自転車のサドルの上で・・・

サドルの上での気ままなひとりごと

鈴鹿山

2007-10-22 | Weblog
昨日の続き。頓宮での歌を詠んだ母御のこと。徽子女王。929年生まれ。9歳で斎王として斎宮へ遣わされる。17歳の時、母の逝去で都へ戻る。20歳の時、叔父の村上天皇に望まれて側室に。側室は才色兼備の方が4人以上いたらしい。規子内親王を産む。
 村上天皇崩御の後、円融天皇の時、娘規子内親王が27歳で斎王に選ばれた。翌年天皇の止めを振り切って例のないことだが、娘とともに斎宮へ赴く。そのときに詠んだ歌だ。7年後に天皇が譲位し、2人は都へ戻ることとなった。1年後徽子女王は57歳で亡くなっている。
 そういう事情は今日調べて分かったが、そういう背景を知るにつれこの歌に秘めた思いがしみじみと解る。
 「世にふればまたも越えけり鈴鹿山 むかしの今になるにやあらむ」
生きながらえた末に、再び越える鈴鹿山。昔が今によみがえったのだろうか・・・という内容。「ふる」と「なる」は「鈴」の縁語。
 明和町にある斎宮博物館などには何度も訪れているので、ついながながと書きました。
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