森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい

2016-08-16 09:02:44 | 思うまま
図書の紹介
     「明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい」
            樋口興夫著 幻冬舎

 この本は長い書名がついています。著者が現役ですから、今回は著作権の関係で
 全文を写本できませので、「はじめに」の箇所のみ紹介いたします。

   はじめに

 がんになると、多くの人が自らの「死」を意識し始めます。そしてそのうちの
約3割の方が「うつ的」な症状を呈します。がんになったことで生きる希望を失っ
たり、生きる意味が見出せなくなったりし、うつ的な状態に陥ってしまうのです。

 うつといってもうつ病ではありませんので、薬で直すことはできません。
 励ましや応援の言葉も有効ですが、残念ながら一時的なものに過ぎません。言
われた直後は心が前向きになり、元気が出たように感じるかもしれませんが、自
宅に戻って独りになるとまた不安や恐怖に襲われます。

 うつ的な症状を解消するには、患者さんの思考そのものを前向きに変えてあげ
る必要があります。そのきっかけとなるのが「言葉の処方箋」であり、人間の根
源に触れる問いかけです。

 がん哲学外来の誕生

 2008年1月、医師とがん患者の隙間を埋めるための試みをスタ-トさせました。
がん哲学外来です。
 「医師と患者が対等の立場でがんについて語り合う場」として、試験的に特別外来
を開設することにしたのです。場所は、順天堂大学医学部の付属病院。提唱者は私、
順天堂大学医学部で病理・腫瘍学の教授を務める病理学者です。
 私達病理学者は、外来に出る臨床医とは違い、患者さんにお会いすることはまずあり
ません。研究室でがん細胞を観察したり、亡くなられた方の病理解剖を行うのが主な
仕事です。
 そんな私が研究室を飛び出して始めたのががん哲学外来です。
 がん哲学外来では「暇げな風貌」をした私が、患者さんやそのご家族に「偉大なる
お節介」をやきます。私と患者さんの間にあるのは、お茶とお菓子だけ。そこには
カルテも聴診器も紙もペンも存在しません。

 面談中は一人の医者としてではなく、専門的知識を持った一人の人間として患者さ
んと向き合います。
 面談にかける時間は30分から1時間程度、患者さんが「こんな時間を割いてもらっ
て大丈夫」と心配になるくらいたっぷりの時間を取っています。
 「暇げな風貌」と「偉大なるお節介」がいかなるものか、詳細については本文に譲
りますが、現在の医療現場に決定的に掛けていると思われるのがこの二つです。
 がん哲学外来では、薬を処方したり、医学的な治療は一切しません。その代わり、
面談に来られた患者さんの状態によって違ってきます。風邪、高血圧、糖尿病など病
気によって薬が違うように、言葉の処方箋も患者さんの症状の数だけあります。

 命よりも大切なものがある

 本書のタイトル「明日はこの世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい」もそ
の一つです。これはマルティン・ルタ-(ドイツの神学者・牧師)の言葉を私風にアレ
ンジしたもので、そこには次のような意味が込められています。
 「命よりも大切なものはない。命が一番大事」とは考えないほうがいい。
 命が尊いことは確かですが、「自分の命より大切なものがある」と思ったほうが、
私達は幸せな人生を贈ることが出来るようです。
 「命が何よりも大切」と考えてしまうと、死はネガティブなもの(命の敵)になり、
あるときを境に死におびえて生きることになります。
 命より大切なものを見付けるために、自分以外のもの、内から外に関心を向けて
下さい。あなたに与えれた人生の役割や使命が見えてくるでしよう。
 そうして見つけた役割や使命を人生最後の瞬間までまっとうする。つまり、「明日
この余を去るとしても、今日の花に水を挙げるのです。

 私達には一人ひとりに与えられた役割や使命があります。たとえばそれは、家族に
優しくすることかもしれません。周囲の人を楽しませたり、元気にしたりすることか
もしれません。自分よりも困っている人を助けることかもしれません。あるいはもっ
と大きなこと、世界を変えるような重大な使命をなし遂げることかもしれません。そ
れは人それぞれです。「これ」といった答えはありません。
 人生の役割や使命はみずからが見つけ出すもので、私にできるのはそのヒントとな
る言葉を贈ることぐらいです。

 元気なときや物事がうまくいっているときに、自分の役割や使命について考えるこ
は少ないでしよう。何故なら考えなくてもうまく生きていけるからです。
 ところが大病を患ったり大きな困難に直面したりすると、生き方に迷いが生じます。
いままでの人生を振り返って嘆いたり、これからの人生を憂いたりします。
 人は目的を失うと弱くなります。生きる意味を見失うともろくなります。
 その反対に人生の役割や自分だけの使命を見付けた人の寿命なんて本人次第でなん
とかなる」ことを確信させられる出来事に幾度となく邁進しました。

 がん哲学外来に来られた患者さんは、言葉の処方箋によって一様に元気になって帰
られます。自分の中に何か光を見付けたような清々しい顔になって会場を後にされま
す。これまで、がん哲学外来に来られたときよりも悪くなって帰られた方はいません。
副作用ゼロの言葉の処方箋です。

 行ていれば、嫌いなことやつらいことや困ったことの一つや二つはあるでしようし、
病気にはなっていなくなくても、それよりも大変な出来事に直面することだってあるで
しよう。
 そのようなとき、本書で紹介している言葉の処方箋を思い出して下さい。言葉を持
てるとその言葉を軸に物事が考えられるようになります。

 私達は「よい言葉」を持つことでいまよりもずっと楽に生きられるようになります。
その言葉を軸にして物事がプラスに考えられるようになります。
 どの言葉があなたに効くかはわかりませんが、きっと一つや二つはあなたの心に作
用して、人生をよりよい方向に導いてくれるでしよう。

 あなたには、あなたにしかできないことが必ずあります。それは多くの場合、自分
以外のものに目を向けることで見つかります。
 明日はこの世を去るとしても、今日の花に水をあげて下さい。

 目  次

1章 人生の役割をまっとうするまで人は死なない
   ・2時間で終わった命にも役割がある
   ・自分の人生の所を知る
   ・「あれもこれも」より「これしかない」で生きる
   ・人生は1周遅れぐらいがちょうどいい
   ・ダメなところを認めれば、何ができるかわかる
   ・「何をするか」よりも、「どうあるか」
   ・人と比べるから悩みが生まれる
   ・頂上は一つ。しかし、そこに至る道はいくつもある

2章 自分の人生を贈り物にする
   ・明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい
   ・いい人生だったか、悪い人生だったかは、最後の5年間で決まる
   ・自分のことを考えるのは日に1時間もあればいい
   ・命は自分の所有物ではなく、与えられたもの
   ・60代になって自分のことばかり考えていたら恥と思え
   ・犠牲を払って他人のために何かをする
   ・ユ-モアを大切に、あなたをもっと大切に
   ・偉大なお節介ならだれも困らない

3章 本当に大切なものはゴミ箱の中にある
   ・本当にいいものは取るに足らないものの中にある
   ・全力を尽くして心の中で「そっと」心配する
   ・心と心で対話すれば、どんな人でも笑顔になる
   ・どんなにお金がなくても言葉は贈れる
   ・自分の人生に期待しない人生から期待されていると考える
   ・偉大なものの源流は、驚くほど小さい

4章 命に期限はありません
   ・死ぬのは確実、いつ死ぬかは確率
   ・たいてのことはただ放っておけばいい
   ・「なぜか」はわからなくても
   ・「どうすればいいか」はわかる
   ・生ける魚は水流に逆らう
   ・人は苦しみながらがんばる姿に感動する
   ・やっぱり最後は人間同士のふれあいが必要
   ・仕事の他にもう一つ自分の好きなことをやる
   ・病気になっても病人ではない
   
5章 最後に残るものは、人とのつながり
   ・集団の中でははじめて「自分」がわかる
   ・一人になることを忘れない
   ・あなたのことを想ってくれる人が、世の中に一人はいる
   ・相手が問違っていても否定しない
   ・誰かを3分間ほめつづけられるか
   ・まず目の前の人を大切に思う
   ・人からの嫌みは、ノミの一刺しに過ぎない
   ・愛をことさら起こすなかれ
   ・本当に正しい言葉は人を傷つけたりしない
   ・出会いが人を階段を上がったかのように成長させる

6章 小さな習慣で心が豊かになる
   ・「いい」と思うことは人に相談せずにやる
   ・難しいことはみんなでやる
   ・日々の出来事を丁寧に観察する
   ・経験よりも読書から学ぶことが多い
   ・歯をくいしばって人をほめる
   ・空っぽで、気楽に立ち寄れる場所をつくる
   ・忙しいそうにしていると、人は心を開かない
   ・人生に疲れたらお墓に行くといい

ブログのコメント

    この本の著者は、8月初旬の民法テレビにゲストとして出演され、この本の出版を
   知りました。この細かな目次だけの言葉だけでも、いろいろと示唆に富んでいて教訓とな
   ります。昨年に出版された本ですから、本屋さんにあると思います。 Y・O

コメント

老いるということ・・・黒井千次 (76) 最終回

2016-08-15 08:45:00 | 老いの森
老いるということ・・・黒井千次著 (76)最終回  (75)からのつづき

 第14章 老いのまとめ

 理想の老い

  では今日における老いの理想とはいかなるのか。
  ぽっくりは死の理想形なのだから別として、元気な老人とか、生涯青春とかいうこと
 になるのでしようか。そこに老人を励ます掛け声としての意義はみとめられますが、そ
 れが理想の老いの表現であるとは思えません。その掛け声の基本にあるのは老いを拒絶
 する姿勢です。老いを排除し、老いを視野の外に追いやって、かわりに若い日への幻想
 を持ち込むことにしかならない。せいぜいが、老いの訪れを妨げ、それの到来を少しで
 も遅らせようとする願望の声としか響かぬのではないでしようか。

  拒絶しても、否定しても、否応なく老いはやって来ます。それは人が死ぬのと同じく、
 避けられない事態です。人の死を否定することが叶わぬなら、老いもまた受け入れざる
 を得ません。だからこそ、「まことの老年」が希求され、「きれいな年寄り」が目指さ
 れる。回避したり、無視したりできるものの中に人が理想を求めるとは考えられないで
 しよう。

  理想の老いが望まれるには、何よりもまず老いが肯定され、受け入れられねばならな
 い。私は老いた、と自覚することは、私はまだ若い、と思うことより遥かに真摯な自己
 認識です。そして次に、ではいかに老い続けるか、という問いの前に立たされる。そこ
 ではたと気づくのです。この問には果たして答えがあるのだろうか、と-----。身を寄
 せて進むべき目標、目指すべき暮らしの形はどこを探せば見出せるのか、と----。

  繰り返し述べて来たように、今日の日常生活の中でそれを探し当てるのは至難です。
 手がかりとなる老いの確かな形式は消滅し、島崎藤村が可能性の一端として考えようと
 した孫の存在さえ、家族形態の変化、たとえば核家族化の普遍化によって老年の日々の
 暮らしから遠ざけられている。家系の中に位置づけられていた祖父母の座は支えを失い、
 権威も残らず、今や介護の対象としての存在に化しつつある。つまり老いの理想や形式
 が検討だけではなく、老いの主体性そのものが見失われつつある現状です。

  それならいっそ、全部をひっくりるめて認めてしまったらどうか、という気がします。
 自分が老いたこと、しかも老い続けていること、暮らしを処すべき定めがない老いの形式
 も見つからず、まして老いの規模や理想など見出すべくもないこと、その上なおも老いの
 歳月は寿命の延長によってじりじりと引き延ばされて行く微候を示していること---。

  そういった一切を受け入れて目を閉じた時、静まり返った闇のかなたから何かが聞こ
 えて来ることはないでしようか。音ともいえぬ微かな音、声ともいえぬ仄かな声が身に
 伝わって来ることはないでしようか。高く叫ぶのではなく、低く脅すのでもなく、諦め
 たように呟くのでもなければ苛立たしげに聴くのでもない。ほとんど人の息の気配にも
 似た何かがどこかで蠢(うごめ)いている。

 老いの贈り物

  もしかしたら、それは自然が長い時間をかけて育んで来た老いの声ではないかと思う
 のです。老いた者だけに聞こえる老いの声、久しく生きて来た者だけに届く老いの物音。
 
  ただ、多くの歳月を時間として積み重ねて来た、というだけでは、その静かな声や穏
 やかな物音には触れられないでしよう。老いへと進む一瞬一瞬を、それこそじたばたと
 思い惑い、足を外したり転んだりしながらもひたすらに生きた歳月となしえた者だけが、
 ようやく老いの贈り物を手にすることが出来るのだ、と思うのです。

  贈り物は美しく輝いたり、甘く香ったりするものばかりではありません。中には苦い
 後悔や辛い記憶もはいっているでしよう。若い日には受け取ることの難しかったそれら
 の品々を、黙って掌にのせることのできるのが老年の手なのです。少し震えたり、染み
 が浮いたり、皺が寄ったりしていても、若い頃には持つことのできなかった大きな手な
のです。

  老いるということは、どこかに到達することではなく、延々と老い続けることであり、
 老い続けるとは生き続ける他なりません。したがって、その各瞬間は老いる前と少しも
 変わらない。違うとしたら、各瞬間の下に無数の瞬間が分厚く堆積している点だけでし
よう。

  そして積み重なったその瞬間の層が経験として身の内に生き続けているのですから、
 老いの一瞬は若い日に比して比べ物にならぬほど豊かなものである筈です。人間の生に
 とって、大きくて、広くて、深い領域へと進む可能性を秘めているのが老いの世界では.
 ないでしようか。老いるとは、その領域に向けて一人一人が自分の歩幅で一歩一歩足を
 前に出すことであるに違いありません。


ブログ主

  約80日間76回で「老いるということ・・・黒井千次著」の写本が終りました。
 これらを通じて私が強く思ったことは次のような考え方です。
 
 1、誰もが老人になること。至極当たり前のことです。其の上で。
 2、老年期が長い期間と度々述べられています。確かにそのようですが、その老年期を
  もっと細かく3ランク程度に区切って見てはどうだろうか。そうすると、長い老年期
  という考え方がまたく違ったものになってきます。
 3、そして、70歳から10年毎にやるべきこと、やれるべきことの目標を立ててそれに
  静かな姿勢で着実にこなしていく。この目標は達成することが第一義ではなく、それに
  向かって取り組んで行く姿勢が大事です。
 4、最後の終末については、自らの意志では何ともならないと考えて、あえて、どういう
  死に方をしたいとかについて描こうとしないこと。「自ずから然り」でなるようになる
  だろうという意識が大切だと考えます。

  このように、71歳で大病を患ったお蔭で、老年との認識も少しは身に付き、そのこ
 とを考える一つの手段として、この写本作業をやってみました。だからと云って老年に
 ついて申告に思い悩んでいることではありません。自覚する素材を提供して頂いたと感
 謝しています。また、何かの思い付きや閃きにより新たなテ-マを見付け試みたいと思
 っています。
                                    Y・O
コメント

老いるということ・・・黒井千次 (75)

2016-08-14 08:21:13 | 老いの森
老いるということ・・・黒井千次著 (74) からのつづき

第14章 (最終章) 老いのまとめ

 観念・予感・日常

  老いは過去からの連続であると同時に、完了形として認識される静的なものはない、
 という点にも注目しなければなりません。芥川龍之介や太宰治の初期作品の場合には、
 それが20代の若さで書かれた故に、老いは生の完了形に近いものとして表現されま
 した。つまりもうその先がない人間の姿です。生涯を巨視的に捉えれば確かにそうで
 あるかもしれない。客観的に見れば残された時間は短い。しかし老いるとは生き続け
 ることなのですから、一瞬一瞬は若い日と変わることなく身の内を過ぎて行く筈です。
 老いの現場報告はさまざまな形でその事実を伝えています。

  老いは過去とは切断された時間ではないと同時に、また現在進行形の時間でもある。
 芥川龍之介の「老年」や太宰治の「晩年」に描かれた老人達がなおも死ぬことなく生
 き続ける時間が舞台を形成し、そのステ-ジに「ドランビング・ミス・ディジ-」や
 「八月の鯨」や耕治人の小説や伊藤信吉の老年詩集に扱われた人物達が登場する。そ
 こに見られるのは終わることのない現在進行形は永遠に続くと言ってもいい。現在進
 行形のまま、人は居なくなって行く。生命の地平で見る限り、若い人と老人も変わる
 ところはない。

  違うとしたら、若い時代には観念として完了形で捉えられていた老年が、50代に
 は予感に変化してその充実が夢みられ、70代を過ぎて日常へと推移する点でしよう。
 日常に達してそこで静止するわけではない。たとえそれが身心の衰えを含む下り坂の
 日常であるとしても、時が停止せぬ限りやはり人は生き続けている。やがて訪れるあ
 ろう死に従に思いを馳せるより、この現在進行形の老いの日常を刻々踏みしめること
 の方により大きな意味があると思われてなりません。

  そして死は、どんな形で訪れたとしても、たとえば親の場合がそうであるように周
 囲の者に必ず貴重なものを残します。人はこんなふうに死んで行くのだ、と身をもっ
 て教えてくれるからです。この教えはキケロ-の語った若い世代への英知の伝達より、
 更に普遍的で重みのあるものでしょう。英知の伝達はそれを持つ人にしか出来なかっ
 たのに対し、死の教えは生命を持った人である限り誰も可能な事業だからです。

  そして老詩人・伊藤信吉が最後の詩集で呟いたように、死については「何しろまあ、
 その年、そこに自分がいない」(「そそくさ師走」、「老世紀界隈で」)のだから、こ
 こではあまりそのことを追求せずに、むしろそこまでの過程に目を凝らすことにした
 いと思います。

  人は自分の意志に関係なく生まれて来るのだし、また自ら選んだケ-スでない限り
 自分の意志に関係なく死んで行くことを考えると、人生の出発と終焉という二大事業
 が本人の意志とは無関係に遂行される事実にあらためて気づきます。そして老いの歳
 月における日常がどれほど自由を奪われ、願望を狭められたとしても、他の時期と同
 様、現在進行形の日々を辿り続けることは生命の義務の如きものなのだ、と思わざる
 を得ません。

 老いの形を喪失した時代

  ここで言う現在進行形とは老いの日常に他なりませんが、本人にとって死がはっき
 りとは見えない限りこの進行形は永遠に続くようなものだ、と述べました。それは老
 いる者に本来宿る主観的事情です。加えて一方には、老年期の長期化という新しい
 客観的事情も生まれています。年数で見ればここ20年で4、5年寿命が延びたという
 程度であるにせよ。高齢さしかかってからの日常における4,5年は、若い頃のよう
 に変化に富んだものではないのですからだものではないのですから一層長いものであ
 るに違いない。そうだとしたら、老い続ける人々は、主観的にも、客観的にも、長い
 老年期を過ごすことになる。

  更に加えて、かつては存在したと思われる老いの形の喪失といった事態も起こって
 います。老年とはこのようなものであり、こんなふうに歳を取って行けばいいのだ、
 という認識がいつのころからか薄れてしまった。芥川龍之介や太宰治が若くして老年
 の人物を描き得たのは、もし実際にそのような人がどこかにいたのだとしても、老年
 とはかくの如きものだ、との認識が書き進める筆を支えてくれていたからではないで
 しようか。

  島崎藤村が予感と願望の中で理想の老いを追い求め、「自分もほんとうに歳をとり
 たいものだ」と念じ、「まことの老年」に達したいと望んだ時も、はっきりとした姿
 形までは見えないまでも、理想の老年像というものは存在するという信念を抱いてい
 た。ある意味では「楢山節考」のおりんは、凛として老いの理想に図ん殉ずる人物で
 あった、とも言えましよう。そうなるためには老いの形式が整えられねばならならず、
 丈夫な揃った歯は「きれいな年寄り」に適さぬものとして石臼の縁にぶつけてでも欠
 かねばならなかった。

  としたら、理想として思い描かれる老年とは、藤村の頭にあったものとはやや異な
 っていたのかもしれない。理想とはそれだけの犠牲を払わねば得られぬ辛いものだと
 も言える。

  しかしいずれにしても、「まことの老年」「きれいな年寄り」の像がかつて存在し
 たことだけは確かでしよう。やや倫理的迫力には欠けるものの、楽隠居とか枯淡の境
 地とか呼ばれるものも老いの理想の一部に含まれていたと考えられます。


ブログ主

  私の父が私が4歳の時に亡くなったため、母親は朝から夜遅くまで働いて子供三人
 と祖母の生活を支えてくれたのことは前にも述べたことですが、それにより、私は祖
 母と接する機会が多くありました。確か中学2年性の時に学校の行事があった日に家
 に帰ると、祖母が一人横になって寝ておりました。その内に口から泡を吹きながら苦
 しむ姿を目のあたりにしてどうしていいか、狼狽えて水を飲ませたの医者を手配する
 ことも出来ず、ただおろおろと祖母が皮層に思うだけであったと思います。
  
  それから祖母はまもなく亡くなったのですが、祖母の死に目に中学2年生といえば、
 12か13歳ですがまるで3歳か4、5歳程度の子供であったのではないかと、情けなく
、祖母に何もしてあげられなかったことが申し訳なく、この70歳を超えた現在でもそ
 の思いは消えることはありません。
  祖母の死を看取るというような形ではなく、ただ狼狽えていたと思います。私は祖
 母に育てられたと思っているほど、母親との振り愛の感触が思い出せません。

  現代は自宅ではなく、ほとんどの方は病院か施設で亡くなるために、子供や孫達が
 人の死に目に遭遇する機会がほとんど得られないと言われています。人間の生死の状
 態が掴めず、死についての感触というか有様を経験することができにくくなっていま
 す。このことが決していいことではないような気もいたしますが、老年になって初め
 てぼやけていた思いが少し意識できるようになって来たように感じることがあります。

  自らで生死の時期を望めない定めであるならば、「自ずから然り」で死について心
 暗く考えることではなく、「いつでもこい」という位の思いを持ちたい。
  
  尚、次回の76回で、この一冊の書物の全文は完了できる予定です。 Y・O  
コメント

老いるということ・・・黒井千次 (74)

2016-08-13 08:25:17 | 老いの森
老いるということ・・・黒井千次著 (74)  (73)からのつづき

 第14章 (最終章) 老いのまとめ

 過去とのつながり

  これまで13章にわたり、老いるとはどういうことか、その中にいかなる意味が隠さ
 れているか、を探ろうとして来ました。

  この大きなテ-マに迫る手がかりとして、紀元前44年に書かれたとされるキケロ-
 の対話篇「老年について」から2001年に刊行された伊藤信吉の詩集「老世紀界隈で」
 に至るまで、14人の先達の様々な分野の作品を取り上げて考えを進めました。

  対象の選択については、今日でも比較的接しやすいものであることを心がけたため、
 取り上げ方にはいささか恣意的な面があるかもしれない。恣意的というなら、その条件
 のみとで、老いつつあるこちらが刺激を受け、興味を掻き立てられ、感動を呼び起こさ
 れた作品のみを出したことに、より大きな原因があるかもしれません。しかし刺激や感
 動を抜きにして何かを学ぶことが出来るとは考えられない。学ぶとは、徒に知識を詰め
 込むことではなく、その中に自分にとっての実験の課題を見出すことではないでしよう
 か。

  そんなふうにして進めて来た模索は、初めから体系的な思考を目指してはいないため、
 各章で述べた内容は比較的独立したものとなり、擦れ違ったり、ぶつかり合ったりして
 統一を欠く憾(うら)みがあるように思われまい。しかし、老いの主題に一つの明確な
 結論を求めるわけにはいきますまい。老いは多面的であり、謎を秘め、容易には正体を
 掴みがたいからです。

  そこで、これまで進めて来た作業の過程を振り返り、その中で呼応し響き会う声や言
 葉を拾い出し、いわば模索を束ねるというほどの意味で、全体のまとめを試みることに
 します。

  老いを主題にした対話篇・エッセイ・評価・随筆・小説・詩・戯曲・映画などに触れ
 て最も感じるのは、老年とは他とは切り離され、そこだけ孤立した時間ではない、とい
 う点です。老年のみを取り出して検討してもあまり生きた議論にはならない。老いるこ
 とに対して楽観的な姿勢を示すキケロ-の「老年について」から、痛苦に充ちた耕治人
 の晩年三部作までを見渡しても、そこには常に過去の自分との深いつながりが見出せま
 す。E・Mフォ-スタ-の「老年について」から映画「八月の鯨」までを眺めても、やは
 り過去との関りが強く意識されている。

  つまり、老いはある日突然に訪れるものではなく、そこまで生きて来た結果として人
 の前に徐々に姿を現すのです。としたら、そこで慌てて老いについて考えようとしたり、
 いかに対処するかに悩んでも本当は手遅れかもしれない。このことは、一方では、老い
 は老年の課題であるというよりむしろ若い日の宿題である、という事実を示します。た
 だ宿題の提出期限があまりに先なので若い頃はまだ本気でそれに取り組む気になれな
 かったり、つい忘れてしまったりするのでしよう。子供の頃の夏休みの宿題に似ていま
 す。その提出の期限ぎりぎりになってあたふたと机に向かうような焦りが、昨今の老年
 論の溢れ返りの中にちらほら見えるような気がします。

  またもう一方には、老いがそれだけ深く過去と繋がっているのなら、老いの一般論な
 るものは容易に成り立たないことを教えられます。老いとはこういうものであり、老い
 ることにはこんな意味がある、と論じてみたところで、各人のそこまで生きて来た時間
 はあまりに多様であり、道程も多岐にわたる故に、老い続ける誰にとってもその先の糧
 となるような考え方を提起するのはほとんど不可能であると思われます。むしろ、老い
 の一般論などというものはないと断定するところから、自分自身の固有の老いへの独自
 の模索が始まるのではないか。

  14人の先人の示したものは老いへの道案内ではなく、各人の模索や試行の現場報告
 であったのだ、との印象が強く残ります。それは垂訓というより、むしろ老いの探究へ
 の素材の提供として受け取るべきでしよう。各人各様の老いの探索が進められる中で、
 今からでは間に合わなないという後悔がもし生まれたとしても、それは最早諦めるしか
 ないでしよう。そんな諦念さえ受け入れられるゆったりとしても、それは実は諦めるし
 かないでしよう。そんな諦念さえ受け入れられるゆったりとした器が老年の中に隠され
 ているのではありますまいか。


ブログ主

  この「老いのまとめ」での要点は。
 1、老年とは、過去と切り離せない・・・過去とのつながりが強いこと。
 2、老いは多面的かつ多様なものである。・・・誰一人として同じ老年の在り方を経験
   することはない。自分の老年の在り方を模索しなければならない。
 3.そして、今まで述べられて来た14人の先人に限らず、先人達の経験の教えは、私達
  が模索や試行するの現場報告であること。探究への素材の提供であること。
 4、最後に、過去からの継続性で確立する老年期であるので、最早や手遅れである事も
  多々発生してくるが、それらは諦めるしかなく、その諦める諦念さえ受け入れられる
  のが老年でもあること。

  確かに若い時から人生計画を大雑把でも立てて、それを一つ一つ着実にこなして行く
 人生が大切なことでありますが、あまり、計画に囚われるあまり、たまには横道に逸れ
 た日々も捨てきれない気分であったことは、自分のこれまでに日々を振り返って見る時
 後悔したり悔いることはほとんどなかったように思っている。つまり、これまでの日々
 は大変運が良かったし、いろいろな方に助けて頂いたり、陰ながら思っていただいた方
 も少なくないように感じ、有難い気持ちと感謝の思いで満たされています。

  そうでありますから、これから遺された日々をお世話なった方に直接恩返しが叶わな
 いけれども、少しでも他の方に間接的にでも些細なことでも可能であり、そのようなご
 縁があれば努めて行きたい。それが私の老年期の生き方にしたいものだと心に秘めてお
 ります。 Y・O  
コメント

老いるということ・・・黒井千次 (73)  

2016-08-12 08:11:00 | 花と樹木
老いるということ・・・黒井千次著 (73) (72)からのつづき

 第13章 老いの温もり
        ----萩原朔太郎のエッセイと伊藤信吉の老年詩集から

 私のイヤリング

   最後に一遍だけ、詩の全文を引用します。作中には、差別表現とされる言葉があり
  ますが、差別や偏見を助長する意図で用いているものではなく、むしろ伊藤信吉の自
  己描写における穏やかなユ-モアの精神が感じられます。そんな詩にどのような老い
  が生きているかを味わっていただけると幸せです。



    居ます。すこしツンボ

    この九文字を
    小さい紙片に書きつけて。
    入口の扉に貼ってはや十年になる。

    効果覿面(こうかてきめん)
    郵便小包み、宅配便とも
    まずは、つつがなく
    届く。

    そうして。
    「今時ツンボなんて言いません。
     難聴です。」
    と。蒙をひらかれたが。

    でも。
    聾(つんぼ)でも、
    難聴でも。

    閉じたその耳を開こうとすると。
    事が、いささか
    重ったるくなる。
    補聴器は小型ほど精密構造だから高価(たか)いんだ。

    ところで。
    ともかくも
    自称現代老人はちょっとしゃれて。
    それを、
    <私のイヤリング>といって愛称してる。

    補聴器って重ったるい語音をすり抜け。
    この方が
    ずっと耳通しいい気分だ。

    とは言っても。
    街の雑踏にまぎれ歩きながら、いつも 
    気をつけている。

    この前失くして
    懲りた。
    およそ15万円ぐらい両耳してるわけ。
    
    同じ耳ながら、
    携帯電話はひどく安い。
    しかも難聴とあべこべ、
    ひっきりなし何かを聴いてしゃべってる。

    おや、
    私も聞いた。
    補聴器耳型(キャナル)造成費にかけるケチな消費税なんぞ、
    廃止って。

    違うよ。
    そんなの、
    空耳だよ。 


ブログ主

     耳が遠くなっても、目が見えにくくなっても、道具を使って補えることが
    出来る時代になりました。私も、このブログを打つときには、拡大鏡を片手
    に持ちもう一方で書物のペ-ジをめくったり、抑えたりしながら、キ-を打
    っています。
     眼鏡を三回も作り替えましたが自分の目には合わずじまいです。挙句の果
    てに眼科に行って下さいと、紹介状まで頂きながら、あれから十年が過ぎま
    した。どうやら白内障らしく、どなたに聞いても、手術は簡単におわりますよ。
    と、言われておりながら病院嫌いのこの有様です。
     そろそろ観念時だと思っていますが、いつ決断できるか未定です。耳はまだ
    補聴器の必要はなく、八・九割程度は普通の生活が出来ているのではないだろ
    うか。 Y・O 
     
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