森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

神様が持たせてくれた弁当箱 [11] 第2章 自分の役割を知る人が成功できる その2

2018-03-14 08:00:38 | 神様が持たせてくれた弁当箱




                

                   耐えに耐え 水分落し 春を待つ リスやキツネの 雑木林や

               





                神様が持たせてくれた弁当箱 [11]
                            岡本彰夫著

                第2章 自分の役割を知る人が成功できる

                その2 尊いものを粗末に扱う人は 天から責めを受けます

                    ○長命の相あるとも、水を無用につかい費やすものは、長命というべからず。

                   小さい頃、家の都合で、しばらく京都の金閣寺の近くで暮したことがあります。
                 昭和30年代の話です。
                   その仮住まいから少し離れたところに銭湯があり、よく祖母や母に連れられて
                 出かけていました。遅い時刻に参りますと、女湯の浴槽の奥に設けられた小さな潜
                 り戸から、髪を後ろで結い上げた初老の御婦人が出てこられるのを見かけました。
                   そのご婦人は、湯船の角に片肘を立てて座られると、まず木桶で湯船のお湯を    
                 汲み上げ、掛かり湯をするのではなく、そのまま木桶を両手で頭上に掲げ、それか
                 らソッとお湯を湯船に戻されるのです。さらにご婦人は、同じ所作を三度行い、四
                 度目にようやく掛かり湯をされ、湯船に入られるのでした。
                
                   そんな姿を何度か目撃した私は、あるとき祖母に尋ねました。「あのオバァち
                 ゃん、なんであんなことしたはるの」すると祖母は、自分も不思議に思ったので、
                 勇気を出してお訪ねしたというのです。ご婦人はこの戦闘の奥さんでした。そして
                「風呂屋と申しまんのは、尊いお水を垢でで汚して、毎日毎日生活してごはんをいた
                 だいとります。水のご恩をお返せしまへんのや。昔から風呂屋で出世したウチはな
                 いのどす。それで、毎晩仕舞湯にこうしてお湯を頂いてナァ、お礼申しとりますの        
                 んや」そう話されたといいます。

                   後年、人づてにこのご粉塵のことを聞き及んだところでは、息子さんはみなさ
                 んお医者さんになられ、銭湯は閉じられましたが、たいそうお幸せな老後を送られ
                 たということでした。ご婦人には、尊い水を汚しているという字かくがありました。
                 何事も、そうと知りつつやっている者は、常に反省を持って臨んでいます。そんな
                 心が、きっと神様からお褒めにあずかり、お蔭をいただかれたのでしよう。

                   かつて、民俗学者で地理学者でもある千葉徳璽先生が研究された「狩猟伝承研
                 究」という大著を拝見したことがあります。東北地方で、昔ながらの方法を用いて
                 狩猟をする集団を「マタギ」といいます。彼らは、自らの獲った動物を解体すると
                 き、お詫びをしながら、また成仏してくれることを祈りながら行い、いただいた肉
                 や皮を無駄にしないことを約束するそうです。

                   お金を頂戴するということは、すべての責めを負うという覚悟が必要です。お
                 金をいただいたからには、その責任を取らなければならないのです。
                   すべてにおいて、人には務めがあります。取る物を撮るなら、なすべきことを
                 なさねばなりません。取るだけ取ってなさぬなら、天からその責めを負わされると
                 いうことになるのです。

                       お金をいただくということは
                       責任を取るということ

                           何事も、常に反省を持って臨む
                                               その2 おわり





森林を伐採する時には、お酒や塩で伐採する樹木の廻りに切らせていただきますと、
                儀式が行われます。このことは家庭の樹木を伸びすぎたので切ってしまう場合もそのよ
                うにして、お酒で清めるといいますか、お許しをいただくという儀式があります。

                  国道を車で走っていると、車道の端に大木がそのまま存在しているところがありま
                す。話によりますと、道路をつくるのにこの大木を切らなければ道路が変則的になって
                しまうので、切る作業をしているとどうしても作業者に災いが降りかかってなかなか切
                ることができず、そのまま放置したまま道路を整備したものです。
 
                  このことは樹木は勿論生き物ですから、礼を尽くさなければならないのは、動物の
                場合と同じです。人間が他の動植物を蔑にしてよいはずがありません。

                  「お金をいただくことは、責任を取るということ」と云われていますが、お金だけ
                でなく、物もお金と同様の敬虔な態度が必要だと思います。物とお金は対等に尊いもの
                だと思うからです。 0
   
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