直の野菜を、頂いた現金以上に、お届けします、と、
現状の机上でも成立しない、ペテンな荒技に打って出ようとした。

特に、今までの大切なお得意さんや、高齢者をターゲットにしようとしていた。

もう、馬鹿で、阿呆な、オレでも判るぜ。

休暇中のオレは、
何とか会社を建て直そうと、
嘘のような夢を追って、残っていた社員から、
その話を聞いた。

さすがに、
奴らに、自分で、現状を考えてみろ、と、
そのプリペイド商法を、辞めさせるか、
すぐに、会社を辞めるように言った。

間違いなく、お得意さんに、被害者が出る。
そんな行為に、加担をするなと言った。

もう、あとは、彼らも大人なんだから、
最後の判断は、彼らがする訳、なんだけれどもね。

オレは、この会社を紹介された、区役所の窓口に連絡して、
現状を伝え、今後の方策を訊ねた。

その担当者は、事実関係を、現地まで行って確認をしてくれて、
区役所が斡旋する求人欄から、その会社の名前は、抹消されたが、
会社自体は、残念ながら、抹消することは、出来なかった。

こういう事は、事前に、防(ふせ)げず、
被害者がでて、事件にならないと、止められない。
資本主義の、資本活動、ビジネスの自由、というモノらしい。

オレに出来ることは、そこまでで、もう、残されていない。

残されているのは、次の、生活の糧のもとを探すこと、と、
この会社の未払金の回収だ。


この未払金の回収の顛末について、
ご興味ある方は、

このブログ内の、

「馬鹿らしいやぁ、あきらめよう、次、行くよぉ」(2011年7月12日)
「〜仲入り〜労働泥棒」(2011年2月22日)

を、ご覧ください。




しかし、よく転がるね、苔むさないもんね。

どうも、上手く、
君が代のようには、行かないようで。



ホントは、
オレって柄じゃないんだけどね。



店じまい、だよ、
今回は、これで、おしまい。


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あの社会人時代の、馬鹿なオレ。八、八百屋、稼業だぜぇ、しかしよぉ、残念ながら、雇われのサラリーマンだぁ、けッ、のほう、の。(自嘲的な笑いの⒉)

ぎっくり腰の治療の休暇で、冷静に、馬鹿なオレも、考えた。

そもそも、ね、
リヤカーの野菜を全部売っても、売上げが、
たかだか、3万、行くか行かないかだ。
よく売った、オレで、それだ。

掛け値が、仕入れの元の倍だから、
粗利は、よくて、15,000円也。

残りの従業員、バイトの粗利は、
だいたい、いつも、
10,000〜13,000円。

8人、フルに商いに出て、
13,000円を稼いできたとして、10,4000円。
月に、25日、稼働して、260万。
凸凹あって、ひとり、月給、15万で、8人で、120万。
残り、140万也。

リヤカー転がして、
ざっと、算盤をはじいて、も、
この粗利、ひと月、140万だよ。

ここから、

都内の倉庫 兼 店舗の家賃や、
千葉からの野菜の仕入れの運搬費、
都内のリヤカーへの野菜補充のガソリン代。

その他に、
社長に、経理、怪しい会長、この3人の搾取分、
勘定が、どう考えても、合わねぇんだ、よ、
なんじゃ、こりゃ、だよ。

自転車こいだ、商い、
自転車操業じゃねぇかよ。

いやッ、自転車操業ならぬ、
タイヤが破(やぶ)れた、パンク状態だ、
これじゃ、リヤカーも、自転車も、転がせねぇ、よ。

目が覚めた頃には、
いつもの馬鹿なオレの現実が、そこに、いた。

また、お前かよぉ、あっち行けよぉ、
オレの前に、お前が、また、いるのかよぉ。

仕方ねぇよな、お前は、現実だ。
現実は、夢でも、何でもなくて、
いまのオレが、いる、そこが、現実なんだろ。

馬鹿は、そこに気付くのが、遅いんだ。


A rolling stone gathers no moss「転がる石に苔むさず」

アメリカでは、
活発な活動を続けている者は、いつまでも古くならないこと、の、たとえ。

イギリスでは、
一か所に落ちつかない者は大成しないこと、の、たとえ。

オレは、当然、ブリティッシュ・スタイルで、
馬鹿な毎日を、送っていることになる。

駅前留学の、
カンバセーションのレベルは、
サバイバルイングリッシュって、判定だったけどね。

実生活を、オレは、はたして、サバイバルしてるんだろうか。



そして、また、次のお宅へ、と、
話は、つづく、
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あの社会人時代の、馬鹿なオレ。八、八百屋、稼業だぜぇ、しかしよぉ、残念ながら、雇われのサラリーマンだぁ、けッ、のほう、の。(自嘲的な笑いの1)

あの社会人時代の頃、

八百屋、上から読んでも、下から読んでも、やおや、だ。

オレは、
リヤカーに、産地直送、産直と銘打った、野菜を、積んで、
一軒、一軒、お客さんのお宅を、まわる、八百屋をやった。

「唐茄子屋でござ〜い」なんて、
大きな売り声は、ださない。

ピンポ〜ンって、玄関のチャイムを鳴らす、のだ。

当然、オレは、上を向いて、売ったよ。
口あいて、あ〜ン、のどの奥の方まで、陽が当たっちゃって、
何も、落ちてこなかったよォ。

しかし、おかげで、久しぶりに、
心が洗われるような青空を、見たよぉ、

ホンの束の間だったけどね。


上を向いて、売るってぇのは、
のどちんこの土用干しを、するッてことじゃなく、
掛け値をすること。

掛け値とは、物を売るときに、
実際より値段を高くつけること、で、

仕入れの元値で、売ったんじゃ、
利益は生まれず、

骨折り損のくたびれ儲け、だけだから。

くたびれを、儲けても、
飯(めし)は、食えねぇので、
オレたちは、仕入れの倍の値段で、野菜を売っていた。

産直と、謳(うた)うと、
お客さんも付き、玄関先までやって来る、オレのリヤカーの野菜は、
スッカラカンの空っぽになる時もあった。

店に在庫があれば、もしくは、売れない奴のリヤカーの在庫を、
オレの方に、軽トラで補充させた。

おかげさまで、
オレは、この八百屋稼業で、貴重な、世間話を覚えて、
売上をあげ、8人のリヤカー仲間のトップで、
毎週、報奨金、1万円を、貰った。

貰った、と言っても、そのお金のでどころは、
東京しごとセンターといって、
東京しごと財団、ハローワーク、民間の就職支援会社の協同で、
都民に、仕事を紹介する運営団体、

そこに登録いていたオレが、
離職してから、再就職までの期間が短かかった為に、
そのご褒美として、オレを雇用した会社に入金されたお金なので、
オレが入社しなければ、そもそも、入らなかったお金なのだ。

こまかい野菜を売っても、たかが知れてることに、
気付いたオレは、なかでも、売上げ単価の高いお米を売った。

他の奴のお米も、
お前ぇよぉ、米を売る自信がねぇなら、
オレに譲れと、在庫は、すべて、オレのリヤカーに、
載っけて、八百屋、唐茄子屋、ならぬ、
オレは、米屋になった。

その分、オレのリヤカーは、随分と重くなった。
八百屋モドキ、の、米屋だからね。

お米のついでに、野菜も売っていたのだ。

お得意様のお客さんたちは、主婦が多く、
先週に、行って来た旅行の話を写真を見せられて、、自慢をされたり、
旦那の母親、姑の愚痴や、息子の反抗期に、ついてと、
よく、ここまで、赤の他人のオレに、話すもんだと、
不思議に思った。

人畜無害の八百屋に、見えたのかねぇ。
いや、馬鹿なオレを、見透かされたのか。

1時間程、自慢や、愚痴に、付き合うこともあったが、
油を売るのが、オレの商売じゃないので、
それに見合う買い物を、勧めて、お買い上げ頂いた。

ツライのは、雨降り風間 病み患い。
あめふり かざま やみわずらい。

落語の『らくだ』、屑屋の久さん、あなたは、エライ、よ。


雨が降ると、CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)、
『 雨を見たかい (Have You Ever Seen the Rain ?)』が、
頭の中で、流れて、なんとか、こころが折れるのを、しのいだ。

冷たい雨は、『冷たい雨が降っている』(吉田拓郎)が、

風が吹くと、『北風小僧の寒太郎』(堺正章、北島三郎)が、
オレを、応援し、支えてくれた。


次から次に、空から降ってくる、
白い綿のような、ふわふわした雪よりも、重いみぞれ混じりの雪が、
これには、参った、お手上げだった。

寒さで、手が、かじかんで、肝心のお金が、受け取れずに、お釣りが出せない。
「こんな日だから、八百屋さん、お釣りはいいわ、取っといて」、って、
誰もそんなコトは言わない、のだ。
気前のよさは、お財布をしっかり握る、ご婦人方には、見当たらなかった。

しかし、そんな、いつもは、財布はしっかりしていて、
なにかしら、ちょっとでも、おまけを、ねだって来る奥さんが、
温かいお茶と、茶菓子を、出してくれたのは、嬉しかった。

その茶碗から、
はじめは、熱くて持てなくて、飲み口、つまんで、
徐々に、ゆっくり、茶碗自体を、両手で包み、
かじかんだ手に伝わる暖かさ、
口の中から、喉を伝い、胃に届く、その暖かさと、茶菓子の甘さが、
なにより、掛け値なしの、その人情が、ありがたかった。

八百屋、いや、八百屋モドキの、米屋の、冥利か。

いまどき、この冥利、
カネを払っても、滅多には、手には出来ないと思う、よ。


病み患い、
ぎっくり腰にも、困った、参った。

腰に来そうだったので、
社長に、明日は、腰がヤバそうなので、軽トラでの野菜の補給仕事か、
休ませて欲しいと言ったら、

ゆっくりで、いいから、なんとか商いに出てくれないかと、お願いされて、
仕方なく出かけたら、案の定、ぎっくり腰になり、
労災を願い出て、会社を休んで、腰の治療に入った。



そして、次のお宅へ、と、
話は、つづく、
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あの社会人時代の、馬鹿なオレ。もうひとつのクリエイティブのほう、の。(そのもうひとつの7) THE END

これで、
20年選手は、この業界から、汚れた手と、足を洗った。

立つ鳥 跡を濁さず、の言葉を、蹴散らして、

明日でも、出勤できるカタチで、
オレのデスクやロッカーは、そのままの状態で、
名刺や、資料、いままで作ったモノ、全てを、そのまま置いて、
みっともなく、散らかしたまま、

会社から、この業界から、らくご した。


もう、あのネズミの巣窟にも、あのネズミらの面(つら)にも、
二度と、近づきたくなかった。

残念ながら、ネズミ並みの言い訳だ。
お恥ずかしくて、
穴があったら入りたい。
もちろん、ネズミの穴以外で、ね。


ついでに、
もう、随分と、ディズニーランドにも、行っていないなぁ。

行くのは、落語の国である。

ただし、この落語の国にも、
注意しないと、ねずみとの出会いは、思いもかけずある。
大変に、稀(まれ)にだが、ミッキーとも、出会う事がある。
でも、この国のねずみは、涙を誘ったり、愉しさや、笑いをもたらしてくれたり、と、
癒しに、慰安に、なるんだ。


オレに、改竄を直接に指示した専務は、会社で、いちばんの稼ぎ頭だったが、
着服の科(かど)で、解雇された。

申し訳ないけど、専務の着服は、10年以上前からの事で、
公然の行為で、ネズミのボスも、ご存知のはずだった、と、皆んなの認識だったのに。

何故に、今頃になって、と、
逆に、深い、ナニかの、意図を感じざるを得ない。
ネズミの頭(かしら)にとっては、もう用済みで、邪魔になったんだろう。

ネズミ小僧だって ?、とんでもねぇよぉ、
国定忠治だって ?、忠次は、チュウ、とは、哭(な)かねぇよ。
赤城の山じゃねぇだろ、阿漕(あこぎ)だろ。

義侠心のない、義賊でもない、伝説にも残らない、
頭の白いネズミの親分が、すべてを、判断したのだ。


外から、新しく、ネズミの役員がやって来た、
オレの後輩が、ネズミの役員にもなった。

オレの後輩の彼は、会社に忠実な、ネズミだったし、
部下にも、ネズミ組への忠誠心がないと、厳しく注意をして、忠義を尽くしていた。
チュウ、チュウ、うるさい、ネズミの中間管理職を、まっとうしていた。


その後、20年間も奉公したオレが辞めた事実を、

目の当たりにして、奉公甲斐がない、と、感じたのか、
雪崩式に、10人位、当時の半分以上の、彼ら、彼女らが、

業界から足を洗ったり、
中小企業のネズミ組から、
大きなプロダクションに、移ったと聞く。

みんな優秀だったんだね。

奴らの、強(したた)かさに、オレは、舌を巻いた。
オレひとり、馬鹿で、
若い奴らの方が、遥かに、利口で、しっかりしていると、
思い知らされたのだ。

当時の、
改竄チームの、彼ら、彼女ら、は、
いま、ホントに好きな仕事として、楽しんでいるのだろうか。

眠く、休みもない、時もあるだろうが、
納得して、モノづくり、クリエイティブな仕事を、楽しんでいるのだろうか。

まさか、今でも、
改竄クリエイターを、続けてはいないよね。

オレなんかより、しっかり、と、
地に足を付けて、生活をしているんだろうね。


立つ鳥、跡を、思いっきり、濁した、オレだったが、

楽しく、面白い、いい意味での、くだらない、仕事をさせて頂いた、
代理店の優秀な、クリエイターの方へも、
その現場を助けてくれたスタッフの方々へも、

ナンの挨拶もしないで、不義理を欠いて、

この業界から、らくご した、オレが、
ホントの愚者でした。

オロカモノ、ではなく、グシャ、と呼んでください、グシャ、です。

皆さん、挨拶もしないで、御免なさい。
どうか、馬鹿なオレを、グシャ、と、
この場を借りて、お許しください。



らくご しゃ の オレ、
オマエは、次は、どうすンだよ ?

自問自答 …… …… 、 … …… 、


よしッ、今度ァ、オレは、
与太郎さん、みたいに、上手くは、売れないかもしれないけど、
棒手振り(ぼてふり)は、多くぁは運べねぇから、
リヤカーで、唐茄子でも売ってみようか、

そして、
上を向いて売ろう。

こんな馬鹿で、おまけに、グシャな、オレでも、

上を向いてりゃ、
ステキな青空が見えるかもしれねぇ、から、な。



ホントは、
オレって柄じゃないんだけどね。



This is the end of my this story .
but my Ilife gone on .
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あの社会人時代の、馬鹿なオレ。もうひとつのクリエイティブのほう、の。(そのもうひとつの6)

必要悪を、受け入れる事が、
どうも、最期まで、腑に落ちないオレを、
おこちゃまで、ひとり、いい子に、なろうとしている、
ギゼンシャ、と思われても、仕方がない。

経理にも、
このネズミの所業に、オレは、ウンザリしている、事実を伝えて、
この所業が、経理的に、会社的に、大丈夫なのかを、問うた。

そして、
経理的な判断を仰いでみたが、
ネズミ組の経理からの、答えは、

眼を閉じた、耳も閉じた、口も閉じた、無言の返答だった。

見猿、聞か猿、言わ猿、左甚五郎な訳ね。

これじゃァ、落語 『ねずみ』で、
このネズミの経理は、甚五郎 作だったのか ?
はなしが、上手すぎるよ。


それでも、
部下には、所業を指示をし、ヤラセテイル現状の矛盾から、
オレは、ネズミ組から、落語に逃げ込んだ。

馬鹿なりのオレの、馬鹿な「逃散(ちょうさん)」だったんだろうか。

深く、遠く、逃げ込み過ぎて、
とうとう、落語 取りが、らくごしゃ に、なっちまった。


※【逃散】ちょうさん
中世・近世、農民が耕作を放棄して他領へ移ること。
多く領主に対する示威的な闘争手段として行われた。
とうさん。じょうさん。 〔「ちょう」は「逃」の呉音から〕

『大辞林 第三版の解説から』


コストカッターと闘っていたオレは、
闘う戦力には、もう、看做(みな)されなくなり、
単なるコストとして、カット、された。

社内にも、コストカッターが、いたんだ。
頭の白いネズミのボス、社長だ。

その社長からは、「事情が変わった、お前の居場所はない」と、だけ。
20年の労(ねぎら)いは、なにも、なかった。

経営者って奴は、冷徹でなければ、演っていけないものなのかねぇ。
演技なら、まだ、ジェリーの方が、
知恵とユーモア、可愛げがある分、役者としては、一枚上手だ。

頭は白くても、腹が黒くて、
悪知恵っていうのは、底が浅いと、見透かされちまうだよね。


会社と社員の「Win、Win」では、もう、なくなって、
会社自身の「Win × Win」で、
「Win」の二乗に、事情を変えたんだ。

代理店の構造を、
プロダクション内部に、ネズミのボスは、持ち込んだだけだ。

日本の得意なお家芸、
他人(ヒト)がつくったシステムを、
まんま、真似して、取り込んでしまう。

ここでも、それを、見る事ができる。
こういう芸当は、ホント、この国は、上手い。


ホンの、微々たる退職金を、
実は、甚五郎 贋作、ネズミ組の経理からは、
社長の計らいで、随分に、上乗せしてます、と、
糞にもならない、労(ねぎら)いの恩を着せられた。

随分って、経理さんよ、汚れた悪事の手当てにも、なってねぇよ。
ネズミのボスからの、ホンの雀の涙だった。

その雀も、よく見ると、

色白で肥えているが、
風体はというと、黒羽二重は陽に焼けて赤羽二重。
紋付も紋の白いところが真っ黒な、絵師が、

絵に描いた「 雀 」の、涙だ。

落語『抜け雀』では、「 雀 」が、一羽、一両だったが、
涙じゃ、残念ながら、価値が、ねぇんだよ、
ネズミのボスさん、よぉ。


※「黒羽二重」黒色の、上質の絹糸で織った絹織物。
つやがあり、肌ざわりがいい。紋付などの礼装用和服地。

※「赤羽二重」黒色が、陽に焼けて、赤くなった様。



To be continued


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あの社会人時代の、馬鹿なオレ。もうひとつのクリエイティブのほう、の。(そのもうひとつの5)

やっと、本題だ。

前提となる状況を説明する為に、
時間を掛け過ぎてしまった。

下請けの請求書、領収書の提出、と聞いて、
身に覚えのある、悪い方は、察しが、良い方です。

3を、8にしたり、5を、6にしたり、ね。
身に覚えがないとは、……… 。

そうです、
提出すべき、請求書、領収書の改竄です。

そうしないと、経営を維持するための利益が、
産まれてこない、という上意下達であった。

窮鼠 猫を噛む、如く、改竄するのだ。

どちらにしても、ネズミの所業だ。

オレたちが、ジェリーで、
代理店が、トムだ。( 富む、吐夢、葬 )。
狂犬から、虐( いじ)めッ子の猫に、役者が変わった。

アニメのように、
やったり、やられたり、仲良くケンカはしない。
トムに、一方的に、虐められ、ヤラレっ放しだ…… 、


本来、
映像を作る為に、苦労もいとわず、
休日返上だったり、睡眠時間を削っての作業であり、
(ホントは、ここにも、大きな問題があるのだが、今回は、置いておくとして)

仕事とはいえ、改竄作業の為に、
自分の時間を削るのは、間違っている気がした。
まったくもって、やすっぽい、馬鹿なオレの、せいぎ感だ。

しかし、
ここでも、ヒトは、間違った道を、自分の道として、歩み始めてしまう。

完成した商品を納品すると、
その仕事の数だけ、改竄作業が、
現場の制作(PM : プロダクションマネージャー、AD : アシスタントディレクター )
と、呼ばれる、彼ら、彼女らの仕事としての、ネズミの所業が待っている。


彼ら、彼女らは、
請求書、領収書の数字の切り貼り、
そのコピーでの作業から、

パソコンに、スキャンして、
パソコン内での作業の進化に、
スキルアップを感じ、同僚に、そのスキルを自慢する。

これもひとつの、モノづくり、クリエイティブと、
思い込んで、作業をしていたんだと、信じてやっていたんだろうか。


悪い事と知りながら、必要である、という、
必要悪という言葉で、自己肯定をして、麻痺をしていく。

もう、20年以上も前の事である。
現状は、もう、さっぱり、どうなっているのかは、わからない。

コストカッターなんて、存在、そのものが、
時代遅れの産物で、冗談みたいな悪夢だったと、カットされているの、かも。

上意下達の上と下の中間にいたオレは、
彼ら、彼女ら、からは、上司であり、
上意下達を、上意下達へ、と、橋渡しをし、指示をしていた。

勿論、オレも麻痺ぎみ組、
必要悪のネズミの一味だったんだ。


To be continued
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あの社会人時代の、馬鹿なオレ。もうひとつのクリエイティブのほう、の。(そのもうひとつの4)

このコストカッター野郎ッ、裏切者ッ、夜道に気を付けろぉ、と、
テーブルを強く叩き、脅す、
プロダクションの血の気の多い、
ヤクザモドキのプロデューサーもいたと聞く。

虚しく吠えて、それで、お仕舞い。
結果は、なにも変わらない。

ただ、よく、噛み付いてくれたと、
拍手をするものもいれば、
コストカッターも、大変な商売だねぇ、俺なら絶対にやりたくないね。
と、同情票が、数ポイントあがる、かだ。

ここまで来ると、
正しさの根拠は、なにもない、
下請けへの、代理店のチカラが、絶大な事が、判明(わかる)だけだ。

大企業と中小企業の関係のなかに、
同じ相似性を、いとも容易(たやす)く、見つける事が、出来るだろう。

この業界に、限る事なく、
全ての下請けが被った困難であったと思う。

大きなプロダクションは、対応できたが、
中小企業のプロダクションは、その状況に、適応するために、
その間、もがき、逼迫をした。

代理店も、
外部への締め付けと、同様に、内部にも及んだのであろう。

最近の過労を苦にした自殺を知ると、
何も変わっていないような気がする。
むしろ、更に、悪化しているかのような気にもなる。


ある企業では、
どんな企画でも、一律、支払う金額が決まっていた。

そうすることで、
代理店は、継続して、同じプロダクションで制作することで、
凸凹を、調整しなさいというやり方を取った。

代理店のクリエイターとの手が結ぶことができれば、
プロダクションとしては、
予算の掛かる企画の為に、貯金をしたり、
制作した後の、予算のオーバー分を補うために、
低予算の企画を、制作することで、調整する事が出来たのだ。


To be continued







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あの社会人時代の、馬鹿なオレ。もうひとつのクリエイティブのほう、の。(そのもうひとつの3)

さておき、
コストカッターは、
機材や、編集室などの、あらゆる料金表を、入手しており、
見積書に、本来の機材屋の機材費に、のっけるプロダクションの利益金額、
いわゆる、掛け値というものを、
一律、10%以下と決めた。

機材屋の定価料金が、1,000円のモノは、
見積書には、1,100円まで、という設定だ。

1,300円と、見積書に記載したら、
赤ペン先生が、自動的に、添削して、コストカット、削除する。


全体のパイを、細かく削り、全体への間接費も削ったのだ。

そこには、プロダクションの救いとなる逃げ道は、
残されていなかった……… 、

基本、今までが、今までだったんだが、
簡単に言えば、ボッタくれなくなったんだ。

ボッタくる、というと、乱暴だが、
そうして、利益をあげることで、
代理店からの入金の前に、各スタッフや、現場での支出を賄い、
プロダクションというのは、経営を保つ事ができたのだ。

コストカッターの誕生、その反動は、余りにも大き過ぎた。

じゃあ、そこまでして、
代理店のコストカッターに従って、
完成したビデオテープの商品を、無事、納品し、
すべての下請けからの請求書と、現場の領収書を、
添付したうえで、代理店へと請求書を提出したところで、
満額を、頂ければいいが、

結局、ドガチャカして、
つまり、いままでのテーブルでの打ち合わせを重ねた事を、
ちゃぶ台を引っくり返すように、ない事にして、
チョンと、この金額しか払うことが出来ないと、
上限を切られることもあった。

なんの、エビデンス(証拠、証明)作業か、わかったもんじゃない。

コストのカッターではなく、単なる、値切り、買い叩きだ。

欧米の、エビデンス制には、間接費が守られていた事を考えれば、
この国は、相も変わらず、カタチだけを輸入をし、
手前ぇ勝手な、ご都合主義の、うわっつらの、輸入業者だ。

代理店も、政治家も、ヨコモジ、好きだもンね。
本来の事実や、意味を、ズラしたり、誤魔化せるからね。

あまりにも、哀しい愉快な奴らの事情は、
奴らの云う、“” Win. Win. “”って、自分たちにとっての “”Win × Win“”、
“”Win“”の二乗、だからね。
まったく、愉快で、笑えねぇよ。


To be continued
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