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フリーソロ 【感想】

2019-09-13 07:00:00 | 映画


目撃するのは2つの奇跡。一つは主人公のフリーソロの成功。もう一つはその成功をカメラに収められたことだ。「スリルマニアの所業」と少し斜に構えていた自分は、完璧に打ちのめされた。主人公の心理はあくまで常識的で、偉大なプロクライマーであることが示される。彼が求める完璧な達成感は、命をかけなければ得られないもの。現代に生きる”超人”の姿に、恐怖と感動で震えた。同時に、大きなリスクを背負いながら、本作を完成させた製作スタッフたちの勇気と英断に拍手を贈りたい。

昨年の北米での公開時の評判と、オスカー受賞により、期待値が高かった本作。結果、とんでもない映画だった。生の被写体と対峙するドキュメンタリー映画としても、計り知れない価値がある。

命綱となるロープや一切の道具を使わず、己の肉体1つで岩山の崖を登る「フリーソロ」。当たり前だが、自然は人間用に作られていない。その地形に挑む行為は、いわば不自然であり、足を踏み入れれば肉体を破壊する危険性をはらむ。そこにあえて挑戦するクライマーは、どんな人間なのか。「高所が好き」「スリルが好物」といった異質な人種を想像していたが、まるで違った。

本作の主人公であるプロクライマーのアレックスは、ヨセミテ国立公園にある、岩壁エル・キャピタンをフリーソロで制覇した。本作では、その挑戦の過程を数年がかりで追いかけていく。エル・キャピタンの高さは900メートルであり、彼が登頂したショットから、その全景を捉えようとカメラが俯瞰すると、彼の存在が見えなくなるほどに巨大だ。しかも、岸壁の角度はほぼ90度、その岩肌は長年の風化により、ツルツルの状態で、吸盤でもついてない限り、普通の人間は張り付いていられない。

彼がフリーソロに挑むモチベーションは、クライミング中のプロセスにはない。ゴールの達成感を得るためである。その成功のために、徹底的な準備を行う。ロープを使った状態で、クライミングを繰り返し、どのルートを辿るべきか、体力、時間の配分、手足の指の1本単位に及ぶ筋肉の使い方など、膨大な情報を体に覚えさせる。それでも、ルートのあちこちに避けては通れぬ難所が点在し、ロープをつけていても通過することができない(落ちる)。ロープをつけた予行演習に成功したとしても、絶対的な安全はない。本番でのミスは即、死につながる。

ミスを引き起こす要因は、内的要因と外的要因に分けられる。検査結果によって明らかになる、恐怖を感じにくい脳の構造が興味深いが、ナチュラルボーンな体質ではなく、長年の鍛錬により、脳が発達した結果だという。よって、恐怖による委縮でパフォーマンスが下がる可能性は低い。問題は外的要因。クライミング中に目にゴミが入ったら?虫に刺されたら?風が吹いたら?など、あらゆる可能性が頭をよぎるが、本作の場合、どれもあてはまらない。最大のリスクは、彼の挑戦をカメラで捉える撮影スタッフたちの存在だ。

フリーソロに挑んできたクライマーは、その挑戦を他人に見せることなく、秘密裏に実行する。集中力を維持するため、そして、失敗した時の死に様を人に見せないためだ。実際に多くの優れたクライマーが、フリーソロに挑戦して命を落としている。撮影スタッフを率いる監督も、クライマーであり、アレックスとは友人の仲。撮影することに合意を得ているが、死に関わる挑戦であるため、アレックスとの距離感に慎重になる。「自分たちが邪魔なら言ってほしい」とアレックスに何度も伝える。

撮影の有無に関わらず、アレックスはフリーソロに挑戦する。彼のタイミングでなされるため、撮影スタッフとの約束を守らず実行し、機会を逃す可能性がある。もちろん、撮影中、失敗して彼が死にゆく姿を撮影する可能性もある。最も恐れるのは、その失敗が、撮影スタッフの存在が影響した場合である。”ゾーン”の状態を長時間維持しなければならない挑戦だ。万一、失敗してしまったら、自分たちの存在が彼の集中力を欠く原因になったのでは?と自責する結末も考えられる。生死を賭けた挑戦を前に葛藤する監督、撮影スタッフの姿に、生きた被写体と対峙するドキュメンタリー映画の究極形をみる。

クライマックスのクライミングシーンは、文字通り言葉を失う。手と足のわずかな感触に命を預ける感覚。。。。岸壁の角度がエグい。彼の後方は空中だ。ちょっとでも手を離せば、真っ逆さまに落ちてあの世ゆき。体が硬直し、冷や汗が滲む。重力がこれほど重く感じられたことはない。リアルの凄みが画面から襲い掛かる。そして、彼が求め続ける”完璧”な達成感を目の当たりにする。

鑑賞後、彼のインタビュー記事を読んだ。この挑戦の成功について「奇跡」と言われるのが心外らしい。彼は運のよいクライマーではなく、優れたクライマーを目指しているからだ。撮影のプレッシャー、あらゆる不測の事態をもクリアするために武装するのは、綿密な準備と圧倒的な自信。それでも、失敗する確率のほうが高かったと思え、再び挑戦したら彼は生きて戻って来れないかもしれない。”長く生きる義務はない”、彼の死生観の上に成り立つ奇跡の偉業としか思えないのだ。

【85点】
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