森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

こころの匙加減(10) 第2章 暮らしの匙加減 その1

2018-01-31 08:22:39 | こころの匙加減



          

             雑木林の一角で、木材を利用していろんなものを作っています。これが私の趣味です。

                春くれば あなたの宿を 作ります ほ-ほけきょと 呼んでくれるか 





            こころの匙加減(10)
                  高橋幸枝著

            第2章 暮らしの匙加減 

            その1 家電製品くらい、自分で操りなさい

                  「興味の範囲」が狭まってくるのは「心の老い」のサイン。
                  意識をして視野を広げたり、
                  考え方を変えるように努めてみましよう。
                  「いい歳をして、好奇心が強すぎる」なんて、
                  匙加減を気にすることはありません。

               ある年代を過ぎた頃から、健康法や心の保ち方について、さまざまな方から聞かれる
             ようになりました。
               最もよく尋ねられたのは、この質問です。
               「高橋先生の若さの秘訣は何ですか」

               聞くところによると、今は「アンチェイジング」なる言葉が流行していて、心身の若さ
             を保つことに、皆さん並々ならぬご興味がおありのようですね。
               残念ながら、私自身は「若くありたい」などと目標を掲げて過ごしているわけではなく、
             とくに「これが秘訣です」といえるようなことは見当たりません。
               強いて言えば、「いろいろなことをすると毎日が楽しくなりますよ」というところでし
             ようか。
               つまり「日常のあらゆることを、できる限りほかに頼らずに自分の力でやる」という
             方針を立ててみるのです。

               一度試していただきたいのですが、いつたんこの方針を実践し始めると、日常生活は途端
             に忙しくなります。
               たとえば、最も手間がかかることといえば、「料理」です。私は今、三食を自炊していま
             す。買い物は週に一度、姪っ子に甘えてス-パ-まで車で連れていってもらい、まとめて買い
             をしています。
               もちろん、特段凝った料理をつくるわけではありません。自分の好きなおいしいものです
             が、やはり三食自炊するとなると、それなりに作業量は多く、段取りを考えることも必要にな
             ります。気忙しくなりますが、楽しくもあります。
               ですが、そのような作業や、段取りに負われるおかげで、脳味噌はフル回転。
               これは、暮らしの中で簡単に実践できる、最高の脳トレになります。

               また、あなたが頭や心をいつまでも若々しく保ちたい場合、自炊のように決まりきったこ
             とを続けるだけではなく、未知のことに取組むことも大事です。
               たとえば、私がよくおすすめしていることのひとつに「新しい家電製品に触れる」という
             ことがあります。
               新しい家電の初期設定を、独力で行うのです。
               はじめて見る家電の取扱説明書を熟読して、操作してみる。その間、誰にも頼らない。こ
             れも非常によい脳トレになります。またドキドキワクワクすることで、心も若返ることでしよう。

               ほかには、大好きな趣味に没頭することも大事です。これについては、またあとの項目でお
             話とさせていただきましよう。
               年齢を重ねると、「もう私には00しかできない」「しんどいから、・・はやめておこう」、
             そんな考え方になっていくのは、自然の理です。
               でも、そこで少し抗って「いろいろなこと」に手を出してみる姿勢が重要なのです。もちん
             失敗もあるかもしれませんが、小さいことはお気になさらず・・・・。

               自分の興味や、やりたいことの範囲を広げていくと、心躍るような瞬間は飛躍的に増えてい
             きます。そのような瞬間を積み重ねていくことが、私流のアンチェイジング術なのかもしれません。
                                                     その1 おわり



               私も三年前より、一人住まいで自炊しています。どちらかというと、料理を作ることは苦手
             で、生きて行くために料理らしきものを作って食べているようなところがあります。一度、先輩
             男性から料理の手ほどきを受けたのですが、食べ物の好みが会わずに、結果的にそのまま元にも
             どってしまいました。

               たしかに、一人暮らしだと、料理、洗濯、掃除という基本的な作業が伴います。最低のこと
             ぐらいしなければと思っていますが、やはり男の一人暮らしのだらしなさがありますね。それで
             も頼る人を探さず3年になります。これから基本にもどって最低のラインはクリア-してゆきた
             いと思います。このことが案外惚け防止になるのであれば、面倒も少し解消できるのでしようか。
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こころの匙加減(9) 第1章 生き方の匙加減 その9

2018-01-30 08:29:24 | こころの匙加減



       

               静けさや 命を繋ぐ 世界あり 声なき声を わが身を想う          




            こころの匙加減(9)
                  高橋幸枝著 

            第1章 生き方の匙加減 

            その9 死にたくないのは、みんな同じ

                   「老い」や「病気」、「死」が怖くない人など、
                   この世にいません。
                   そう思えば、不安はふっと和らぎませんか。
                   マイナスの感情とつき合う匙加減について、
                   考えてみましよう。


               年齢を重ねて、死生観について問われることが多くなりました。
               ズバリとお答したいところなのですが、死についてはよくわかりません。
               実際にあの世を見て来たわけではないですし、仕方がありませんね。
               とりたてて信仰などあるわけではないですし、お恥ずかしいのですが、私の死生観は
             「体調次第でコロコロ変わる」というのが実際のところなのです。

               私は元気なときには「老齢だからいつ死んでもよい」と威勢よく話しています。
               でも、「長生きなんてしなくていい」「死ぬことなんて怖くない」などと云いながら
             血圧の薬をきちんと飲んだりしているのですから矛盾していますね。
               やはり、私にも「できるだけ死を遠ざけたい」という気持は、無意識下では強くある
             ようです。
               「私にも生きることへの執着が強くあるのだな」と実感するのは、体調を崩したとき
             です。

               たとえば、風邪や発熱に見舞われたときは「大丈夫かしら」と不安になります。
               歳を重ねるにつれ、そのような時間はおのずと増えるようになりました。
               そして「生きることは、不安と共生しているようなものだ」とつくづく思うようにな
             りました。
               私は「不安」という気持が出て来た時、それがまるで生き物であるかのように感じま
             す。
               そして「不安をうまく飼いならし、手なずけていければいいなあ」ととらえています。

               「生老病死」という言葉があります。仏教の言葉で「生まれること」「老いること」
             「病むこと」「死ぬこと」への不安というのは、中高年以降にとっては大きな問題である
             ことでしよう。

               これらの不安に苦しめられないためには、それより大きな「生きる喜び」を感じるよ
             にするのが早道です。

               では、生きる喜びとは、いったいどのようなものでしよう。
               それは、誰かに与えることを待っているのではなく、自分から積極的に見出していく
             性質のものです。
               たとえば植物や動物と語り合い、なるべく自然を取り入れた暮しを送ること。
               そこで、「自分も自然の一部である」と感じること。
               仲間と過ごす時間を大切にすること。
               そこで、「自分にもわかり合える仲間がいる」と感じること。
               つまり「ひとりぼっちではない」と感じたときに、生きる喜びは湧いてきます。
               そして、生きる喜びがあれば、「老い」「病気」「死」への不安など、はるかに凌駕
             することができるはずです。
                                                その9 おわり




               死ぬ不安に苦しめられない「生きる喜び」を感じること。そして、それは、動物や植物
             といった人間以外の生き物に心を寄せること。たしかに、そうですね、私は森などの植物や
             そこに生息している生き物と接する機会を多く持っています。今の厳寒の時期は植物も動物
             もいかに雪解けの春まで命を繋げていくかに、耐えながらも春には新たな命を育めるよう準
             備している姿があります。

               死の不安はどんなことをしてもなくなることはないでしよう。でも、少し恐怖心が多少
             でも薄らぐことがあるのではないでしようか。それは、死線を彷徨い、この世にとどまった
             経験を持つ人は、そのような感覚になられる人もいるようです。

               私の経験でいえば、3年前に大手術をして無事元気な生活に復帰することができました。
             この体験で死生観というのが少し変わってきたように思います。手術後はもうだめかと思った
             自分の体が今一度元気になったことをもう一度頂いた命だと思えるようになり、生きられるだ
             け行きようとの思いであります。生きられるだけ生きるというのは、当然のことでありますが、
             80歳、90歳ぐらいまで何とか行きたいというような考えは少なくなったように思います。

               高橋先生も言われておられるように、体調がいい時と、そうでないときには、どことなく
             考え方が違ってきます。やはり、もっともっと楽しく長生きがしたいと思うときもあることは                        
             当然の思いでもあります。

               誰もが考えたくない「死」という必ずやってくる問題について、悩んだり、深刻に考えた
             りではなく、日ごろから先輩のこ高齢者のお話しや書物などを通して考えてみることは大切な
             ことだと思います。  0






                                   
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こころの匙加減(8) 第1章 生き方の匙加減 その8

2018-01-29 09:37:46 | こころの匙加減



           

              冬の空 夕焼雲が 呼んでいる 闇夜の次は 朝がくるぞと



             こころの匙加減(8)
                    高橋幸枝著

             第1章 生き方の匙加減


             その8 暗いトンネルの中では、自分に期待して過ごす

                    人生は山あり谷あり。
                    しんどくてつらい時期は
                    「今はトンネルの中」と思えばよいのです。
                    前向きな気持ちで心を満たせるよう、
                    自分で匙加減ができる人をめざしましよう。

               数年前にうつ病の治療を終えて退院していったKさんが、経過観察のため外来を受診されました。
             久しぶりに会った彼は、以前とは別人のように晴れやかな表情でした。新しく得た仕事も順調だと言
             います。Kさんはこう話してくれました。

               「長い長いうつ病の時期を、自分は通り抜けることができたんだなあ」と、最近よく感じます。
             先生、うつ病ほど苦しいものはありませんね。具合の悪い時期、私は本当に苦しかった。

               心の病気って、血がでるわけでもないし、傷が見えにくいから、ほかの人には苦しさが伝わりに
             くいのです。でもうつ病はね本当に苦しいのです。

               こんなことを言うと怒られるかもしれないけれど、「うつ病がもし治るなら、私の手足を神様に
             差し出してもいい」と何度も思いました。「それでも足りないなら、私の目が見えなくなってもいい」
             そう考えたことさえありました。

               Kさんの言葉に、私は頭を殴られたような衝撃を受けました。
               「うつ病がもし治るなら、手も足も目もいらない」
               そこまで思いつめたKさんの苦しみを想像すると涙があふれそうになりました。
               私には、よく口にしてしまう言葉があります。
               それは「あなたの気持ちはわかるけれど」というものです。
               Kさんに対しても言ったことがあるかもしれません。
               「苦しい渦中にいるKさんの気持ち、私は本当にわかっていたのかしら」
               私は思わず自分をせめてしましました。

               Kさんは退院後、しばらく経ってから「長い長いうつ病の時期を、自分は通り抜けることができた
             んだなあ」と振り返ることができるようになりました。
               入院中のKさんはね明るい展望を持つことがむずかしかったのでしよう。
               また病院のスタッフも、薬などの医療も、Kさんに明るい展望を持たせてあげることができません
             でした。
               そう思うと、無力感にさいなまれます。
               でもKさんはその後回復し、退院して仕事に復帰するまでになったのです。
               苦しい時期というものは、永遠に続くわれではありません。苦しい時期を過ぎれば、明るく楽しい
             時期もやってくるものです。それが人生の法則です。
               もちろん、苦しい渦中にいるときは、なかなか希望を持てないもの。
               ですが苦しいときこそ、希望を持たなければなりません。

               Kさんは退院後の新しい職場でね無遅刻無欠勤。「工場の仕事は楽しく、同僚もいい人たちばかり
             で、働くことがとても楽しい」と感じずにはおれませんでした。

               もちろんねトンネルの中にいる時期はね誰だって苦しいもの。だから、「トンネルの外の明るい
             景色を想像する力」を鍛えていけばよいと思うのです。
                                              その8 おわり



               老人会の会員で、「80歳を過ぎるころからめっきり体力の衰え、気力の衰えを感じます」と、
             言われる方がいます。また別の方は私と二回り先輩つまり24歳年上で今年98歳になられる方は、カラ
             オケも元気に歌われるし、月2回の例会にもほとんど欠かさず出席されておられます。

               「トンネルの外の明るい景色を想像する力」を鍛えることと言われました。つまり生きる意欲と必
             ず良くなると思う気持ちを持って、良くなった時の風景を描くことなのでしよう。お釈迦さんが、この
             世は諸行無常と言われました。この世の中、人生は、無常、いつも同じ状態ではなく、移り変わって行
             くものだということでしようか。

               若い時にこの諸行無常という言葉を知ったときには、無情という意味とはき違えていました。この
             世の中、情けがないと思っていたのです。「諸行無常」この言葉は、あるいは万葉集の中の一説であっ
             たか、確かな記憶がありません。お釈迦さんではなく、他の人であったかも知れません。勉強不足、知
             識不足です。

               苦しい時期はトンネルは必ず抜けるものということが真理だと理解できれば、抜けられる希望も見
             えてくるのではないでしようか。 0









      
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こころの匙加減(7) 生き方の匙加減 その7

2018-01-28 10:14:11 | こころの匙加減


     

         厳寒の 芽をだす準備 怠らず 蕾かたしと 春を待ちつつ




               こころの匙加減(7)
                     高橋幸枝著

               第1章 生き方の匙加減

               その7 みんな、「最初の一歩」が怖いだけ

             
                       「最初の一歩」という言い回しは、よくできた日本語です。
                       私は、実際に「最初の一歩」が大切なのだと
                       身をもって痛感したことがあります。
                       ここぞというときだけでも、
                       勇気を「山盛り」にできればいいですね。


                 ふり返れば、長い歳月を生きてまいりました。   
                 齢90を過ぎてから実感できた人生の法則があります。
                 それは「最初の一歩さえ踏み出せれば、あとは勢い」というものです。
                 さまざまな本を見ておりますと、「どんなことでも最初の一歩さえ踏み出せれば
               うまくいく」などと、よく説かれているものです。

                 ですが、私は実際にな自分の足で「最初の一歩」を踏み出して、首尾よくいった
               という経験をしたことがあります。

                 私の自宅は病院に隣接した建物の3階にあります。
                 92歳のとき、ベランダから部屋に入ろうとして窓の桟につまずきね大腿骨を骨
               折するという事故に見舞われました。

                 手術の翌日からリハビリを始め、おかげで1か月足らずで平らな場所であればなん
               とか歩き回れるまでに回復することができました。

                 ところがその後、「階段がまったく登れない」ということに気づいたのです。
                 我が家は3階にあり、自宅前の51段の階段を登らないことには、家の中に入れな
               いという構造になっています。
                 エレベ-タ-などもありません。
                 つまり、階段の昇降ができない限り、病院にも顔を出せないということになって
               しまいます。

                 いったいどうしようかと、私は悩みました。     
                 それまでは無意識にスタスタと登り降りをしていたはずの階段ですが、手術を終
               えてその前に立ってみると、不安や恐ろしさがこみ上げてくるのです。

                 私は元来、どのような逆境や困難にぶち当たっても、「やってみよう」と前向き
               にらえていけるほうです。

しかしながら、そのときばかりは、さまざまな危険ばかりが顔をかすめ、怖くて
               怖くて手すりにつかまる手が汗ばみました。
                 手すりにつかまったまま、そこに立つ尽くしているわけにはいきません。
                 (階段を登らない限りは、自分の部屋には戻れない。頑張ろう)
                 心の中でエイヤッと大きな声を上げました。
                 すると、ようやく私は右足を階段の1段目にかけることができたのです。

                 体はふわりと宙に浮き、地面から1段目へと重心はひとりでに移っていました。
                 そして不思議なことに、私の左足が自動的に反応してくれて、2段目にも足をか
               けることができたのです。
                 続いて3段目、4段目、5段目・・・・。
                 まるでスロ-モ-ションのように、私の体はゆっくりと階段を登り始めていました。

                 最初の一歩さえ踏み出すことができれば、あとはほぼ自動的に「勢い」がついて、
               首尾よくいく。自分の体をもって、そう感じることができました。
                 今思い返しても、それはまったくもって不思議な体験でした。

                 私はとくに神様などを信じているわけではありません。でも、目に見えない大きな
               地からが降りて来て、私の背中を後押ししてくれた。そんな気さえしています。
   
                 このように僥倖に恵まれるのは、きっと私だけに限らないはずです。
                 最初の一歩を踏み出そうとするすべての人に対して、後押しをしてくれる神様のよ
               うな存在がねもしかしたらいらっしゃるのではないでしようか。
                 そんなことまでねついつい夢想せずにはおられません。
                                            その7 おわり



                 自分の努力だけでなく、何かの働きによって、幸運なことが発生することが確かに
               経験したことは、少なからずどなたでもあるのではないでしようか。私はこのことを
               「運がよい」と言っています。運とは運び方が的を得ていたために、物事がよい方向に
               行って結果に満足するというように、自助努力によるものですが、それだけではなく、
               自分の努力以上によい結果が得られたと気に人々は「運が良かった」という経験もある
               でしよう。

                 このことをただよい偶然なことだと思ってしまうのではなく、そこに強い思い成り
               熱意があってこそだと思います。まずは意思ありきで、単純に偶然であるわけではない
               と思います。

                 商いでもそうで、たまたま商談話が飛び込んでくることがあります。だれかが後押
               しをしていただいのだろうかと思えるほど、全く知らない人から、特に営業活動もろく
               にしていないのに、であります。

                 最初の第一歩とは、まずは、自分はこうしたい、こうなりたいと思うことが最初の
               一歩だと思う。当然かと思いますが、明確に目標が決められていない人も案外多くいる
               かもしれのせん。この第一歩がこの先大きく道が開けてくることに繋がるのです。 0 





       
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こころの匙加減(6) 第1章 生き方の匙加減 その6

2018-01-27 08:57:56 | こころの匙加減





今年は雪が少ない代わりに気温が低い日々が続いています。  

 しばれると 三重四重とかさね 外へ出る 凍えた両手 息をふきかけ



             こころの匙加減(6)
                   高橋幸枝著

             第1章 生き方の匙加減 


             その6  自分のなすべきことを、やり通す覚悟を持つ


                    どんな人にだって、それぞれ異なる
                    「お役目」というものが与えられています。
                    自分に与えられたお役目を自覚して、
                    日々尽力していくことこそ、
                    「よりよく生きることむにつながります。

                私の人生は、「医師」という道をひたすら愚直に歩んできたようだと感じます。
                医師を目指すきっかけは遠いほうだったと思いますが、その道に入ってからは
              脇目もふらず、ただその道を邁進してきました。

                「100歳になってもなぜ、頑張ることができるのですか」と人様からよく尋
              ねられます。きっと、自分の仕事を「使命」ととらえているからでしよう。

                「もともと商才があったから経営が上手」などとお世辞を言ってくださる方も
              いますが、実際のところは山あり谷ありで、とんでもない話です。

                さらに言えば「生まれつき顔がよいとら、すんなり医師になった」というわけ
              でもまつたくないのです。私の人生を少し振り返ってみましよう。

                私は新潟立多寡だ高等女学校を卒業後、東京に出て職業婦人を目指しました。
                叔父が運よく海軍省にいたので、つてを頼り、タイピストとして働かせてもら
                しばらくしてね思いもかけず「中国・青島へ渡らないか」という話が巡ってき
              ます。好奇心旺盛だった私は、「兆銭したい」と青島行きを決断したのです。
                その後、青島の居宅の近所にキリスト教の教会があり、同居していた妹・芳枝
              らと通い始めます。
                そこで偶然、日本人牧師・清水安三先生と出会い、私の人生は大きく舵を切る
              ことになります。

                清水先生は当時北京で、貧しい子どもたちへの慈善や教育の活動をされていま
              した。たまたま青島に布教に来られていた清水先生のお話に心を打たれた私は、北
              京行きを志願しね清水先生の秘書的な業務にあたるようになりました。

                ところがあるとき突然、清水先生が私に「医師になったらどうだろう」とすす
              てくださったのです。たしかに北京では医師が不足していました。そのような事情
              を知った私は、医師になることを決意したのです。

                そのときすでに27歳でしたが、受験試験にも合格し、医師免許を取得するこ
              ができたのです。
                今の時代でも、「27歳から医師になる」という目標を立てて成就させる方は
              少数派であるはずです。けれども私は、そんな常識には引きずられませんだした。
                それは、清水先生の言葉を「チャンス」と受け止めたからです。
                そして頑張りが報われ、約10倍の競争を突破して学校に入学できました。

                このように、私は医師としては極めて遅いスタ-トを切りました。そして小さ
              な診療所から初めて、100床超の病院を運営するに至りました。それは苦しい時
              期でも、なすべきことを丁寧に、積み重ねてきた結果だと考えています。

                自分がなすべきことは、誰にでもあるはずです。大それたことでなくてもかま
              わないのでするそれを見付けて、愚直に毎日続けていきましよう。
                犬の散歩やウォ-キング、もしくは食事をつくることでもよいのです。
                                                その6 おわり



                「自分のなすべきこと」言葉を変えれば「使命としてのなすべきこと」これを
              見付けるのが、大事であり、難しいことです。若い経験のない時代には、自分には
              何がなすべきことなのかが、見付けにくいのです。

                私なんかは、高校三年生のある時期まで、教科書意外の本を読んだことがなか
              った。もちろん学校の図書室や町の図書館にはたくさんの本がありました。しかし、
              自宅には、一冊の本もなかったように思います。家ではもっぱらラジオだけに耳を
              傾けていました。

                たとえ、00になりたいと思っても、受験などに合格しなければ実現できない職
              業も多いのが現実の社会です。私がやっと、幾多の職場の経験から、人生という長い
              期間の職業として29歳の時に決断しました。結婚し子供が生まれた直後の時であり
              ましたので、私も世間の常識にとらわれない決断だったと思っています。

                どんな人でも「お役目」というものが与えられている。と高橋先生は言われま
              す。これが自分の役目だろうかと、強く意識できないままでありますが、人様から
              求められるまま、自分で決めた商いと二足の草鞋を履きながら50才まで勤めまし
              た。しかし、50才を過ぎるころから二足の草鞋を29歳の時に決断した一足の草
              鞋にして今日まで続けています。 0                      


               
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