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豪雨の街の帰り道・新公共事業への願い       (深層崩壊)

2010-06-29 | Weblog

 この異常な暑さは、人間の自業自得なのか。
日本の都市や地方も、TVのほかの国の都市と
くらべて緑の少なさは驚くほどで
灰色の箱ばかり。


 昼間の異常なほどの灼熱の日差しといい
亜熱帯雨林気候に日本も入ってゆきそうなこのごろ。


 先日の夕方、帰り道で
すさまじい豪雨でした。

 アスファルトの道路はすべてをはねかえし
低いほうへ低いほうへと
大量の水を流してゆきます。


 アスファルトがにくくなります。

 雨水を吸収し、熱を吸収する素材の研究は
進んでいるとききました。

 雨が 生き物の生命をおびやかすものから
うるおすものに変えられればいいですね。



(どうでしょうか?)

1、緑をふやし、道路の吸水性と吸熱性への
素材の改善。

2、自転車の道の改善と駐輪場を欧米のように。

3、信号は完全分離式に。

4、商店街や歩道などの上に、グリーンアーケード。

5、水力ダムの中止したところに風力や太陽発電を。

6、街に地下水再利用の、人も生き物も憩える水場と
災害時に活用できる天水尊のシステム化を。

 
深層崩壊







            
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1、 各地に大雨洪水注意報です。お気をつけてください。
また、動物の避難も早めにお願いします。

 庭飼いの犬など鎖をはやくはずし
玄関先にでもいれてやってください。
よろしくお願いします。


 お互いに気をつけていきましょうね。
早め早めがベストと言われました。
自分も早めの避難や対策を考えるようにしたいです。


BEGIN - ここから未来へ


山崎まさよし / One more time,One more chance  


ビートたけし - 嘲笑

郷土史「 西念寺(親鸞聖人ご縁)の良水師 」 その2           再び

2010-06-24 | Weblog


 藩の財政が苦しかった笠間藩は
領民に重税であつた。
北那珂村小塩に残る「 寛永義民地蔵尊 」は
この時代のできごと。

 寛永


 3代・貞喜が寛永4年3月(1792年)
藩主になったときは


 徳川三大飢饉の一つである
天明飢饉の直後であつた。


 天明飢饉



 笠間藩の領地真壁郡も
飛領地の奥城盤城や
郡山外内84ヵ村は
悲惨な状態であつた。


 文化9年(1812年)当時を
その65年前の寛永元年を比べると
人口が一万余人に減少していた。


 これは、生活難から堕胎と
離村が多かったためだつた。



            
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昔のーで、検索していたら

上毛かるた紀行 「昔を語る 多胡の古碑」

そうか、昔はこうだったんですね。おもしろい。

昔の
 昔のこどもの遊びもおもしろ、なつかしい素朴さです。



「空に星があるように」BEGIN


かりゆし58「オワリはじまり」



 

郷土史「 西念寺(親鸞聖人ご縁)の良水師 」 その1            再び

2010-06-20 | Weblog


 牧野家の初代・貞通は
九州延岡城で、享保4年から延享3年の


約20年間に、11回も風水害を受け
幕府の御貸下金を求めた。


 九州延岡城



 2代・貞長が延享4年に
笠間城に入城したとき



 負債が当時の金で30万両余もあり
そのうえ老中という要職で
入費も必要であつた。



 このころ禁止令があっても
百姓一揆が盛んにあつた。



親鸞聖人






出典ー福島護 著作








            
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