湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

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チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

2011年01月23日 | チャイコフスキー
○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(DA:CD-R)1961/9/29live

こってりしたフレージングで遅めに揺れるテンポ、バンスタもかくやというような異質な悲愴だが、盛り上がりどころでは聴かせてくれる。二楽章がかなり重厚な揺れ具合でやりすぎのようにも思う。確かめるようなテンポでありながらも力付くで盛り上げた三楽章後、やはり拍手が入ってしまうが構わずアタッカ気味で辛辣な四楽章へ。一楽章でもそうだったが結構演奏が荒くミスも散見される。個人的には余り惹かれなかったが好きな人は好きだろう、○。
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4 Comments

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1月はチャイコフスキー (サンセバスチャン)
2011-01-24 00:19:05
このところチャイコフスキーを繰り返し聴いています。メンゲルベルクで。音楽というより演劇的な演奏というのでしょうか。表情付けが過激なまでに明晰です。1812年は更に切れ味鋭く、興奮させられます。ミュンシュの悲愴、何十回も聴いていますが、形容が難しいのですね。四番の方が合っているのかな。六番は客観的な演奏というか、どこか突き放したようなところがスタジオ録音にはあります。
人工的なアゴーギク (管理人)
2011-01-24 09:39:54
>六番は客観的な演奏というか、どこか突き放したようなところがスタジオ録音にはあります。

これがライヴだとより露骨に感じます。スタジオ録音はわりと好きだったんですけど、これは無理やり感があります。ミュンシュみたいな燃焼系の指揮者は4,5のほうがあっているかもしれないですね。。メンゲルベルクは同じ強引さでも板についた感じがします。
五番は演奏しなかった (サンセバスチャン)
2011-01-24 10:46:26
図書館で大昔の音楽の友を読んでいたら、ミュンシュは四番と六番はボストンの定期で何度か演奏したが五番一度も取り上げなかった。五番は彼には女々し過ぎるのであろう。と、書かれていました。今思うと、曲の気分というより、書法への好みではないかと。対位方を駆使した曲が得意なんだろうな。サンサーンスとか、オネゲルとか。
ドイツ系指揮者だから? (管理人)
2011-01-24 11:57:53
アメリカでは非常に人気があった5番を演奏しなかったんですね。ドイツ的な構造性を求める指揮者とすればやっぱり悲愴になるのでしょうか。4番を演奏したというのは意外です。

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