別所沼だより

詩人で建築家 立原道造の夢・ヒアシンスハウスと別所沼の四季。
     

ビッグスマイル

2006-09-26 | こころ模様

 墓参は、昼ごろから雨になった。 帰りは畑中の近道をぬける。ふいに向日葵が現れた。車を降り、片手に傘を泳がせながら夢中でシャッターを押した。

 どこからともなく声がする。
 「実家はいいねえ…」 母の口癖だ。 ここに来るといつも満足げ。  伯母のかぞく、変わらない自然、跡取りの歓待やお嫁さんの気遣いがある。 遙かむかしの娘のころを彷彿とさせるのであろう。 向かいながらウキウキしていた。 帰り道も彼女を幸せにした。
  
           -☆-

 その話はなんべんも見た紙芝居のように、飽きている。
 「まえにも聴いた いつもおなじ話…」 毎度では気もそぞろ。 それでも彼女はおかまいなしで。 要所に近づけばひとりでに録音テープのスイッチON。 話さずにはいられない。        
 (お前の)おじいちゃんは、自転車で野菜やお米を運んでくれた。 ちょうどこの辺りで検問にあった。 と、県道にさしかかる。
 「夫を亡くしたむすめと、その子がおなかを空かして待っています…」 そう言うと
 「早く行ってあげなさい。 気をつけて」 と声を掛けてきた。 顔見知りだったかも知れない。 見逃してくれた。 「親はほんとにありがたかった…」 と、しみじみとなる。 片道25㎞の道のりである。 祖父は何往復したことだろうか。 感謝し思いを馳せた。

 祖母も、夕方雨戸を閉める時分になると 「こどもが小さくて、ひとりでどうしているだろうか… 病気はしてないか」などと、かならず思ってくれていた。
 「ひとりだから不憫だったんだね。 心配ばかりかけた」 とはじまるのだ。

 むかし語りはところどころ脱線し、さまよいながら続けられ、 女学生の頃に飛んだ。
 用事ができて親戚へ、 親の変わりにひとりで行った。 夕方、川沿いを走って帰る。 お土産の小豆はかなりの量だ。 その重みも手伝って砂利道にタイヤを取られ、自転車ごと勢いよく川につっこんだ。 ちょうど知り合いが通って助けられたそうだ。
 「ちょうた(恩人の名前)がいなければ、命はなかった。 ちょうど、その下よ…」 と名調子。 かくて私も、ふるさとの広やかな慈愛にひたっていった。  

          -☆-

 食事のあとで、 いとこのお嫁さんがはなしていた。
 「おばさんはよく豪快に笑ってましたね、 思い出します。 こうしていると声までしてきそうですよ」

 実家はいいなあ…  部屋にあがると口にした。 母の声が耳に残る。 
 ふるさとで元気をもらっていた母…  
  雨に濡れて泰然としている 大きな笑顔にかさなった。  
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする