森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

言志四録・・・佐藤一斉(8)

2017-04-30 09:25:19 | 生きる
  


    言志四録(8)

    人は同を喜び、己は異を好む

     総て人は自分と性格や趣味の同じ人を好んで、自分と異なった人を喜ばないが、自分
    は反対に自分と異なる人を好んで、自分と同じ人を好まない。それはなぜであるか。
     それは自分との異同は相反するようであるが、互いに助け合うものは、必ず相反するも
    のにある。たとえば、水と火のようなものである。水は物を生ぜしめ、火は物を消滅させ
    る。もしも水が物を生ぜしめなければ、火もまた物を消滅させることはできない。
     火が物を消滅させなければ、水もまた物を生ぜしめることができない。水と火とが、相
    互に助け合って後、万物がつぎつぎと発生して窮りがない。この道理をよく知らなければ
    いけない。 (186)


     古典では人の感情や生命のあり方について、自然物、水や石、そして火や雪に例えて
    説いています。これらの表現になれていないものは、自然界と人間の感情とは全く同一
    視できないと理解に苦しむむきもあろうかと思います。人間の心も他の動植物をはじめ
    自然界に存在するあらゆるものは、大自然の営みの原理によって動かされているのである
    と考えれば、人間の心の問題も自然界のものと対比して考えることはかえって理解しやす
    い面もあるのではないか。

     私たちは日常生活において、日々出会う人たちと穏やかに接してゆくためには、このよ
    うな考え方が大事なことだと思う。自分の精神の根のところからこのような考え方を基本
    としなければならないことを強く思う。利己的な感情に左右されない自分を確立してゆく
    ことであろう。
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言志四録・・・佐藤一斉(7)

2017-04-28 07:55:43 | 生きる

このグリ-ンにきいの花を咲かせました。これは事務所の植木鉢で他の花の廻りに           こちらの花はピンク色ですが、名前は忘れました。紫の葉を鑑賞するものです。
咲いたもので「はこべ」のように思います。一般的には雑草として除去されています。

   言志四録(7)


   心友と疎交

    世間にはまだ一度も会ったことがなくても、心の通う親友がおるかと思うと、
   毎日の如く会っていてもただ表面だけのあっさりした交際をする人もおる。
    物が離れたりあったりすることは、心の関心の厚いか薄いかによるものと言
   える。(217)


    これまでの人生において、何人の心友といえる人と出会ったか、社会人になって
   これまでに20回も引っ越しをして生活地域が変わった。その関係で、親しくしてい
   た人と疎遠になってしまった人が大勢いる。仕事に関係してのつながりが多く、その
   仕事の内容と地域が変わってしまうとそれきりになってしまう。それでも、学生時代
   の同窓生といまだに年賀状を交わしている人も数人いる。
    人間関係というのは、偶然に一度出会った人と急速に親しくなる人もあった。やは
   りお互いの性質というか、精神の在りようによって引き合うものが生まれるのだろう。
    70歳を超えるとその親しい人が一人ひとり失っていく、お亡くなりになる人だけで
   なく、年金暮らしになったことで変化せざるを得ない人もいる。また、連れ合いの健康
   状態も影響してくるだろう。だから、第一線を退いた人には、地域の老人会への参加を
   おすすめします。そこから新たな付き合いが始まり、心友という人とも出会えるものと
   思っています。
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言志四録・・・佐藤一斉(6)

2017-04-27 10:03:46 | 生きる

    言志四録(6)

    真智は愚の如し

     真の勇者という者はかえって臆病ものようであるし、真の知恵者という者は
    かえって愚者のようであるし、真に才能ある者はかえってなまけ者のようであ
    るし、真に巧みな者はかえって下手なようである。(239)


      これらの言葉はいずれも逆説的に述べているもので、「・・・のようである」
     ということは本当はそうではなく、真の勇者であり、知恵者であり、巧みであ
     るということである。
      要は、自分の長所をあからさまに表面に出したり、得意げにならないというこ
     とを言っているのである。
      仕事をしていても、本当に仕事のできる人は、能力、見識、言葉遣いに優れ
     ていて、自然体の姿である。足りないものを持っている人ほど、去勢をはって
     無理をしていることが多い。
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言志四録・・・佐藤一斉(5)

2017-04-26 09:48:41 | 生きる
   


    原子四録(5)

    敬すべきは天、恐るべきは人

     激しい地震にはだれでも驚きはするが、大いに驚くほどではない。ただ、大砲
     が一発不意に響き渡ると、人は皆びっくり仰天してしまうのである。それは人
     間わざによるからである。それでここにおいて、「敬うべきは天であり恐れる
     べきものは人である」ということが知られる。


     この言志四録が書かれたのが、江戸時代の後期と云われているので、大凡今から
    200年前ぐらいの時代背景であろうか。
     自然災害や人災(テロや戦争等)は一見豊かで平和に見える社会にいつ爆発するか
    地底のマクマの圧力が急速高まっている昨今の様子がします。
     いずれも発生している地域とそうでない地域における国民の思いは大きく違って
    いるのも大きな課題の一つといえましよう。過日、内閣府から全国の自治体に対して
    近隣国からの不測の事態に備えて、非難や一人ひとりにおいて危機管理を促すように
    との発令があっりました。備えあれば憂いなしですが、果たして何をどこまで対策を
    すべきか、日ごろから何の準備や心構えが皆無なものとして覚悟が必要になってきた。

     72年間の平和な社会を我々高齢者はその恩恵を受けて来たわけですが、私達の子供
    や孫たちが極めて困難な時代を生き抜かなければならない。その心構えを平和な時代
    を享受したものとして教えてきたのかと、問われるとただ恥じるばかりである。
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言志四録・・・佐藤一斉(4)

2017-04-25 15:51:22 | 生きる

    言志四録(4)

    正道を歩め

     遠方に徒歩で行こうとする人は、時折り正しい道路を通らず近道を行き、
    どうかすると誤って草木の深く茂った所に入りこむことがある。誠に笑う
    べきことである。人間社会における事柄にも、これに似たものが多い。
    それで、特にこのことを書き記しておく。 (266)


     行き馴れていない森に入って、大人の背丈ほど伸びている熊笹の中を歩い
    ていると、全く帰り道・方角が解らなくなった時があります。これが一番
    危ないことで、生きている熊に出合う大不幸になってしまう。私はそこま
    での経験はないけれども、一事ざわっとしたことがあった。

     ここで言われていることは、人生の歩み方を指摘しているのだが、人生に
    近道などないことを肝に命じなければならない。功をあせっても決して得ら
    れるものはない。どちらかというと奥手ぐらいの方が信用されるものかもし
    れない。私はせっかちの部類のものだと自覚していても、なかなか性分は変
    わることがなく、この言葉が身に染みてくる。
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