ラフトブログ

NPO法人ラフト
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2days

2011-06-26 23:16:53 | 日記
2か月前のブログ「必要」

で、行ってきました。
PECSのベーシックワークショップ。
2日間の濃密な90分8コマ。
私以外の参加者は、学校の先生と通園施設の職員で、みなさんすでに何らかの形で取り組まれている方たちでした。
今のラフトの利用者さんに、実際にトレーニングしている人、ブックを持ち歩いてお出かけしている人は「全く」いないので、
そんな私には「早かったか?」と思えるところもありましたが、
(トレーニングの練習・体験の場面では間違えてたりすぐにできないところたくさん)
“「自閉症の方やの発達障害の方を対象とした働ける場所を作るぞ!」って言ってるくらいなんだから、まずは行ってきなさい。”
と私が私に囁き続けたので行ってきました。

この地域、特別支援学校や通園施設で取り組んでいるって聞いたことないけれど。
取り組んでないって思っていていいのですかね?(私が知らないだけ?)

今回参加してみて・・・利用者さんがPECSを始めたいと考えた時、現状のラフトのサービス(ガイドヘルプ)は導入段階として一瞬絶好の機会に思えましたが、ある条件的に「×」でした。(あくまでフェイズⅠのところでの話です。)

そうか。
ならあきらめよう。

・・・
ではなくて。

講義中も「あの子にとって、これがあったら(できたら)もっと人生楽なんじゃないかな。」って何人か顔が浮かんでいました。

保護者の協力があれば、取り掛かれるかな。
でも何も知らないところからのアプローチ・・・難題。

やっぱり療育型の児童デイの開設ですかね。
これについては、「15年後の夢」としていろいろな人に語ったりしている今日この頃でしたが。
「8年後の夢」くらいに繰り上げます☆

えっ、まだ長い??・・・でも「働ける場所づくり」をまずは落ち着かせないとなので。。。
↑何年かかるかなー(>_<)
そして、もっともっと勉強しないといけないですしね。
↑でも、これは絶対に今の私たちの力だけでは無理なので、あと8年の間に『師』を見つけなくては!!

そういえば、児童デイサービスⅡ型は、制度的に「変わる」予定のようで。
興味ある人、少ないと思いますが、実際指定を受けている事業所はきっと・・・ですよね。

制度と言えば、居宅介護事業所としても、10月から「同行援護」(重度視覚障害者対象)が始まります。

「同行援護」とは、、、、、、、、

って、話がまったく変わってますね。
また今度、ここらへんについては、私の最近の制度感含めて改めて書きます

PECSの話に戻して。
まとめとしては。
昨日今日とせっかくとても貴重なお勉強をしてきたので。
これをどう忘れないで、少しでも維持していくかを、まずは考えたいと思います。はい。
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気付けるか

2011-06-22 23:54:56 | 日記
今日の午前中は、ヘルパー研修でした。



予告通り?オリジナリティ溢れる企画?で、グループワークでの検討会を行いましたが・・・

うーん・・・やり終えての自己採点は。
50点くらい?(>_<)
100点満点は「教えたかったことがすべてのヘルパーに伝えられた。」というところなので、今回は、上記の点数になります(T_T)
また、次の機会、がんばります・・・

ヘルパーさんたち、このブログ、読んでくれているかな?

今日、改めて、思ったことは、「気づき」の大切さでした。

私たちのサービス(お仕事)は、基本マンツーマン対応なので、施設やデイサービスなどのように、複数の職員が同時にサービスを提供することは、ほぼありません。
障害者や自閉症の方の支援の経験無しに、ラフトのヘルパーになる方も多いです。
もちろん最初数回は職員や先輩ヘルパーが同行しますが、その後は、基本的には一人でのサービス提供。
前にもブログに書きましたが、そうすると、もうそこからは本当に各々の努力が問われてきます。
(前に「この仕事」から福祉の仕事に携わることのいろいろな意味での大変さをあるヘルパーさんから言われて、あの時も「本当にそうだよなー。」と思ったなぁ。)

というか。
ふつう、施設などの場合、新人として仕事に就けば、常に近くには支援の手本になる先輩職員がいますよね。
支援方法が間違っていれば、「その場で」直接「注意」をされたり「指摘」されたり。
でも私たちのお仕事の場合、そのような経験をする機会というのは極端に少ない。
事業所・管理者・サービス提供責任者としても、ヘルパー自身が書く「記録」や「報告」からその支援内容をのぞいていくしかない。
(私けっこうそれらから裏の裏まで読んだ“のぞき”が得意な方で、書かれていなかったり言われないことまでわかったりします。)
しかし・・・なかなか「その場で」見れていないこともあって、上手に注意や指導ができないこともあります。(悩)

結局のところ、自分の支援を客観的にみたり、捉えたりする機会自体が少ないんですよね。
だからこそ、今日の研修では、グループワークという形で他の支援者の意見を聞いていくなかで、そこら辺を浮き彫りにして、自己反省につなげて、今後に生かして欲しい・・・というのを狙ってみましたが・・・

研修を終えてみて、改めてわかったことは。
どちらかと言うとけっこう「講義型の研修」を重ねてきたことにより、「知識」はしっかりしている人が多い。
そして、「無事」サービスを乗り切ってきた「経験」に裏付けされた「自信」も持っている。(みなさん日ごろから頑張っています。)
でも、“わかっていても「できていない」ことがある”ということに気付けていない場合もある。
でした。

「気づき」って大事。
自らを客観的に捉える事って大事。
誰もその場では注意も指摘もしてくれないけれど。

福祉の仕事って「ありがとう」と言われやすいから、それを完結した「評価」だと思いがちで、「自信」や「自己満足」につながりやすい。
あぶない。

なんだか、長々書きながらも、言いたいことがまったくまとめられませんが・・・

私はたまに「ヘルパーさんに求め過ぎる。」と言われることがあります。
でも、求めたいし、求めます・・・

よく思うのですが、今って、障害者福祉の分野は量的に社会資源が不足していることもあり、どこの事業所も「満員御礼」状態。
なかなか「利用者が少なくて困っている。」って話は耳にしません。
ラフトも開所1年も経たずして契約者が100名を超えて、なかなか新規契約者をすぐに受け付けられない状況が今も続いています。
でもそれって、ラフトも含めて、サービスの質そのものを評価されての結果ではないのですよね。
そこら辺を、事業所として、ちゃんと理解していたい。
そして、いつかちゃんと「質」を評価される事業所になりたい。


なんてえらそうなことを書き連ねてみましたが・・・

そんな私も、まだまだ至らないところ満載で。
今日の研修中、支援のポイントとして、
「感情(怒りやイライラ感)を込めた働きかけは絶対にしない。」とか
「ヘルパーにとっての利用者さんという捉え方ではなく、利用者さんにとってのヘルパーという考え方の大切さ」
みたいな話を何度もしたくせに。
午後のサービス提供中、「あっ、できていない」と思える瞬間がありました。
反省です(涙)

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きっかけ

2011-06-20 23:56:15 | 日記
数年前、タイで出会った看護師さん(タイ人)から、メールをもらいました。
地震のことを知っていて「大丈夫?」と。
それで、少しやり取りをさせてもらったら。
彼女からの返信で。
私が何度か訪れさせてもらった彼女の元職場でもある施設の子供たちの写真を送ってくれました。

そうそう、この感じ☆


今から12年前。
ちょっと“知りたいこと”があって、タイの障害者施設でボランティアをしようと思いました。
名目は卒論の研究とかフィールドワークとか言っていましたが、恥ずかしいほど無計画なまま行動に出ました(>_<)
英語もあまり話せなくて。タイ語なんて聞いたことすらない感じ。
そんでもって、障害者支援のスキルも何にも無し。
ボランティア先も決めてなくて、とりあえず、タイに行けば【どうにかなる】って思ってました。
【“ボランティア”って言葉を使えば、どこかしらで受け入れてもらえるだろう】くらいに思ってました。
本当に甘い。・・・甘過ぎる(-_-)・・・ひど過ぎる。
しかも、こんなことを思い付いたのも、大学4年の夏休み1か月前あたりで、夏のハイシーズンに差し掛かるから、飛行機のチケットも全然余ってなくて。
で、ある旅行会社に“裏ワザ”教えてもらって、「バングラデシュ航空のビジネスクラス・往復6万円・オープンチケット」ってものを取ったのを覚えてます。
もちろん、両親びっくり。(やや悲しんでました。)

こんな私を救ってくれたのは・・・
タイに発つ10日くらい前に学校の先生に紹介してもらった、一人のタイ人留学生でした。
ってことは、先生が救ってくれたのかな?先生も「そうそうタイと言えば・・・」くらいで紹介してくれたのですが。
きっと彼女に出会えてなかったら・・・
あの日から先の日々もなかったわけで・・・
きっと『今の私』は、いなかったかと思います・・・・・

もうそこからは「出逢い“運”」の連続でした。
1度しか会っていない私を、その留学生の彼女は、ご家族とタイの空港に迎えに来てくれて。
驚くような豪邸にしばらく泊めてくれて。(3日ほど運転手さんとお手伝いさんがいる生活も体験させてくれました(#^.^#))
その後は、親戚の不動産屋さんを紹介してくれて。快適なマンションのお部屋を格安で貸してくださって。
「ボランティア」の話をしたら、福祉関係の国家公務員の親戚もいるということでまた紹介してもらって。
そしたら「青年海外協力隊の方たちが働いている施設がいくつかあるから、そこでしてみればどうか?」って連れてってくれて。
そして、1つ目の施設訪問。400名以上の子が生活する国立障害児(乳児・幼児)施設。
1週間ぶりに日本人の優しそうな女性を見た瞬間。
「では、ここで(*^_^*)」って言っちゃってました。21歳の無邪気な私。
(障害者に関する知識もない、タイ語もまったく話せないのにボランティアしたいって言っちゃってる若造のお世話。本当に大変だったと思います(>_<)・・・しかも厚底サンダルとか履いて行ってたし(-_-メ))
そこの施設の職員も、みなさん、優しくしてくれて・・・特にソーシャルワーカーの方は、私の当初の目的の“研究”にも忙しい中協力してくださり、他施設や他機関の見学やインタビューの手配までしてくれました。

その後も、さらにさらにありがた過ぎるほどの出会いを繰り返し・・・・・

・・・とりあえず、今回はここでやめておきます(^_^;)


時々、この仕事に就いたきっかけを聞かれますが、とってもおおまかに「タイでのボランティアがきっかけです。」と答えています。

あの日々に本当に感謝をしています。
たくさんの親切な方たちにお世話になって、どんなに言葉や文字で「ありがとう」と伝えても、全然足りませんでした。
むしろ「ありがとう」と声にするたび、「大事なのは、これから。」とみんなから言われているような気ばかりがしていました。
どんなに繰り返される感謝の言葉よりも、これからの行動を問われているような気がしていました。

子供たちも本当にかわいくて。一緒にいるだけで毎日とても楽しかったです。
でも一方で、あまりにも辛い現実もたくさん目の当たりにました。
目の前の「命」にただただ悲しみを覚えました。
そんな無力さの中、絶対にこの日々を無駄にしてはいけない、彼らから与えてもらった日々を、ちゃんと「返せる人」になりたいと思いました。


なんて、かなり「きれいに」まとめていますが(^^ゞ

メールに添付されていた彼らの笑顔を見ながら。
あの頃の気持ちを思い出した夜でした☆


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近況

2011-06-13 23:04:46 | 日記
4月~6月は、決算やら税金や保険料の計算やら事業報告書の作成やら総会準備やら従業員の雇用関係の手続きやらやらやら・・・
事務職員を(まだ??)置いていないラフトなので、毎年のことですが、そんなもろもろに追われる日々。
でも、昨日、処遇改善交付金の実績報告書類も送付して、その他近々出さないといけない計算含めた書類関係はとりあえず作成し終わって、うん、ちょっと心やり終えた感☆(^。^)y

で。“今”考えているのは、来週のヘルパー研修の具体的な内容です。
「自閉症者(発達障害者)の特性理解と支援(方法)」というテーマまでは決まっているのですが。
内容としては、グループワークで、各々に『すとん』と来るやつ。が、やりたいです。
外部から先生も招いたりして知識重視の講義型はけっこうやってきたので、今回はひとまず“自前”の“ワークショップ型”で。
まだ「ヒラメキ」が降りてこない・・・(オリジナリティ探求中(^^ゞ)
明日には、レジュメが完成の予定です。・・・ぜったい。(←また自分に言い聞かせる(>_<))
※今年度も、外部講師招いての連続講座は秋以降にやるつもりです☆

そうそう、最近は。
ヘルパー募集の求人誌掲載の反響が予想以上(過去1番?)で、面接の日々です。
ハローワークを通しての正職員希望者も。
・・・がしかし・・・採用に至った方は少ないです。
(登録ヘルパーだと自らの意思だけで簡単に「登録」できると思っている方も多いようですが)
開設から3年間。いろいろな人を見てきた分。
もしかしたら、採用基準が前よりも高くなっているのかな?
いや、絶対になっています。
でも。やっぱりこの仕事、“人”だと思っているので。
求めていきたいです。求めていかなくてはです。
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(-"-) 

2011-06-10 22:57:09 | 日記
ある日の朝。
朝の送迎サービスで、路線バスに利用者さんと乗っていると。
後ろに座った高校生4人組が、同乗する他の障害のある方たち(通所施設に向かっている)を目の前にして笑ってる。
毎日同じバスに乗るらしく、あだ名とかつけて。

ガイドヘルプとかしていても、こんな現実に何度もぶつかる。
優しい人もたくさんいるけれど。
その反面・・・

わかっていても、やっぱりそんな場面は不快だし、ツライ。
けっこうみんな、一生懸命生きてるから。
彼らは人を蔑んだりしない。

でも、“地域生活”ってこういうこと含めてなんだよなー・・・とよく思う。

で、こんな場面に出くわすたび、必ずブルーハーツの「TRAIN TRAIN」が頭を流れる。

♪弱い者たちが夕暮れ さらに弱い者をたたく~ その音がひびき渡れば~


・・・ブルーハーツ?トレイントレイン??
小学生の時、友達とよく聞いてたなぁーーと思って、ウィキペディアで調べたら「1988年発売」だった。

23年前!??

すごいな~。
ぜんぜんフルクないな~。
サイキンに感じる。



私、23年後、何やってるんだろ?
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