一年間 別所のほとりを歩きました。撮った写真は何千枚。 数えていませんが、とくに
道造の心をうつしたと思えるものだけ、ご高覧いただきました。
これほど美しいところだったと、発見することばかり。いつも楽しみでした。 つたないコメントで、さいたまの別所沼を多くのかたに知っていただく、若くして逝った詩人の魂を、すこしでもお伝えできたでしょうか。
のこりは宿題にして。 きょうの別所は寒いですね。 梅もちらほら。
救命具の隙間から覗いてみました。
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『僕は詩が書けない。言葉はなぜかうも少く小さく、僕に思はれるのか。そして、そのすくない言葉さへ、全く余分に思はれた。僕のいひたいのはおそらく一行であらうか、と思はれた。その一行によつて、一行一行があつまり、一篇の詩となるのであつた。しかし、僕は、一行のことをひきのばし、一篇とするのであつた』昭和10年5月17日 立原道造
「余分に思はれる」言葉を消していって、最後にのこる一行。
「一行のことをひきのばし、一篇とするのであつた」
気持ちの芯のところ、核となるもの、エッセンスをだいじに引きのばす。凝縮されたひかる一行のなかから、イメージはさらに拡がります。
立原道造様 ゆたかな時間をありがとうございました。これからもどうぞよろしく。