ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

伏龍隊~翼をもがれた少年飛行兵

2010-08-23 | 海軍


伏竜特攻をご存知でしょうか。

靖国神社の遊就館で、思わず足を止めて見入ってしまう潜水服姿のブロンズ像があります。
手には5メートルの竹の棒を持ち、その先には炸薬15キロの五式撃雷が装着されています。
この姿で水中深度5~7メートルの海底に潜んで待機し、敵の上陸用舟艇が頭上を通過するときにその船底に炸薬を突き刺し、自らも果てるという特攻、伏龍隊です。

海軍の水中特攻には咬龍、海龍(小型潜航艇)回天(魚雷)そしてこの伏龍がありました。
人間が爆弾を運搬するというこの特異な特攻兵器については海軍内でもほとんど知られていなかったと言います。

訓練の段階で終戦を迎えたため、実行されることなく終わったこの作戦ですが、その訓練中に多くの隊員が事故で殉職しました。

事故の内容は、空気清浄罐漏水、苛性ソーダ液(濃厚なアルカリ液)が逆流し、それを嚥下しておこるものが最も多く、まず助からないと言われていました。
背中に背負った苛性ソーダの罐はブリキが薄く、少しの衝撃ですぐ破損しました。

あるいはボンベの酸素不足による窒息。
浮上訓練中岩に当った空気清浄機が破れ、逆流した海水のため溺死。
大空を夢見て飛行予科練に入ってきた15、6歳の少年たちが毎日のようにこのような事故で死んで行きました。

訓練基地のあった横須賀市久里浜の野比海軍病院の医師は「医師ですら見るに耐えない様子で死んでいった」と語ります。
「毎日のように誰かが死んでいた。必ず部屋には二つ以上の棺が置かれていた」
という証言もあります。

伏龍隊で訓練中終戦を迎えた門奈鷹一郎氏は、かねがね疑問を抱いていました。
「何を基準にして俺たちは伏龍特攻に選抜されたのだろう。長男も多かったようだが・・」
七つ釦の予科練に憧れ、飛行機乗りを目指して海軍に入った門奈氏。
気がつけば翼をもがれ、海底で戦果と引き換えに自らの命を終わらせるための訓練をしていました。
何故門奈氏が選抜されたか。
その答えは当時選考に当たっていた三重空の教員福田利男氏が知っていました。
「“孤独に耐えうる者”というのが選考の第一条件でした」


“孤独に耐えうる者”。


伏龍特攻隊員は、敵上陸予定の数時間前に潜水位置に待機させられます。
敵上陸時間は夜明けから8時ごろ。
海底に沈んでいくのは真夜中から日の出前です。

棒機雷が一発爆発すれば、付近50メートルの人間は死滅します。
したがって、50メートル四方の海底に隊員は一人ずつの配置です。
明けやらぬ夜の海底ただ一人、ひっそりと伏龍隊員は文字通り伏せる龍のごとく潜んでいなければなりません。

周囲五十メートルに自分ただひとり。
音のない世界で刻一刻忍び寄る己の死を前にしてただひたすら孤独に耐えているのみです。
生身の人間の神経で、この極限状況下、果たして平静な気持で、接敵までの数時間を過ごすことができたでしょうか?

この絶対の孤独に耐えられる人間など、この世に存在するでしょうか。



訓練のためにはまず潜水ズボンを穿き、足に鉛のわらじをつけます。潜水上衣を着けると補助員が面ガラスを外した潜水兜をかぶせ、四か所ナットで留めます。酸素ボンベ二本に清浄罐をはがねバンドで取り付け、前に重りを吊ります。酸素供給管、呼気排出管、命綱が結ばれると、いよいよ最後に面ガラスが取り付けられるのです。

「面ガラス一枚が現世と地獄の分かれ目だった」

門奈氏はこう述懐します。
潜水直前、この面ガラスが「キキキーッ」と音をさせて締め付けられる。
このガラスが外されるとき自分は生きているのか。
訓練の毎回毎回がこのような恐怖との戦いでした。

昭和五十九年、伏龍特攻隊員有志による慰霊祭が靖国神社でとり行われました。
挨拶に立たれた七十一嵐伏龍隊実験隊長笹野大行氏はこう語ったといいます。


「今回の催しの通知を頂いて以来、犠牲者を火葬にする順番を待っている間に漂ってくる死臭と、あの面ガラスを締め付けるときに耳にしたキキキーッという音が亡霊のように私の頭から離れなくなりました」


伏龍特攻は日本海軍が危急存亡の瀬戸際で、溺れる者はわらをもつかむの例え通り窮余の一策から生まれた最も原始的な竹槍戦術でした。
その発案者もはっきりせず、訓練中の殉職者数、殉職した隊員の氏名すら今や正確な記録は無いそうです。



参考:海底の少年飛行兵―海軍最後の特攻・伏龍隊 門奈鷹一郎著 光人社
海軍伏龍特攻隊 光人社NF文庫






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