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外国招待艦受閲~平成27年自衛隊観艦式

2015-10-27 | 自衛隊

明治元年、日本で最初に観艦式の原型である海軍天覧が行われました。
これは陸上から6隻の軍艦が観閲されるというものでしたが、
このときに、フランスの軍艦「デュプレクス」が海外から参加しています。

「デュプレクス」は1863年から起こった下関戦争で、四国連合艦隊、
英仏蘭米の艦隊に加わって戦闘を行い、その後はフランスの権益を守るために
函館に停泊していたということなので、ちょうどその頃行われた観艦式に
たまたま日本にいたことから参加することになったようです。

その後は外国艦の観艦式参加はなかったのですが、1908年の神戸沖での観艦式に、
「外国陪観艦船」という言葉が見られます。
おそらく、観閲する側として外国船が参加したのでしょう。


そこから後は、第一次世界大戦が集結したばかりの1919年(大正8)、
ドイツの潜水艦7隻が観閲されていますが、これはドイツからの戦利品で、
外国から参加したものというわけではありませんでした。

今現在のように、外国から招待された海軍の軍艦が観艦式で受閲される、
という例は後にも先にも一度だけ、
1928年(昭和3)年の御大礼特別観艦式のときです。


このときには、

アメリカ海軍 ピッツバーグ
イギリス海軍 サフォーク ケント ベルウィック
フランス海軍 ジュール・ミシュレ 
オランダ海軍 ジャワ イタリア海軍 リヴィア

その他特務艦など11隻の船が観艦式に参加しました。

ところで「ピッツバーグ」をクリックした人は、「ペンシルバニア」というページに
飛ばされて、「またエリス中尉のうっかりか」と思われたかもしれませんが、
実は
「ピッツバーグ」は就航後名前を新造艦に譲った経歴があり、
元々は「ペンシルバニア」という名前だったのです。


ところで、この名前に(このブログ的に)聞き覚えがあるという方はおられませんか?

世界で初めて飛行機で船の甲板から発艦し、初めて着艦した人物、
「ユージーン・バートン・イーリー」 について書いたことがあるのですが、
イーリーが史上初めて甲板に着艦した、その船が「ペンシルバニア」なのです。

このブログでも書いたように、イーリーは何度目かの着艦のときにこの艦で
事故のため死亡しましたが、 それから17年後、「ペンシルバニア」は
「ピッツバーグ」と名前を変えて、帝国海軍の観艦式に参加したということになります。


この観艦式の行われたのは昭和3年。
といえば、日本と世界の歴史にとって重大な事件が6月に起きています。

張作霖爆殺事件です。

しかし、国際的にはこのころはのちに続く戦乱の混乱の隙間とでもいうべき時期で、

つまり日本に対しても大国は、まだ表向きまともな国際関係を保持していました。

もっとも、日露戦争に日本が勝利したその日から、アメリカでは秘密裏に
日本を潰すという計画が運ばれていたのですが、それが目に見える形をとるのは
もう少し後のことになります。




と、前振りをしたところで、観閲式の外国招待艦観閲についてお話しします。

12日にはまだ到着していない艦艇もあったため、外国艦は15日、

1日の予行を経て本番観閲式に臨んだわけですが、どちらも見たところによると、
やはり本番は予行とは違う「本気度」が見られました。

まずは招待艦を先導する「いかづち」が行きます。
「いかづち」には乗員以外を一切乗せていないらしく、見た目もスッキリ。
やはり受閲艦艇には基本人を乗せない方が美しいですね。

「いかづち」は「むらさめ」型駆逐艦の7番艦。
その名前をもつ日本の艦艇としてはあの「敵兵を救助せよ」の「雷」を入れて
4代目となります。



続いてオーストラリア海軍の「スチュワート」。

このあいだの予行では写真を撮るのを忘れてごめんよ。


「スチュワート」は「アンザック級」フリゲートの4番艦。
オーストラリア海軍はイギリス海軍の流れを引き継いでいるのですが、変な名前
(例:ツタンカーメン級タリホー) を艦艇につけるという傾向も引き継いでいるようです。

たとえば同じアンザック級のフリゲートは

「アランタ」「ワラムンガ」「パラマッタ」「バララット」「トゥンバ」「パース」

といいます。
たとえば「わらむんが」は(平仮名で書くとさらに変)「ワラムングの人々」で、
その他の名前もみな原住民がつけたオーストラリアの地名です。
同じ旧英国領の名残か、同型艦を採用しているニュージーランド海軍では


「テ・カハ」(原住民マオリ族の言葉で強いという意味)
「テ・マナ」(同じく権威とかステータスという意味)

という名前を付けています。
どちらも、人の名前より地名や現地にちなむ艦名をつける傾向にあると見た。



ご期待に応えて部分をアップしてみましょう。
艦尾や格納庫の仕様も自衛艦には見られないもので、独特ですね。

 

さらにアップ。
駐機しているヘリコプターはSH-2対潜哨戒ヘリ。
「シースプライト」という、清涼飲料水のような名前を持っています。

それにしても登舷礼をするオーストラリア海軍の皆さん、
手すりを持つどころか手を後ろに組んでもおらず、これこそ自衛隊の登舷礼と
そっくりそのまま同じ姿勢を維持しています。

自衛隊の登舷礼は海軍時代、おそらくイギリス方式を継承しているはずなので、
おなじイギリス海軍の血統である豪海軍が同じであるのも納得です。

右から4番目の人がふらついて脚を開いてしまいましたが大目に見てあげましょう。 




マストには鮮やかな日章旗を揚げてくれている「スチュアート」。
今気づいたのですが、オーストラリア海軍は、こういうときに
招待国の国旗だけをメインマストに揚げ、自国の国旗は揚げないのが慣習のようです。

冒頭写真はアメリカ海軍の掲揚ですが、ちょうど日米旗が並列に並ぶようになっています。
これなどいかにも「両国親善!」「同盟万歳!」な雰囲気が現れている気がしますが、
旗をどう扱うかというのは海軍によって微妙に違うことがわかりました。



続いて、フランス海軍のフリゲート艦「ヴァンデミエール」。
フリゲート艦、というのは自衛隊にはないので、どんなものかピンとこないのですが、
この「フリゲート」の定義というのも、実は海軍によってまちまちだそうです。

もともとは「駆逐艦よりも小さな艦艇」をそう呼んでいたようですが、
「大きなフリゲート」が誕生して以降その法則も崩れました。

バトルシップ=戦艦、クルーザー=巡洋艦、デストロイヤー=駆逐艦、

と他の艦種は翻訳されましたが、フリゲートだけは翻訳しなかったのが
日本でこの種類の船ができなかった原因のような気がします。



フランス海軍のマストにも日仏の旗が揚がっていますが、
フランスの旗に比べて日本の旗が小さすぎるのと、あと揚げる位置が
左右不均衡であるため、米海軍のような「同盟」感はありません。



韓国海軍は独自の海軍旗を持っていないため、艦尾に国旗を揚げているように見えるのですが、
どうやらフランス海軍もおなじ事情のようです。
しかしまあ、フランス人が、下手な海軍旗を作るならこのトレビアンな国旗を
そのまま海軍の旗印にするべきである、と思ったらしいことには、納得がいきます。

見た目美しいですもんね。理屈抜きで。

ところで韓国海軍については「でかすぎる海軍旗は品がない」という
(わたしが言ったんじゃありませんが)意見もあったりするわけですが、あら不思議、
この自由平等博愛を表す三色旗ならば、こんなに大きいのに、なぜかお下品には見えませぬ。

むしろボン・グーでサ・セ・トレ・ジョリでセ・シャルマンな光景に見えるのですが、

これは日本人が持つ先入観(どちらに対しても)というものが引き起こす不公平でしょうか。



お次は、登舷礼で前のマストを両手で握っているので驚かされたインド海軍。
こちらもイギリス海軍からいろいろと引き継いでいそうなものですが、
この一事を見る限りそうでもないのかなとふと思ったりします。

インド海軍は司令部本部を国防省に置き、艦隊に相当するコマンドを
3つ持ちますが、今回参加した「SHAYADRI」は、西、東、南コマンドの、
東コマンドの所属鑑となります。

この艦名、てっきり「シャヤドリ」と読むのだと思っていたのですが、調べてみると
「シャヤディ」が正しい発音で、シバリク級ステルスマルチロールフリゲートです。

インドのマサゴン・ドックリミテッドというインドの造船会社、つまり地産地消艦で、
武装に関しては、ロシア、インド、ユーロの国の製品をいろいろと混在させています。



そして韓国海軍のDEAJOYONG。
ついうっかりして、艦首の切れた全体写真しか撮れなかったのですが、
これは別に他意はありません。

コメント欄でも教えていただいたように、漢字で書くと大祚栄(テ・ジョヨン、だい そえい)、
李舜臣級駆逐艦の3番艦です。


あのセウォル号の沈没事件の時には捜索活動に加わっていますが、その際、21歳の兵長が

貨物エレベーターの作業中に頭部を負傷して死亡しています。


ところで、どうして今の時期、日本政府は観艦式に韓国海軍艦を招聘したのでしょうか。

特に韓国のネット世論は、写真に旭日自衛艦旗が写っていることで騒いでいたようですが、
(13年前の参加の時もそうだったつーの)
一般にも知られるように、韓国海軍と自衛隊の仲は普通にいいということなので、
むしろ、両国の感情がこんな時期だからこそ招待した、というものかもしれません。

(さらにうがった考え方をすれば、首脳会談が万が一実現した時のための、外交辞令のネタ作り?)


 
前回、観艦式予行の乗艦報告をした時に、こんなことを書きました。
まず、

「韓国海軍は死んでも日章旗をマストにあげるつもりはないらしい」

これについては謝ります。
それは予行の時だけで、本番ではちゃんとこのように両側に両旗が揚げられ、
とりあえず体裁は整っておりました。

それはいいんですが、なぜマスト上部に駄目押しのような韓国国旗が?

なんかこういうところに、この国の未熟なところというか、大人気ないというか、
あの国独特のこだわりというかプライドというかを感じるわけですが、
まあ、これも他の海軍と比べてのことですので、あまり追求はやめましょう。

ちなみに韓国海軍はいわゆる国籍旗はオリジナルを持っており、
それはなんというか、わたしのセンスではあまり素敵とは思えないものですが、



海軍旗は国旗と同じものを使用しています。
つまり、国籍旗が国旗と同じで海軍旗がオリジナルの自衛隊とは全く逆ということです。

・・・やっぱり艦尾旗でかすぎ。

この艦体についてはコメント欄でも装甲ペラペラだとかトップヘビーとか、
もやいのかけ方が変だとか、まあいろいろと面白い話を聞かせていただきましたが、
それより何より、前回ちゃんと確かめずにうっかり

「登舷礼は日本式でびしっとしているみたいだ」

なんて書いてしまったことを訂正しなくてはならないことが、この写真で判明しました。



はいアップ。

もしかしたら韓国海軍の皆さん、片手で手すり掴んでますか。

本番だというのに全員の姿勢悪いし、キョロキョロしてる奴もいるし(右から3番目)

・・前言撤回じゃあ!



艦橋の士官までキョロキョロしてるよお・・・。



んで、おまけになんなのこの一団は?
艦長クラスの金筋がスマホで写真撮ってるし、
なんか一生懸命望遠でロナルドレーガン撮りまくってる二人もいるし。
あんたら今受閲されてる真っ最中なんですが、自覚ある?

韓国艦は内部一切撮影禁止だったという噂もあったのに、自分たちはこのざまだよ。
まあ、内部なんぞ撮るまでもなく外から見てもかなりヘンってばれてましたけどね。




と呆れ返ったところに安定のアメリカ海軍がきました。
「チャンセラーズビル」の乗員が全員作業着のままじゃないか!と前回書きましたが、
これも訂正いたします。



さすがのアメリカ海軍、全員ちゃんと制服を着ています。
まあ、キョロキョロしている乗員も若干1名いるみたいですが。



「チャンセラーズビル」は、ミサイル巡洋艦です。
「タイコンデロガ級」の16番艦で、アメリカのアジア重視戦略(リバランス)の一環により
今年6月に配備先の横須賀基地に到着したばかりということで、今回お目見えとなりました。

アメリカ海軍の予定では2026年までの運用が決まっているということです。


甲板上の武装を見ればミサイル艦であることがわかりますね。
これは4連装のHarpoonだと思いますが、トマホーク巡航ミサイルを搭載しております。



続いて「マスティン」。
こちらは「アーレイ・バーク」級ミサイル駆逐艦の39番艦です。
マスティン家というのはアメリカ海軍で有名な海軍一族だそうです。



うーん・・・・自衛隊ほどびしい!とはしてませんが、
まあ一般的なアメリカ人よりはちゃんとしてる方かな・・。(弱気)



彼らはずっと横須賀にいる艦なので、もうおなじみといったところですが、
海外から日本にやってきた海軍の軍人さんたちは、合間に日本観光を行ったそうです。

目撃談ですが、フランス軍は各自行動、韓国軍はバスをチャーターして繰り出したとのこと。
韓国海軍が横須賀に寄港した時には、岸壁に向かって皆手を振っている写真も残されています。

観艦式は彼らが日本を少しは理解するきっかけとなったでしょうか。




1928年、御大礼特別観艦式。
世界がこれから戦火に包まれる前の、嵐のような静けさの時期に、
ともかくも平和裡のうちに行われた観艦式でした。

各国の海軍軍人たちは、ひとしく観艦式を通じて、日本海軍と日本そのものに

おそらくなにがしかの好感と、同じ海軍同士の連帯感といったものを感じたはずですが、
その後、彼らが互いに戦火を交えることになったのは歴史の知るところです。


軍人を動かし、戦を起こすのは人間で、今も世界のどこかでは争いが繰り返されています。
しかし、かつてその悲劇を知った日本人が、その愚を再び犯すことを回避し、
常に平和を選択する叡智を持った民族であることを、わたしは信じています。

・・・・が、信じているだけでは平和は守れない、というのも、平和のためには
武力と法律による「shields」が必要なことも、また現実であると思うのです。


続く。