「民主主義って、何だ、コレだ ‼︎ 」が、わかったつもりの落語会。(第49回 談笑一門会)

第49回
立川談笑一門会
平成29年10月18日(水) 19時開演
武蔵野公会堂
¥2500

錦笑「桃太郎」
談笑「風呂敷」
〜仲入り〜
笑ニ 「のめる」
吉笑 「井戸の茶碗」


「民主主義とは、ひと言で、ちしゃとひちしゃのじどうせい」だ。
と、談笑さんは、教えてくれた。

「知者と非知者の児童性」、隠居と熊さんの噺か ?
「智者と否智者の慈童性」、与太郎の噺か ? もちろん、智者が、我らの与太郎さん、だが。

無理に、とってつけたようで、強引です。
でも、一瞬、アタマの中で、混乱した。
これに近い感じが、あったんですよ。

「ちしゃとひちしゃのじどうせい」って、突然、言われても、
漢字変換が、上手く、出来ない。

「治者と被治者の自同性」です。
(調べました、「自同性」が、わからなくて、憲法学の言葉らしい、です)。
と、談笑さんは、教えてくれた。

つまり、
治める側と、治められる側
統治する側と、統治される側が、一緒なのが、民主主義である、と。

帰途、振り返ると、この国には、1度も、
民主主義なんて、なかったんじゃないだろうか。
小さな村とか、小さな共同体では、あったのかもしれないけれども。

2015年、SEALDs(シールズ)「自由と民主主義のための学生緊急行動」の、
安全保障関連法案に反対する国会前のデモを、1度、観に行った。
でも、その時、
「民主主義って、何だ、これだ」って言われても、良くわからなかった。

SEALDs(シールズ)に関する書籍も読んでいなし。
(前回のブログで、紹介した『大人のための社会科』5 運動、で、少しふれてますが )

談笑さんが、教えてくれた、
「治者と被治者の自同性」は、そこを、探しても、当然、なかったことになる。

SEALDs(シールズ)が、決めた民主主義は、
自信を持ってお届けできる、「民主主義って、何だ、これだ」が、
あの場所には、あったんだろうけれども、
見つけることは出来なかった。

選挙の前だけに、ちょっと、立ち止まってしまったが、
実は、談笑さんの、政治の話がもっと聴きたかったし、
この国の、選挙の可笑しさを、馬鹿馬鹿しさを、もっと、笑い飛ばして欲しかった。
会場を、選ばなければ、いけないのかな。

選挙前で、自重されたのか、AKBが前座のサーキット場での落語会の話、
そして、小咄に入り、いくつかの小咄で、もうひとつ、と思ったら、
大きな噺『風呂敷』に、気がついたら、入っていた。


ところで、
落語好きを、仮に、仮にですよ、落語主義者と呼ぶならば、
落語主義者は、
被演者と演者の自同性を、
被演者(役柄、登場人物)と演者(落語家)の自同性、を求めているのだろうか。

強引ですよね、
強引に、拾って持ってきました。
スライディング・キャッチです、もちろん、見事じゃないです、
グローブから、ボールが、外に、転げだしています。

狸の了見になれ、とか、
演者である自分が、いなくなって、登場人物が、勝手に、喋り出したとか。
もう、いまは、いなく、さびしい、小さん師匠であり、談志師匠です。
名人たちは、名言を、残しています。

ライブで、一体感を、落語を、生で、味わった時に、
その感覚は、その場で、観客に、わかるのだろうか。

つまり、
観ている時に、観客は、その自同性を、
演者が消えて、その役柄の登場人物が、そのままで、喋って、そこにいる。
そう、意識し、実感ができるのでしょうか。

沢山、落語を観ていた時の自分なら、
談志さんもご健在で、死にたいと良く言う前に、間に合ってる、
自分なら、あるよって、言えただろうか。

今日の、よかったなぁ、とか、
凄いのを観た、凄かったなぁ、てのが、
せいぜい、しあわせ感とともに、
お酒を飲んで、気持ちよく、床につく、のが関の山、
だと、思うんです。

落語家さん自身なら、
被演者(登場人物)と演者の自同性の実演現場を、観て、
それを観て、わぁ、凄い、演者が消えてる、とは感じることは、出来ると、思う。

自分で、演じ、それを目指し(目指している、と思う)、客観性があれば、です。
実は、その事さえ、よくわかっておりません、自信がないです。

なんか、小難しく、
それこそ、風呂敷を広げすぎて、畳めなくなったので、
頭にかぶって、
この辺で、終わります。

結局、だらしがないのです。


吉笑さん、久しぶりの、古典です。
と言っても、擬古典も、やがて、残れば、古典です。

吉笑さんが、古典「井戸の茶碗」を演っても、
吉笑さんの落語だ、と、感じました。

吉笑さんと、吉笑さんが演る落語、の、自同性。

もう、いいです、ね、すみません。
スライディング・キャッチした際に、フェンスで、
アタマを強打したみたいです。

一門会は、とっても、楽しんだんです。

それとは別に、
投票に行けるかなぁ。
いろんな意味で、自信がなくなり、心細い、今日この頃です。



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嫉妬をチカラに、かえまして。 懐深い、第48回 談笑一門会。

一門の、チームワーク、
羨ましいです。


第48回
立川談笑一門会
平成29年9月28日(木) 19時開演
武蔵野公会堂
¥2500

笑ん「転失気」
吉笑「直観」 
〜仲入り〜
笑二「半分垢」、改め、「もう半分」
談笑「ジーンズ屋ようこたん」


前座同士の、レースも、あるんでしょうが、
お互いに、刺激しあい、切磋琢磨、
カッコつけた、もの言いです、が、
兄弟弟子って、羨ましいじゃないですか。


心が折れることなんて、
もう、ホント、しょっちゅう、日常茶飯事(にちじょう ちゃめしごと)です。

まだ、まだ、はじまったばかりで、これから、なんじゃないでしょうか。
自分の、頭の、蝿も追えないくせに、
ずいぶん、エラそうですが。


それを、骨つぎして、支えてくれる、先輩がいて、
爆笑へと、会場を沸かすのって、
実社会では、なかなか、ないものです。

そりゃ、実社会の、会社の中で、爆笑へと、沸かせる機会の方がないですがね。
そんな、先輩、上司なんて、あたしの周りじゃ、見かけません。
羨ましいじゃないですか。


吉笑さん、
つぎに、紫色の鬼が、出てくるのは、
どんな噺となるのでしょうか。

もう、鬼の話をしても、
笑われない時期になって来ました、ですよね。
まだ、早いですか ?


一門の包容力の凄み、

談笑師匠のまくらで、

途中、楽屋から、つまみ出されそうになったのは、
半ズボンで、ランニング姿の小学生、アレは、小学生のままのオレじゃなくて、
ホントに、文字助師匠だったのでしょうか。
ホッと、していいんですかね。
自意識過剰な馬鹿なオレのオレ。

談志師匠に、
クビになり、「いつもの、コトだから」って、帰って行った、
文字助師匠の、いつもって、どんな、いつも、だったのでしょうか。

クビになり、「いつもの、コト」も、
アレッ、馬鹿なオレのコト ?
そんなコト、身に覚えが、ありますよ。
自意識過剰な馬鹿なオレのオレ。



談笑師匠の、
(実は、さん、でいいのか、師匠、がいいのか、いまだに、判っておりません。
悩むくらいなら、いっそ、書かない方が、いいのかも。)

まくらが、好きです。
今回の、政治ネタも、面白かったです。

前回の、お弟子さんに対する、
頼り甲斐があるけど、安心感、の話。
営業マンにも、通じると思いますが、って言うのは、
わたくしからしても、教えれれますし、同感で、
高座から、お弟子さんへのメッセージ。

入場前に、ボクら、受付の前座さんの、皆さんの所作を見てますからね。

まぁ、逆に、客も、見られている、という訳ですけどね。
自意識過剰な馬鹿なオレのオレ。


政治のコメントでいうと、
テレビじゃ、それこそ、テレビ的に、忖度した、配慮した、
残念なコメントしか聞けないから、
いまじゃ、あまり、観なくなりました。

まだ、ラジオの方が、面白いです。
車に乗った、営業時しか、聴けませんが。

自分なりの考え方の、見事な切り口、
そんな、まくらは、楽しみです。


今晩は、文字助師匠が、見事に、まくらで、回されてましたが、
実は、里う馬師匠は、
今となっては、幻の大銀座落語祭で、観させて頂きましたが、

お恥ずかしながら、
文字助師匠は、エピソードで聞くだけで、
落語を聴いたことがないんです。

どこかで、探して、足を運ばないと、
ズボラな私には、実物の文字助師匠に、
もう、お目に掛かれないような。

喧嘩っぱやくは、ないと思いますが、
喧嘩が弱いところ、とか、
いつも、いつも、負けているところ、とか、
なにか、親近感を感じてしまってる、自分がいます。

当然、文字助師匠のように、格好よくはなく、
わたしは、ミットモナイ、だけですが。

と、言うより、
ブログのタイトルに、
おもてへ、出ろって、
おふたりから、
チタン製のステッキで、殴られそうな。

その際は、涙を流して、思いっきり、泣きます。


一度は、一席、文字助師匠の落語を、
観させて頂きたいものであります。



『半分垢』から、
喉の調子で、代えた噺。

『もう半分』
モノローグで、語る、絞る声、因縁噺、が、
しとしと、と、冷たい雨に、肌寒く、虫の声さえ、加担して、
枕のうえの、頭の中を、冴えさせる。

酒の力だけでは眠れない、眠剤のチカラでも借りるとするか。

今夜は、とはいえ、悪夢じゃなくて、
いい夢に、なるのでしょう、か。

肌寒いけど、暖かい、でも、ちょっと、気にかかる、そんな夜、
自意識過剰な馬鹿なオレのオレ。

楽しい夜を、ありがとうございます。











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才能なのか、資質なのか、努力なのか、環境も含めた教育、つまりは、師匠という事なんでしょうか。(第47回、談笑一門会)

第47回・立川談笑一門会。実は、何回かは、よく知りません。

談洲「時そば」
談笑「千早ぶる」
仲入り、
吉笑「運不運」
笑二「牡丹灯籠、お札はがし」

この方たちは。
何処まで行ってしまうのでしょうか。

どんどん変わっていく、
驚く、幸福感、と、満足感。

新しい才能が、産まれているのか、育っているのか、
通りすがりの観客としては、到底、窺い知ることはできません。

「とは」、の、謎は、
鯉昇師匠と、
仲入り後の、館内に、流れる曲に、答えがあったんでしょうか。
談笑師匠版『千早振る』

繰り返し、言いたいのは、レッツ・ゴーッ ‼︎、ゴ〜です。
脳の味噌に、焦げ付きました。
落語で、話の設定が、映画的に、カットバック、
『文七元結』の、吾妻橋と、近江屋の、
見事な、切り替わり、のように、
さすが、吉笑さん。

笑二さん、
観客を、最後の最後に裏切り、あっと、驚かすのは、
一門の遺伝子なのでしょうか。

国会図書館まで足を運んで、根多を仕入れた努力家の笑二さん、
あなたの、観客に、落語を、ドライブをかけて、
楽しませ、夢中にさせ、引き込ませようとする、
技に、見事に、嵌ってしまったのは、私です。
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ゲシュタルト崩壊が起こる素敵な談笑一門会。

ゲシュタルト崩壊とは、

《「ゲシュタルト」は形態・姿の意》全体性が失われ、
各部分に切り離された状態で認識されるようになる現象。

[補説]
文字の認識などでも見られる。
例えば、一つの漢字を注視しているとパーツごとにばらけて見え始め、
ひとかたまりの文字として認識することが難しくなったり、
よく知っているはずの文字の形に疑問をもち始めたりするなど。

(デジタル大辞林より)

平成29年7月29日(土)19時開演
武蔵野公会堂
2,500円/学割 1,500円
自由席

第47会
立川談笑一門会

立川談笑一門会という全体性が失われ、
各落語家とその個性ある落語に切り離された状態で認識されるようになる現象の会。

錦大「かぼちゃ屋」
笑ニ「黄金餅」
〜仲入り〜
吉笑「ほめ殺し」
談笑「佃島」

誠に、お久しぶりでございます。
何年振りでございましょう、
談笑師匠や吉笑さん、笑ニさんの落語に触れるのは、

皆さんお変わりなくと申し上げたいのですが、、
お久しぶりの分、随分と、その変わり具合に、
目を白黒させて、崩壊した自分を取り戻すのを、忘れるほど、
笑い、落語に釘づけとなりました。

そろそろ、崩壊した自分を取り戻すために、
真人間に戻り、少しづつですが、落語に触れていきたいと思っている所存でございます。

皆さま、
何卒、宜しくお願い申し上げます。

皆さまとは、もちろん、皆さまのことでございます。

隅田川花火大会は、大雨のなか、決行されたそうです。

会にも、もちろん、いろいろでございます。

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