Cephalophone

Radio Improved(略してラヂプル)は

Cephalophone(セパロフオン)
に改名しました!!

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矯正視力6.0(ベースの人@元ドラムの人です)

2008-04-11 02:30:14 | Weblog
そのまま引用しよう。

「ハンターは決して絶望しない」

それこそ、条件なのだ。と思う。メンズの。

原始は男は「獲物をとってくる存在」だったわけだ。当然獲物を確実に捕ってくる男は尊敬されるし、獲物が捕れない男は生きていけない。単純だな。これは単純だ。そこから年月を経て人間がどう変わったかって言うと、退化だよ?これは確実に。退化したから「文明の利器」なるものたちが生まれて、それを補ってるのか、「文明の利器」が生まれたから、人間が怠けて退化してるのかは知らないが、これは確実に退化だ。

アフリカ人は視力が6.0くらいあるとか、そんな話を聞く。6.0は大袈裟かもしれないが、ようは日本人などの数倍の距離が見えるということだろう。それはつまり「遠くの獲物を認識できる」ということである。身体能力も日本人なんかよりはるかに高い。つまり彼らは出来る限り退化から遠ざかっているのである。われわれは退化の真っただ中である、と言えよう。彼らには捕獲すべき獲物が存在し、それを獲得する価値がある。それが「生きる」意味だし、「強さ」である。

もしかすると、そういうのは「日本人はまだちょんまげだ」「日本には忍者が居る」みたいな間違った認識とそう変わらないかもしれない。だが、僕の中の理想はそのような、退化を拒否した人々だ。

どれだけ技術が進んで、コンピューターが賢くなって、医療が進んでも、結局は個人個人の感覚に収斂されるものであり、そうなると、一番大事なのは自分の身体である。今、たとえば隕石が落ちて、そのときの灰で地球が覆われて、沢山の動植物が絶滅しても、もし、生き残っていけるとしたらやはり「強い人間」つまり退化しなかった人間である。エクセルが使えようが、テレビ番組の編集ができようが、どこかの社長であろうが、関係ない。

結局は個人の肉体になってしまう。

うっかり自分が死んでしまったらその後の世界はどうでもいいですからね。(いや、肉親が悲しむとかそういうのは最悪だけど、そういうのを除いて、だね。)生き残れる才能というか、退化しない意志というか、絶望しない精神っていうのが、必要だと思う。

絶望しない人間に、ハンターになりたいと思う。
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