ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

出航準備〜護衛艦「かが」体験航海

2019-01-15 | 自衛隊

さて、陸自降下初めはちょっと後回しにして、「かが」に戻ります。

「かが」の繋留してあるバース、ここはかつて佐世保に転籍前の「いせ」がいました。
ここで呉を離れる「いせ」をお見送りしたのは2017年3月22日のことです。

「かが」は就役と同時に第二護衛隊群第二護衛隊に編入され、「いせ」と交代。
それ以来ここ呉を定係港としています。

同じバスで案内されてきた一団は「かが」の前で集合し、
エスコートの自衛官と共に乗艦、ハンガーデッキから
エレベーターに乗ることになりました。

パレットに乗ると、全く振動なく、スムーズな動きでせり上がっていきます。
エレベーター内部の壁はあちこちが手すり状で後ろは通路になっていました。

「ひゅうが」「いせ」で経験したエレベーターよりも乗降の速度が
かなり速くなったような気がしたのですが、どうでしょうか。

ところで「かが」「エレベーター」といえば、思い出さずにいられない、

「見学者がエレベーターの端っこを覗きに行って落ちた事件」

がありましたよね。

一般常識的に見て、「かが」側には落ち度はないと思われる事案でしたが、
やはり当人が骨折までしてしまったので、検察が動かないわけにいかず、
書類送検と、どちらにとっても後味悪い結果になってしまいました。

その事故の反省に鑑み、「かが」ではおそらく、より安全性の配慮した結果、
ご覧のように、エレベーターパレットに柵を巡らせ、端っこに近づくことも、
下を覗き込むこともできないようにしたようです。

甲板の広さは、感覚的に、アラメダで博物館となっているアメリカ海軍の
空母「ホーネット」よりちょっとだけ短いかな、という感じです。

この甲板、両舷にキャットウォークが備わっているのだとか。
「ひゅうが」「いせ」のキャットウォークは片側だけです。


外付けのエレベーターを搭載したことからも、最初から「いずも」「かが」が
空母にすることを将来的に睨んで設計されていたということがわかります。

左側に写っているのは乗員とその家族。
若い隊員の家族が来ることが多いらしく、赤ちゃんや幼児を
制服で抱っこするパパの姿があちこちで見られました。

艦橋右舷側の窓は飛行甲板が全部見えるように下向きになっています。

日本の護衛艦で初めて見ました。
搭乗員用のブリーフィングルーム。

アメリカ海軍の空母のように誰がどこに座るかちゃんと決まっていて、
うっかり上官の椅子に座ったら大変なことになる、というような
「空母文化」があるのかどうかは外からは確認できませんでした。
少なくともアメリカのようにコーヒーホルダー完備はなさそうです。

机にペットボトルを置いて講義を聴く生徒は落第させる、
というようなことを公言する大学教授がいるお国ですからね。

艦長室に架けられた札は杉の手彫りで、

「金沢の間」

と添えられています。
「かが」、もちろん加賀百万石の加賀なので、艦名ゆかりの
金沢に寄港した時には高い関心を集め、大変な見学客の数になったそうです。

確か、パレットから転落事件が起こったのもこの時・・・・・。

わたしたちは士官室に案内されました。
ここに荷物を置いて、待機などもここで行うようにとのお達しです。

「行き足ってなに?」

TOが聴くので

「船が停止した後もそのまま勢いで進むことかな」

言葉の意味はそんな感じですが、海軍兵学校などでは元気のいい、
あるいはキビキビして行動力のある生徒を

「行き足がいい」

と称していたと元海兵生徒の書いたもので読んだことがあります。

シーマンならばこの言葉を額にしている理由が理解できるのでしょう。

「かが」のトレードマークが加賀塗り仕様であることはご存知の通り。
なんと金糸縫取りで仕上げてあります。

左の「加賀」は、前田利家の子孫の方の手による書(たぶん)

「かが」艦内神社である白山比咩神社の宮司、村山和臣氏による書。
たおやかでのびやか、ひらがなの感銘表記もいいものだと改めて思います。

「かが」マークをあしらった太鼓も地元由来の贈り物でしょうか。

さて、この士官室で注意事項を受け、本日統率の副長のご挨拶と
自己紹介、簡単な出航準備についての説明がありました。

「出航準備の際には艦内の扉を閉鎖します。
まずないと思いますが(笑)万が一の場合に備えて浸水を防ぐのです」

その通り、自衛艦は停泊時、艦内通路の扉をオープン状態にしていますが、
出港時には一部の扉を除き大部分の扉は閉鎖されます。

出港後に予測されるあらゆる事態に対応するため、艦内扉やハッチは
所定の役割にしたがって閉鎖あるいは開放が行なわれるのです。
(ググったら自分で書いたこの文章が出てきたのでコピペします)

 

「出航準備を艦橋で見てもいいでしょうか」

と援護課長にお聞きしたところ、

「あとでご案内します」

移動中後ろを振り返るとそれに付いてきた人がいっぱい。
これは艦橋はラッシュアワー状態かもしれないなあ、と思いましたが、
皆外の景色を見たいらしく、デッキに出て行ってしまったため、
案外楽に見学位置に立つことができました。

「かが」艦長は防大32期の水田英幹一等海佐です。
海自では、イージス艦や大型艦(補給艦など)の艦長は一佐職となります。
ヘリ護衛艦、それから練習艦隊旗艦の「かしま」艦長も一佐ですね。

ロープで区切られた一番端に立ち、ふと右舷側の見学者を見ると、
そこにはunknownさんの姿が!

観艦式などで艦橋の中に立っている人たちの中には、このように
中の人OBがいて、出航作業を見張っている?ものなのです。
万が一下手なことをすれば、その日どころかリアルタイムで、
全国のOBネットワークにその様が発信されてしまう、という事例を
わたしは前回の観閲式で
目の当たりにしたものです。

さて、「かが」の出航作業、unknownさんの感想やいかに?!(答えは次号)

暇なので立っているところの後ろにある「安全守則」を撮ってみました。

「無用に電気装置に触るな」

「裸体または汗で濡れたまま電気機器を使用するな」

などという超当たり前のことから書いてあります。

出港前の艦橋。
言葉が飛び交う秩序立った喧騒のひとときは
いつその場にあっても心が湧きたちます。

この日のように一般の見学者がいても、意識の隅にもかけない無関心さで
いつもやっているのと同じことを粛々と行う姿は、彼らの訓練された
徹底した自己放棄から来るもので、畏れにも近い気持ちを抱かずにはいられません。

艦長が右舷(着岸している方の舷)デッキに立ち、次々と指示を行います。

モニターでは呉港内の艦船の現在位置が確認できる模様。
本日の航路は、呉港を一歩も出ず、中をぐるっと就航して
JMUのドックに入るというもので、実質1時間くらいの航海と聞きました。

艦橋内では次々と状況が報告され、出航に向けた準備が着々と進みます。

操舵席に立つのは2等海曹です。
艦橋窓の上部に金刀比羅宮のお札がありますが、これ」を見つけたTOが
案内の自衛官に艦内神社の御祭神を訪ねてもらったところ、
さすが「かが」の乗員だけあって「白山比咩神社」と即答していました。

「船の神様」金比羅さんでも安全祈願のお札を頂いてきたんですね。

そして愈々出航ラッパが吹鳴されました。

♪ドミソドー、ドミソドー、ドミソドーミソッソソ〜♪

ラッパで吹く音程としてはこの音型はかなり難しいので、
特に一般公開でギャラリーが多かったり、下手したら?
youtubeにアップされてしまったりする可能性のある日には
出航ラッパの係はちょっと緊張するのではないかと思っています。

ここだけの話ですが、初めて自衛艦に乗ってから今日まで、
全く音を外さなかった出航ラッパをわたしは一度も聴いたことがありません。

ゆっくり吹けば確実に音は出ると思いますが、いざ出航、という時なので
ちんたら吹いていたら上から怒られたりするのかもしれません。

艦橋で巨艦を動かす艦長は「男なら一度やってみたい仕事」といわれます。
そして一般人が見ることのできる「艦長が最も輝くとき」は、この出入港作業でしょう。

インカムを付けた乗員の双眼鏡を覗く横顔の凛々しさよ。
やっぱりこういう姿を家族や恋人にこそ見せてあげて欲しい。

今回艦橋でこんな光景を見ました。

自衛隊の艦艇は速力指示の増減を「赤黒」で表すのはご存知かと思います。
海軍からの伝統で、エンジンの回転数を10増やす指示は「黒10」、
逆に10減らすときには「赤10」と言ったりするわけですね。

回転数なのでフネによって違ってくるのかなと思ったりするわけですが、
現代で例えば10だと1ノットくらいに相当するそうです。

写真の乗員は、後ろから送られてくる「赤黒」の指示を復唱しながら、
同時に手にしたパネルの針を動かしていきます。

それを艦橋の開けた窓越しに、艦長が目と耳で確認しているのです。

裏側から操作できるように両面仕様になっているこの装備。
珍しいなあ、と思い、右側におられたunknownさんに、

「これご存知でした?」

と訪ねてみると、unknownさんも初めて見るとのこと。

「便利ですよね」

と感心しておられました。

通常は伝言ゲームのように繰り返して音声を伝えるわけですが、
なるほど、これだと視覚的な補助によって情報が確実に伝わります。

「かが」のアイデアマンが発明したオリジナル兵器でしょうか。

出航してから右舷側に喇叭手が二人立ち、喇叭譜の吹鳴、そして
デッキに立った乗員が岸壁に向かって敬礼しています。

え、誰に敬礼しているの?

ここぞとunknownさんに聴いてみました。
こんなときに限って近くに指南役がいるなんてなんてラッキーなんでしょう。

「第4護衛隊群司令に敬礼しているんです」

この日のブリーフィングで見たスライドより。

「かが」の所属する第4護衛隊群には第4、第8の護衛隊があり、
第4護衛隊は「かが」「いなづま」「さみだれ」「さざなみ」から成ります。
その第4護衛隊司令は西山高広一等海佐

先般、東良子一佐が女性として初めて第1護衛隊司令に任ぜられましたが、
こちらは「むらさめ」「いかづち」「はたかぜ」「いずも」の4隻を束ねます。

第4護衛隊と第8護衛隊群(佐世保)を隷下に持つ第4護衛隊群司令は
福田達也海将補とありますが、12月の人事で西脇匡史海将補に交代しています。

ちなみに、前司令はこんな方でした。

第4護衛隊群司令と「しまかぜ」艦長の爆笑トーク♪阪神基地隊ウィンターフェスタ2017

しゃべくりが関西芸人そのまんま、さすがは防大落語研究会漫才出身です。

「もらいます」(I have the conn.) は耳ダンボにしていても聴こえませんでした。
ここに立っていれば操艦中、だと理解していたのですが、そうじゃないのかな。

海上自衛隊は息子娘や配偶者、親戚や彼氏彼女に自分の働く姿を
ありのまま、リアルタイムで観てもらえる職場でもあります。

ところで先日、ある自衛隊基地のある「偉い人」が、

「一般公開では外から来てくれるお客が大事だから、
隊員は家族を呼んだりしてはいけない」

というおふれを出して、基地の隊員は任期中不満を募らせていたのだが、
その人の次に来た「偉い人」はそれをやめさせたので皆喜んでいる、
という噂を小耳に挟みました。

当たり前のことに改めただけなのに、前がちょっと異例すぎたせいで、
後任者の評判が爆上げになってしまったという事例です。


この日、体験航海には多くの乗員家族が参加し、艦内には妻子や父母などに
自分の職場を案内している乗組員たちの姿が見られました。

「家族を案内している間は仕事しなくてもいいんですね」

引率の自衛官に伺うと、その答えは

「家族を案内して中を見せるのが、今日の彼らの仕事なんですよ」

なるほど!

 


続く。

 

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1 Comments

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艦長 (Unknown)
2019-01-15 06:25:07
出入港は航海中よりも衝突の危険性が高いので、そうは見えませんが、艦長はかなり緊張していると思います。前日には甲板作業指揮の砲雷長、曳船指揮の船務長を集めて、出港要領を説明します。慣れた方に聞いたら、大丈夫だろうと思って、これをさぼったら、擦りそうになるとか、必ずひやっとすることがあるのだそうです。

今回のように単艦ならあまり関係ありませんが、赤黒は編隊航行の時に威力を発揮します。編隊航行の場合には原速(12ノット)等と基準速力が決められ、各艦で勝手な速度で走ってはいけないことになっているのですが、観艦式等で見ているとわかりますが、微妙に各艦共「行き脚」が違い、最初はピシッとしていても、時間が経つと段々と間が開いたり、詰まったりして来ます。このような時に赤黒を使って、最大プラスマイナス3ノットの調整が出来る様になっています。

帰る時にはさらに威力を発揮します。基準速力は決まっていますが、赤黒は各艦の裁量なので、帰る時には黒(増速)にする(ホームスピード)ことが多いです。赤にすると間違いなく船の士気は崩壊します(笑)

部隊編成の表は面白いですね。「かが」は第4護衛隊所属ですが、隊司令は95幹候で「かが」艦長は88幹候。群司令は90幹候。このように群旗艦は期別で言うと隊司令や群司令よりも先輩で、艦長を歴任している人を充てます。隊司令は艦長を何度も経験してから最後になる人もいますが、群司令は若い頃に一度だけ小さな船で艦長を経験し、艦長歴任という人はまずいません。

普通の会社だったら「自分より7年後輩が上司かよ」となりますが、ここが海上自衛隊の面白いところで、とんとん拍子に出世して、あまり無茶出来ない、群司令のようなキャリアと、何度も「一国一城の主」艦長をやって最後は「空母」という「花道」が用意されているキャリアとQOL的にはバランスが取れていると思います(笑)

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