おやじの日常生活

古希もこえてしもて、年取ることに、抗いきれなくなってきてる・・・
そんなおやじ、いやジジイを取り巻く日常。

術後 2、3日目(7/31、8/1)

2013年08月21日 | 大腸がん
2日目 7/31;

早朝、ある程度起き上れるし、立ち上がって動けるようになってきたので、看護婦さんと相談して、ようやく、お○▲○▲につながれていた管とバッグを抜くことに・・・・・・・。

しかし、起き上がるのに、気合と痛みに耐える我慢が必要です。

当然、抜いてくれるのは、看護婦さんです。(=本当に若くて、素朴感あふれる親切な看護婦さんでした。)
消毒して、簡単に”フニュフニュ”という感じで管を抜き取りました。

少し、先の方が炎症起こしているのか、痛みが残りますが、超スッキリです。 
手術着も着替えて、これでかなり身軽になりました。

(念のため、今回もお○▲○▲には、変化は見られませんでしたので・・・・・!)


そして、久しぶりの朝食です。

とは言っても・・・・・・



重湯とヨーグルト系のジュースです。

重湯は、味ありません

この日は、3食ともひ重湯でした。  



そして、リハビリです。廊下をうろうろと歩きますが、すぐにお腹の傷が痛みだします。
100mほど歩いて、終了します。

久しぶりに、看護婦さんに洗髪してもらった。
ほんまにスッキリです。

後は、シャワーできるのを待つばかりです。


看護婦さんも担当医も、ガスはまだか?っと聞くのですが、静かな控えめなものは出るのですが・・・・・・
当然お腹は、張り感が残っています。



そして、朗報です。  

あの、じっちゃまが移動しました。

この日は、ほんまに安らかに眠ることができました。

 





3日目 8/1;

さわやかな気分で迎えた朝です。



もうつながれているのは、点滴だけとなりました。



今朝からは、固形物の食事です。



5分がゆにおかずが付きます。美味くはありませんが、おいしくいただけました。
ただ、お粥は苦手です。

朝食が終わると、看護婦さんが呼びに来て、X線撮影です。
今回は、放射線課へ出向いて行っての撮影です。あっち向けこっち向けと言われながら・・・・・・。
もちろん、自分の足での移動です。

・・・・・・



このころから、のどが時たまイガイガし始め、咳払いや咳が出始めていたので、それを止めるのに必死になります。(水飲んだり、つば飲み込んだり・・・・・・)
何度かは防げても、結局、出てしまうので、その度に”のたうちまわるほど”の痛みが走ります。  

そして、今日は、昨日の倍以上歩きます。

しっかりと食事もとれているので、点滴を抜きました。

いやぁ~身軽じゃ

午後から、姉が来てくれた。=今回は両親には(嫁ハンとこの親族も)内緒にしました。もう年なので、あまり心配させたくなかったので=

久しぶりに、いろいろと話ができました。こんなことがなかったら、ほとんど会話がありませんものね。



******そうそう、トイレに行くようになってからは、毎回、尿を容器にだし、一回一回、量を図るために排尿後看護婦さんを呼んでいました。

今日も静かな夜です。

しかし、この夜、はじめて、便を催し、トイレへ・・・

ようやく勢いのあるガスが噴出し、同時に便が・・・・・・
多少下痢気味の便、そして血が混じっています。便器の中が真っ赤に染まります。
焦って、看護婦さんへナースコール。

「最初は、血が腸内に残ってるので、大丈夫ですよ。次の便も見せてくださいね!」
っと、平気な様子を見て一安心。



ほどなく・・・・・・

  















術後一日目(あくる日) 2013-7-30

2013年08月20日 | 大腸がん
手術も終わり、一夜が過ぎて・・・・・・・。

お目覚め。




今日は、大部屋に移るそうです。

そして、酸素マスク・心電図をはずし、少し身軽になりますが、何といっても、お○▲○▲にチューブが繋がっているので、違和感ありありで、なおかつ”ズッキンズッキン”と・・・・・・・・・。





移動の前に、血液検査やら、お決まりの血圧、体温・・・・・・
そして、今日はX線撮影です。
今回は、ベッドサイドにX線の器具を持ってきての撮影ですが、横向きになれとか・・・・・

”痛いでんがな

そして、お腹の中で、臓物が”ごろりごろり”と移動する感じです。

まぁ、大腸を20cmほどカットしたんやから、当然と言やぁ~当然なんですけど・・・・・

そして、いよいよお引越しです。

それに、今日からは少しづつ歩いてもらいます。
ということで、

「引っ越しは、歩きますか? それとも車いす?」

っといずれかの選択です。

やせ我慢おやじは、もちろん歩きを選択します。

まず、起きることが・・・・・・・
猛烈な痛みで、腹筋に力入れられません。

体を横にして、ベッドから足をおろし、そして、腕の力だけで体を起こし、立ち上がります。
(看護婦さんからのアドバイス)

目的地までは、約50m(同じ階)。
よれよれになりながら、一歩づつ歩を進めます。腹筋使えないので当然歩く速度は超スローペースです。
2/3あたりのところにあるデイルームで少し休憩。

ようやく、目的地の大部屋についたころには、汗だくです。


そして、

しばらくして、どこかで聞いたような声が聞こえます。
そうです。あのイビキのじっちゃまの声です。

思わず、「ウソやろ

っと、声が出てしまいました。

心の中で、「嫌がらせかい

・・・・・・・・・・

後から来た嫁ハンに云うと、笑っていましたが・・・・・・・・
あ~ぁ、今日も眠れない一夜に・・・・・・・


この後、汗だくになってたので、体中を看護婦さんにぬれタオルで拭いてもらった。
。(もちろん、お○▲○▲も=ご期待にそえないかもしれませんが、お○▲○▲にはまったく変化がなかったことを書き加えておきます

それが原因で体が冷えたのかどうか分かりませんが、少し熱っぽくなってきて、頭も痛くなり、風邪ひき状態になってきたので、看護婦さんや担当医に伝えると、熱を測ってくれて、

「36.8℃、大丈夫ですよ!」

「僕、普段、平熱が35℃台なんで・・・・」

「36.8やから大丈夫ですよ!ゆっくり休んでください・・・・・」

っと、まったく受け付けてもらえません。

本人メッチャしんどいんやけどなぁ~


そんなこんなで、嫁ハンも帰り、今夜も、じっちゃまのイビキと独り言のような喘ぎ声と咳、そして、看護婦さんの出入りの物音を、子守唄代わりに・・・・・・

****結局、この夜は、夜担当の看護婦さんにもう一度訴えて、鎮痛解熱剤を点滴から流してもらいました。****

そして、意外と爆睡の内に夜明けを・・・・・。






手術当日。 2013-7-29

2013年08月18日 | 大腸がん
いよいよ、やってきました。待ちに待った・・・・・・・

朝一に看護婦さんがお迎えに来て、手術着に着替えて、手術室へ向かいます。
何人かの患者さんがそれぞれの手術に備えて、控室のようなところで、それぞれの麻酔医や主治医を待っています。

以外と緊張感がありません。

ふくらはぎに、きつめのストッキングの様な物を履かされます。(エコノミー症候群防止のためです。)
それに加えて、土踏まずに同じく血栓防止のための装具を後からつけられます。(これはいつ装着かわかりません。)

ほどなく、麻酔医(女医さん)と助手(新人の男の子)が到着し、手術室へ向かいます。
手術室に入ると、点滴のチューブを入れるために手の甲に針を刺すのですが、新人が左手甲に入れるのに、まず失敗し、担当医の補助で、右手甲へ・・・・・・。
マスクをはめられ、心電図の計測用のラインを付けられ・・・・・・。
麻酔医の合図で麻酔薬が入り始め・・・・・・・・・



気が付くと手術は終わってました。

手術が終わったという告知で少し目覚めたような・・・・・
途中の移動のエレベーターの出口や・・・・・・

かすかな記憶がありますが・・・・・・・・・・・・


はっきりとした記憶としては、いろんな管につながれて、ベッドに寝ていて、傍らに嫁ハンと長女がいて、看護婦さんがいて・・・・・・・・。



ブドウ糖液(?)と痛み止めの点滴
心電図計
指につけられた血中酸素濃度の計測器
酸素マスク
血栓防止器具(一定のリズムで、土踏まずに刺激を与えます。)
そして、おチ○▲○▲からつながれたバッグ=これが違和感ありありで・・・・・。



もう2時pm前です。

しばらく、嫁ハンや長女とおしゃべりしていると、主治医(執刀医)の先生がやってきました。
入院してから、初めて会いました。(やっぱり、執刀はこの先生でした。)
手術は、良好で、予定通り終了したことと、思ったよりは広がりも少なく小さかったことなど・・・いい結果だったということを説明していただきました。(相変わらず、明るい!)

続けて、担当医の先生が、別々にきて・・・・・・・。

・・・・・・・・

これから、切除したものを病理検査して、リンパ節への転移などを調べるそうです。(結果が出るのに、1週間ほどかかる)
現状は、ステージⅡ or Ⅲと言われてますが、ⅡとⅢの違いが天と地の差ほどあるので、不安感は変わりません。
(Ⅱの場合は、化学療法なしの経過観察ですが、Ⅲの場合は、化学療法がスタンダードらしいです。)

結果が早く出て、スッキリとしたいのはやまやまなんですが・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・


しかし、動けません。

やっぱり痛いやんか

この状態やのに、”明日から歩いてもらいます!”と言ってはります。

当たり前ですが、とにかく、腹筋入りません。使うと思いっきり痛いです。

・・・・・・・



嫁ハン達も帰り、うとうとと・・・・・・・。

今夜は、個室(保険適用)で、一人です。

TVも見れないし・・・・・

当然、絶食やし・・・・・
(水は、じょうろの小さい奴でちょろちょろ飲めます。)

でも、体は疲れていたのかいつのまにやら夢の中。





とはいうものの、しょっちゅう、看護婦さんが、体温や血圧や尿の量や・・・・etc.をチェックしに来ます。



あっという間の手術当日でした。







入院生活(手術前日7/28まで)

2013年08月17日 | 大腸がん
入院二日目7/27;

前夜は、ほんまにうるさくて・・・・・・・・。

おかげで、朝の眠たいこと・・・・・・・・・・・・

今日は、嫁ハンも仕事やし、誰も来る予定もないしで、閑、閑、閑です。

朝、今日の担当の看護婦さんに確認すると、今日の予定は、やはり何もないということで、担当医に外出OKかどうか確認してもらう。

何しろ病院にいても何もすることがないし・・・・・・・・

しばらくすると、外出OKという返事があり、外出申請に記入して、外へ出ることにします。


お昼ご飯の後、腕にはめられた名前etcの入った輪っかをカットしてもらい、いざ娑婆へ・・・・・。とはいうものの、どこに行くあてもなく、行ったことのなかった梅田の新名所へ行くことにして・・・・・・。
(携帯もiPhoneも忘れてしまって、写真ありません。)
グランフロントに行ったところで、別に行きたいお店もなく、食べたいものもなく・・・・・・
ただ、当てもなくうろうろするだけで、とりあえずは、好日山荘とモンベルだけ行っときましたが、夏休みということもあって。大盛況・大混雑で、早々に退散。

結局、ジュンク堂で立ち読みして、ちょっとお茶して病院へ帰還。


その夜も、イビキと咳と寝言の様な?とナースの出入り・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・。



三日目7/28;

いよいよ、明日の朝一に手術です。
今日も昨日同様、何もすることありませんが、今日からは食事制限に入ります。
朝は、通常通りの食事(といっても、お粥です。それも5分)
昼は、3分粥だけです。

昼前に看護士の男の子がやってきて、手術後は、個室の方へ云々、大部屋がない云々と言ってきました。
とりあえず、拒否すると、これまた、一度調整するとのことで引きあげていき、しばらくすると、なんとか差額がかからない部屋を確保するということで・・・・・・・。
とりあえず、言ってみるもんですわ。


昼過ぎに、嫁ハンがいろいろ着替えとか持ってきてくれて、下のドトールで、お茶します。
(水分はOKということで、紅茶を・・・・)
しばらく癌についての話やら、個室誘導(?)がまたあった話やら、同室の人の話題やら、いろいろとお話をして・・・・・・・。

嫁ハン帰宅。


閑、閑、閑 


例のおじいちゃん=部屋変わりました。=
(誰か、文句言うたんやろか?)




そして、夜からは。絶食

そして、お決まりの下剤。

24時以降は、水分もダメです。

っで、お決まりのトイレ通い・・・・・・・。



そうそう、この日は、東アジアカップの最終戦。

日本 2 1 韓国

天才柿谷の素晴らしい2ゴールで、快勝(薄氷の勝利ともいう。)

思わず、声を上げてしまいました。


明日は、手術、頑張るぞ