ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

エリス中尉IN大和ミュージアム公園

2011-03-04 | 海軍

一日置きに三日に渡って海軍兵学校潜入記を語っているので、一体何日呉にいたのだ?
という印象をお持ちの方もおられるかもせれませんが、二泊三日です。
初日は夜間の到着だったので、実質は一日半、観光する時間があったわけです。
月曜日、何よりも兵学校跡を優先し、帰ってきてもし間に合えば大和ミュージアムかてつのくじら館に行こう、
と思ったのですが、帰ってきたらちょうど四時半、どちらも最終入館時刻を過ぎていました。

「仕方ないね。明日の朝とチェックアウトしてからどちらも見よう」

そう言ってホテルに帰りました。
そして次の日、明けて火曜日。

みなさん。これから呉に旅行に行かれる予定があったら、
そして、呉に行くなら大和ミュージアムとてつのくじら館は観たいなあ、と思われるなら、

火曜日は避けてください。休館日ですので。

海軍兵学校に行こうとする前に、いつが休館日なのか、いやそもそも休館日なんてものがあるのかどうか、
何故考えもしなかったんだエリス中尉。
「意外と馬鹿」なんてもんじゃない!おまえはたった今「馬鹿決定」だ。

と、さりげなく嫌味を言ってみたところで、火曜日に帰らなくてはいけない事実は動かせず。
中の真っ暗なミュージアムの中を恨めしく見ながらとぼとぼと海辺に向かって歩いていくと、
おお、そこには休館日に来てしまう我々のようについていない人たちのためにこんな仕掛けが。


公園の展望台と思いきや、これは分かる方にはわかる、なんと「艦橋」です。
息子が立っている場所に立って舳先を見ますと・・・。

甲板の半分が実物大で公園に再現されていて、その大きさが分かるようになっているのです。
これは結構な感激でした。
その大きさを体感できるというわけです。
もし、今日が休館日でなかったら、この仕掛けのある公園には気付かなかったに違いありません。
しかし、甲板の上、みんなで海軍体操中ですね。


甲板のところどころにこれも実物台のこのようなマークが。
でも、これしばらく気付かなかったんですよ。息子に言われて「あ、そうか!」と・・・(´・ω・`)

いかにもできたばかりの「大和の時鐘」。鳴らせます。
大和では就役している間昼夜を問わず三十分ごとに当番の時鐘番兵がそれを鳴らして、
艦内に時間を告げていました。
鐘を鳴らすのは、0:30の一点鐘、1:00は二点鐘、1:30は三点鐘。
そのまま30分ごとに一点ずつ増え、八点鐘で4時。
4時半からまた一点鐘が始まります。

(うーん、これでいま何時かすぐわかるようになるまで、かなりの時間が必要では)

打ち方にも独特の流儀があり、2点打ったら区切りをつけました。
つまり三点は「カンカン、カン」
四点は「カンカン、カンカン」となります。

この鐘を鳴らしてみましたが、耳もつんざけよとばかりの響きなので、一点鐘だけにしました。
さすが、この大きなフネで海上にあるときも聞こえるわけですからね。

この公園には、謎のオブジェもありました。

 

 

別に犬は不思議でもなんでもないのですが、一体ずつの足元に埋め込まれた
「火傷に注意!」のプレートが実に謎。
これ、なんですか?ソーラーパワー?それともこの犬が夏場は熱くなって火傷するから触るなってこと?

さて、こちらも休館で(なぜ一緒の日に休む)見られなかった海上自衛隊の「てつのくじら館」
は、シンボルとして海上自衛隊の誇るこのような巨大な最新鋭の潜水艦が

おっと、まちがえた。こちらでした。

すごいですねー。本当にてつのくじらそのものです。
息子はどちらかというとこっちに行きたかったようです。かっこいいですね。
ところで潜水艦のアンカーというものがどんな形か、などと言うことを真剣に考えたことのある方はおられますか?

 
こういうものなんですね。

息子「なぜ?」

「うーん、それはだな、ヘタにものに引っかかりやすい形をしていて、深海で岩に引っかかって
そのまま浮上できなくなる、ということがないようにだ」

親の習性として、子供の質問には脊髄反射で適当なことを答える癖がついているのですが、
言った後でこれだけは正解だったかもしれない、と思いました。
で、このアンカーが引き上げられ、ここに納まると。
ぴったりはまったところを見てみたい・・・・。
というわけで、今回大和ミュージアムとてつのくじら館のレポートができなかったのは
「また呉に行かなくてはいけない、と言うことか・・・・・・」

 
行ってやろうじゃないの。いや、また行きたいです。





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3 Comments

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読者コメント紹介 (エリス中尉)
2011-03-08 08:33:18
この日の記事に対して、とても興味深いコメントをいただきましたので、ご本人の許可を得て掲載させていただきます。

1:説明板の大和は沖縄特攻時の平面図ですね。艦中央部両弦にずらりとならぶ25mm三連装機銃塔が特長ですね。中尉の御自宅の大和図面は新造時のものですよね。確か両弦に副砲塔が有りましたよね。
  
2:三連装25mm機銃は実際の射撃時は、給弾の関係で一丁ずつ順番の射撃の為、打ち出す弾の量は少なかったとか読んだ事が有りますが、どんなもんだったのでしょう?

3:息子さんと一緒に写っている艦橋頂部の15m測距儀と方位盤室(主砲射撃はここから制御してました)のオブジェ?ですが、これについては、作家児島襄氏の著作「戦艦大和」が有ります。新造時から最後の沈没時までここの配置で主砲射手を任されていた村田大尉を中心とする「大和」のドキュメントです。水兵からたたき上げの軍歴の方(開戦時は当然、所謂おっさん年代)ですが、この道では日本海軍を代表するともいえる射手「職人」の方で、兵学校出とは又違った世界を生きてきた人です。盲腸になっても治療等でここの配置を離れたく無い一心で、艦内の自室で自ら切腹して手術をしてしまう様な執念の持ち主です。職人の世界を感じます。

4:鉄のくじら館の展示潜水艦「あきしお」は、最新鋭では有りませんよ。自国製潜水艦を持てる海軍には共通の事と思いますが、潜水艦は最高度の「軍機」の為、そう簡単には公開しない筈です。同級は全て退役しております。従ってこの程度の潜水艦は旧式と云う事で、日本・世界にとって安全無害化したのでしょうかね?又画像には艦尾のスクリューがハッキリと写ってますが、現代艦のスクリューは、殆ど公開したりはしないそうです。特に現役潜水艦のスクリューは簡単には見せたりしません。専門家が見ると、その形状・大きさより、艦の実際の速度性能や運動性など殆ど解かってしまうらしいそうです。特に音響に関する事は潜水艦にとっては命取りになるでしょうから、回転時に発生するスクリュー及びエンジン音(この音が艦によって違いがあり、人で言えば指紋に匹敵する位で、探知時の大きい手掛かりになる)にも関係する事で、尚更でしょうね。退役艦とはいえ、その辺を堂々公開して大丈夫なのかな?とふと思ってしまったもので。


コメントは以上です。
ブログをしていて本当に幸せに思うことの一つとして、会話をするごとくリアルタイムで記事に対してこういったコメントを頂けることです。
自衛隊の最新鋭潜水艦の型名「うんりゅう」「そうりゅう」も勿論知らなかったわたしに「いけませんね。紛れも無く自衛艦・他自衛隊関係の兵器は国民の税金で作っていて、有事があれば直ぐに国民の生命が関係してくる事柄なのですから、細かなデーターや兵器まで憶えて、とは言いませんが、大まかな事は知らないとと、思います」
と、暖かくも厳しい愛の鞭までいただいてしまいました<(_ _)>そのとおり

そういえば、昨日の国会で北沢大臣が今後の武器の充足について報告しており「ほー」と思いながら聞いておりましたが、新聞ももっとこういうことの報告を詳らかにして欲しいですね。

それにしても、艦の名前をひらがなにするのはなぜなんだぜ?
「雲龍」「蒼竜」なんて漢字を使うのは「軍国的」ってことでしょうか。
どなたかその理由御存じの方いますか?

あ、今「自分で調べろ」という声が聞こえた気がする・・・・。
はじめまして^^ (元しらね5分隊)
2011-03-09 18:12:21
元海上自衛官です。約9年間、SH60Jのエンジ整備員として勤務していました。現在は退職して会社員として働いています。最近、縁あって土方敏夫さんの零戦空戦記を読みまして、とても感銘を受けました。それで「土方敏夫」のyahoo検索からこちらのブログにお邪魔しました。
さて、自衛艦の名称がなぜ平仮名なのかということですが、私が海自在職中に聞いた話しでは、お察しのとおり漢字だと戦前をイメージさせるから、ということでした。まさに1億総懺悔、GHQの思惑どおりというか・・・
情けなさを感じてしまうのは自分だけでしょうか・・・?
白根 (エリス中尉)
2011-03-10 17:27:28
おお!このブログについに海自関係の方のコメントが・・・。(胸熱)
しらね5分隊さま、いらっしゃいませ。
しらねというと、・・・砕氷船ですか?
(とわざと一億総ツッコミを期待してボケてみる)
しらねも白根山からの命名だそうですね。
「金剛」「妙高」そして「白根」、こうこなくちゃ、と思ってしまいます。
GHQの・・・とお書きですが、この「戦前をイメージするのでひらがな」という感覚そのものが、すでにアメリカ人の言いだしたことではないですよね。
日本人の「自主規制」の域に入ってしまっています。
この自虐的な自己反省の「形」、そのものが実に情けないという気がしてしまうのですが・・。
「団塊がいなくなればかなりマシになるはず」という意見もありますがどうでしょうね。

それはそうとしらね5分隊さん、せっかく縁あっておいで下さったのですから海自時代のお話などまたお聞かせください!
楽しいネタ大歓迎です。

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