碧き地平線の記憶

この小さき世界の中で

ルイス・バラガン  メキシコの空に

2010-12-07 21:40:52 | Weblog
ルイス・バラガン・モルフィン
(Luis Barragan Morfin、1902年3月9日 - 1988年11月22日)
メキシコ人の建築家・都市計画家。

好きな建築家の一人。
その独特な色彩感覚は、空間と、時間を超越させてくれる。
願わくば、メキシコの突き抜ける青空の中で、
その「色」を、体感したい。

アメリカの荒野のサボテン

2010-12-06 22:00:42 | Weblog
サボテンの生態については誤解が多い。
「サボテンは砂漠に生えているので、水を遣らなくて良い。」
又は「サボテンは花が咲かない。」等はよくある誤解である。
森林性サボテン(木の葉サボテン)を除く
多くのサボテンが乾燥地帯に自生しているが、
サボテンの自生する地域は乾季と雨季がはっきりしているだけで、
サボテンは水を好む植物である。

サボテンの代表品種「金鯱(きんしゃち)」
(Echinocactus grusonii) は開花するまで30年前後かかるため、
市中の花卉店で購入した場合には
花を見るまでに相当の時間を要する。

昔から、アメリカのサボテンが好きだ。
その風景が好きなのかもしれない。
荒野に、ただ立ち尽くす姿は、
神々しい。

「バベルの塔 」  バーチャル・タワー

2010-12-05 19:54:34 | Weblog
バベルの塔

創世記11

「ノアの洪水の後、人間はみな、同じ言葉を話していた。
人間は石の代わりにレンガをつくり、
漆喰の代わりにアスファルトを手に入れた。
こうした技術の進歩は人間を傲慢にしていった。
天まで届く塔のある町を建てて、
支配者になろうとしたのである。
神は、人間の高慢な企てを知り、怒った。
そして人間の言葉を混乱(バラル)させた。
今日、世界中に多様な言葉が存在するのは、
バベル(混乱)の塔を建てようとした人間の傲慢を、
神が裁いた結果なのである。」

自分は、宗教的な見方は、一切ないが、
この誰でも知っている、話を今、誰もが、
忘れ、見ようとしないでいる。
この塔を、はるかに超えるバーチャル・マネーを
作り出した漂流するファンド、それを容認、
仕向け、許した組織。

わが身の保身と詐欺で、数ヶ月先の事までしか、
考えられない為政者達。 
国家の嘘、詐欺は、許されるが、
庶民の権利、自衛は、一切許さず、搾り取る。
そして、マスコミ、風説、目先の損得に走り回る庶民。
いつの時代も、百姓は、生かさず殺さず。

人口限界爆発まで、人類は、このチキンレースを
続けて行くのだろうか・・・
せめて自己の認識と覚悟だけは、持っていたい。






マミヤ C330 プロフェッショナル f

2010-12-04 21:16:39 | Weblog
マミヤ C330 プロフェッショナル f

型式: 6×6cm判 二眼レフカメラ
画面サイズ: 6×6cm
レンズ: マミヤ・セコール 105mmF3.5DS (3群5枚)
レンズ交換可能
焦点調節: 両面ノブによる前板繰り出し式
(ラックピニオン式蛇腹繰り出し機構)
各レンズの繰り出しによる距離目盛付
蛇腹繰り出し最大60mmで最短撮影距離58㎝
(105mmレンズで)
シャッター: セイコー (0番) B・1~1/500秒 
セルフタイマー内蔵
フラッシュシンクロ内蔵(M・X接点切替え) 
フルシンクロ
レリーズ: 2か所のボディシャッター 安全ロック、レリーズ穴付
巻き上げ: クランク式(360度1回巻き上げ)
スタートマーク合わせによるセミオートマット式、セルフコッキング 完全自動巻き止め、二重露出防止(多重露出可能) カウンター順算式自動復元
ファインダー: ファインダースクリーンの交換可能
(標準・フレネルレンズ付)
透視ファインダー、ルーペ付、ファインダーマスク付 フード着脱自由交換可能、パララックス自動修正
その他: フィルム圧着板を90度回転して120・220フィルムを使い分け可能
サイズ・重量: 122×169×115mm・1,780g
(105mmF3.5DS付)

世界唯一のレンズ交換可能の二眼レフカメラ

写真学校に入って初めて手にした中判カメラだった。
今、欲しいカメラの一台である。 

ウォーカー・エバンスの視線

2010-12-03 21:27:02 | Weblog
ウォーカー・エバンス(Walker Evans, 1903年11月3日 - 1975年4月10日)
アメリカ、ミズーリ州。

学生の頃、ウォーカー・エバンスの写真もよく見ていた。
建築物、地下鉄乗客の隠し撮り、ストリート、動く列車からの
工業風景の撮影からポートレート。
第2次大戦後は“タイム”誌、“フォーチュン”誌で
編集の仕事をして、晩年はエール大学グラフィックデザイン科の
教授を勤めたそうだ。そんな経歴は知らなかったが、
クールな目を持つ写真家だと思った記憶がある。
今、もう一度、見つめ直してみたい。

アンリ・カルティエ・ブレッソン の、日常

2010-12-02 21:24:21 | Weblog
「アンリ・カルティエ=ブレッソン(Henri Cartier-Bresson、
1908年8月22日 - 2004年8月3日)フランス。

20世紀を代表する写真家であると多くの
写真家・芸術家から評されている。
彼は小型レンジファインダーカメラを駆使し、
主にスナップ写真を撮った。
芸術家や友人たちを撮ったポートレイトもある。

彼はライカに50mmの標準レンズ、
時には望遠レンズを装着して使用した。
1947年にはロバート・キャパ、デヴィッド・シーモア、
ジョージ・ロジャーと共に国際写真家集団
「マグナム・フォト」を結成した。」

自分のイメージとしては、スナップショットの
元祖なので、もっと昔の写真家という気が未だにある。
マグナムとは何故か結びつかない。
インタビューを見た事はあるが
2004年まで生きていた事も不思議な感じである。
「ひとの写真を撮るのは恐ろしいことでもある。
なにかしらの形で相手を侵害することになる。
だから心遣いを欠いては、粗野なものになりかねない。」

この言葉は、ずっと実感して来た。
でも、怖いのも、面白いのも、人だ。

「BAJA1000」  エンデューロ・バイク

2010-12-01 19:57:38 | Weblog
ロサンゼルスの南、太平洋に沿って南北に
延びる半島がバハ・カリフォルニア。
ここで1967年に"メキシカン1000"という
名前ではじまったデザートレースは、
1968年から現在の"バハ1000"と名前を変え、
世界で最も有名なレースのひとつ。


最近では、デイナ・ブラウンの
「DUST TO GLORY」が有名。
このレースでのカテゴリーはいろいろあるが、
やはり、エンデューロ・バイクに尽きると思う。
一度走ったら、抜けられないのだろう。
個人的には、ブルタコ、マイコ、ハスキーが
似合うと思うのだが。