地球体験ゲームを味わいつくそう!! (旧 ライトワーカー)

良いところも悪いところも見えるこの世界。私達は神以外の体験をしに生まれて来たのだから、どんな感情も体験も味わいつくそう♪

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私達は幸せに“なる”事は出来ません。しかし・・・

2016-03-06 12:21:02 | Weblog
前回の記事を要約して解説します。

「“なる”事は出来ません」の“なる”事…とは、「何か目標を達成(または獲得)する事」です。
何かを達成(または獲得)する事で、一時的な幸福感は得られますがその事で永続した幸福は得られ無いのです。
その手法で永続した幸福を得ようとすると、日々ず~~っと何かを達成(または獲得)し続けなければなりません。

大変ですよね。まぁ、ず~っとは不可能です。達成出来ない間は苦しいし、もし達成出来なかったら(諦めたら)不幸って事になりますよね。



ただ、前回の記事の最後の方に書いたように、例外の人がいます。「生きているだけで幸せ!」
こう感じている人には「幸せの条件」がありません。

「○○があるから幸せ!」という人は「○○が失ったら不幸なるね」と返すと何も言えなくなりますが、「生きているだけで幸せ!」の人には条件が無いのでいつでもどこでも何をしていても幸せです。そういう人には質問のしようがありません。

こういう方たちを例に挙げれば、
「私達は幸せに“なる”事は出来ません。しかし、幸せで“ある”事は出来ます」となります。



さて、私達はどうやったらこの人たちの様に「生きてるだけで幸せ!」と思えるようになれるんでしょうか??

まずは出来事に対する意味づけを変えてみる事からはじめましょうか?

コップに水(ジュースでもお茶でも良い)が半分入っている。それを見て「半分しか入ってない!」と文句を言う人がいれば「半分も入っている」と喜ぶ人もいます。
簡単に言えば、前者は不幸な人で後者は幸せな人です。
「コップに半分入っている」という事実に対して「半分しか」と捉えるのではなく「半分も」と捉えなおせば幸せ!となります。
つまり、幸福というのはある出来事や事実によって引き起こされるのではなく、起きた出来事に対して自分が感じている事なのです。
不幸な人は、道端に咲いている花を見ても視界にすら留めず、大きな花束を人から貰ってやっと喜べる。対して幸せな人は道端に咲いているタンポポにすら喜びを感じる事が出来る人。


これを読んで、「いつもそうだけど?」とか「なるほど~実践してみる!」とか言ってすぐ切り替えられる人はもうこの先の記事を読む必要は無いのかもしれません。

ただ、そうすぐには切り替えられない人もいると思います。
「レッツポシティブ!」とか言って何でも前向きにとらえられる人は幸せかもしれません。
しかし、多くの人は「コップに水が半分も入っていて良かったと思えば?」と言われても「お前は水がたくさん入っているから言えるんだよ!」とか「少ししか入っていなかったらどうなの?」とかになります。なかなか「生きているだけで幸せ!」とかにはなりません…。


じゃあ、プラスの言霊を言い続けるのはどうでしょう??
色々な方が色々な事を言ってますよね。自分もやってみた経験があります。
ツイてる、ありがとう等をたくさん言う事やホ・オポノポノなどのメソッドまで…。

これで人生変わった!という人もこの後は見なくても構わないと思います。
自分は挫折しました。ある程度まで上手く行った面もあるし大切な事でもあるけれど、ネガティブな状態の時に言い続けてかえって辛い状態になって挫折した事があります。


そう、いつも“思考”と“感情”が幸せになる邪魔をするのです…。

思考も感情も大切なモノ。にも拘らず、それのコントロールが上手く行かなくて幸せを感じ難くなっている…。


その辺をどうやって変えて行ったらいいのでしょうか…。



続きはまた次回。
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