地球体験ゲームを味わいつくそう!! (旧 ライトワーカー)

良いところも悪いところも見えるこの世界。私達は神以外の体験をしに生まれて来たのだから、どんな感情も体験も味わいつくそう♪

(new) 素の言葉、素の自分でで語りましょう!

2014-05-07 02:16:03 | Weblog
あることが有って久しぶりに古い記事とは違った視点でを書こうと思いました。

(old)素の言葉、素の自分でで語りましょう!
http://blog.goo.ne.jp/qzkqzk/e/b41e5f1589f74768b5ed3f6de1135091



よくある事ですが、
先達の方々が残したスピリチュアル的な知識をたくさん知れば知るほど“勘違い”が起き易い場合があります。

たくさんの知識を得た事で「分かった(悟った?)」と思い込んで相手の立場や状況を鑑みずに言いまくったり書きまくったり、得た知識を元に相手を分析してジャッジしまくったり・・・。そういう人がいます。

そういう人は「良かれ」と思って伝えているのでしょうがただの自己主張である場合が多いので相手にとって迷惑な場合も多いのです。
なぜなら、その人は先達の方々そのものではなくて「ただのコピー」だからです。
そういう方は宗教団体には多いですが、スピ好きの人にも多いのが現状。


先達の方々の言葉を見事(論理的)?に使って書いたり語ったりするので一見すると“意識が高まった人”に見えるのですが・・・よ~く観察すると語っている内容のほとんどが「知識の受け売り」と得た知識によって相手をジャッジ、分類する事に終始しているのがよく分かります。スピリチュアル的な事をよく知らない人になら“すごい人”と思われるんだろうな~とは思います。
知識を得た事で確かに他人を分類、分析が出来るようになるので自分が「意識レベルが高まった」と錯覚するのでしょう。心理学的に言えば「同一視による自我の拡大が起こっている状態」と言えるでしょう。子供がその状態になるのは発達段階における自然な事だし好きなスポーツ選手の勝敗で一喜一憂するような同一視も状態もOKだと思います。ですが、スピリチュアル的なご高説を語るなら止めた方が良いです。

知識での理解(左脳レベル)と体感レベルでの理解(知識や理屈では表現し切れない右脳レベル)は全く違うのです。



知識での理解に留まっている人はとにかく理屈や知識にこだわるのでどうしても知識の受け売り状態から離れられません。“他人に認められたい”と無意識で思っているので他人をジャッジしたりして自分が優れている事を見せようとしたり知識の披露をしまくります。
せっかく様々な良い知識を学んでも、左脳的理解に留まれば自分の言葉で語れません。小さい頃からの心の痛み、トラウマなどが「本当の自分」をさらけ出す事に恐怖を感じさせるから・・・。

そういうクリスはどうかって??心の痛み、トラウマ…色々有ったさ、だから前の記事で自分の恥晒したんだから
で、前回の記事読んでこのブログから離れていく人がいるのも覚悟してましたよ。Mixiにも晒したしね。ただ、本当の自分と繋がると他人の目ってどうでも良くなるらしい
ま~それでも完全に抜けたわけではないから自我(思考)があれこれ今も言って来るので日常生活である意味“修行中(想念観察中)”なんですよね


話戻します。

理屈や知識ではなく、本当に体感レベルでの理解がある人は知識の押し付けをしませんし他人をジャッジしません。先達の方々の言葉を例えに使ったとしても必ず自分の言葉で語れます。自分が得た知識に捉われることなく自由に表現できます。なぜなら他人から“どう思われるか、どう評価されるか”などと気にしていないから。
既成概念とか他者からの評価に捉われることなく、奥深くから湧いてくる本当の(魂からの)自分の思いや情熱を表現する体現者になっているからです。
そのあり方は千差万別でほとんどが“普通の人”として暮らしています。有名な「十牛図」の最後の状態ですね




自分は十牛図に照らし合わせると・・・と、遠いな~~

ま…いいか歩いていれば、いずれはたどり着くさ~ってね。