森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

生きる目的とは・・・生ききった満足とは

2016-03-12 13:43:33 | 思うまま
 「「われわれは何によって生きているのか」この問は、思索する能力を備わった時から
今日に至るまで、問い続けられている根源的な命題だ。これまで哲学者や宗教家を始め幾多の
いや誰しも問うている重要課題でありましよう。
 世界的に優れた人材を輩出しているある大学の卒業者を長年にわたり調査した結果によると、
職業的、金銭的に大成功を収め傍目にも羨まれていることと、裏腹に驚くほど多くの方が不幸と
感じているという。それは、職業的、金銭的な活動に偏った価値観が老齢期に近づくに伴い利己
主義的な態度を生み、ひいては、真の幸福感を至る道筋を妨げることになっている。というのである。
 
 人として生きる目的は何かが問われるのでありますが、ある偉人は「他人のために捧げられた人生だけが
価値があるのだ」といい、さらに「自分の人生が意味あるものかどうかを知りたいと思うなら次のように自ら
に問えばいい」・・・つまり「自分が生きたことによって、より多くの愛がこの世にもたらされただろうか」と。
これらの表現・言い回しにどうもスト-ンと入ってこない。それは「愛」という我が国において戦後よく使われる
ようになってきた。小説や歌謡曲を通して。しかしまだ私にはこの「愛」という言葉に未だになじめないでいる。
自分は果たして、どれだけ他人に愛を人生にもたらすことができたのであろうか。自己愛、家族愛、親子愛、夫婦愛、
男女の愛など何一つとして満足に捧げたものは無い。自分は全くの利己主義かと思うほかないのである。
 このブログで度々使っている「物のあわれ」この感情について特に意識しすぎるほどであるが、このいろいろな意味を
含んだ言葉、感情こそが日本人の心の拠りどころととして読み替えされるべきだと思っています。
 私たちは、人間としてこの社会に存在している限り、職業的にも金銭的においても生きる重要な目的としな
ければ社会全体が成りゆかなくなってきている現代社会おいては、たった数十年前に入ってきた精神・感情
表現はとても習熟しているとは思えない。やはり、わが国特有の精神を基本として学び直す必要があるだろう。

 「物のあわれ」には、哀れの中に生きがいも、わびしさも、楽しさも、寂しさも、いろいろな意味が含有
されており、このような感情を精神として「世と人にあわれを感じつつ生きて行く」ことが、一つの目的でも
あると思う。言葉数を多くすればするほどその意味合いの焦点が定まらなくなってくるように思うので、ここでは
多弁を慎むこととします。

 全くテ-マが違いますが、本日の午前中に地域の福祉会館で開催された「つながるコンサ-ト・・・
魅惑のシャンソンとタンゴ」を2月に前売り券を求めていたので何十年ぶりに生のコンサ-トに行ってきました。
タンゴといえば、54年前に思い出深くいまでも忘れられない曲である「真珠とりのタンゴ」で今日までタンゴ
フアッンになっている。あのシャッキ・シャッキとしたリズムが好きである。そのタンゴという文字に引かれて
聞きに行ったのです。やはり例え素人の演奏者であったけれども私の耳ではプロと比べても何ら遜色のない素晴ら
しいコンサ-トに満足でした。
 この演奏会には、アコ-ディオンが中心でバイオリン、ピアノ、そして民謡では尺八の音(ねいろ)も楽しむことができた。
これらの演奏者の皆さんは本当によく練習されておられるようで、感心し200名の観客に感動を与えてくれた。
このことは、世のため人のための活動してやっておられるの姿に敬意を表したい。また、200名の人達が熱心に
聞きほれている姿を見て、演奏者もきっとやりがいを感じたに違いないと思う。決して、一方だけのことではなく、
相互に影響されていい結果になって行くものと思うのです。

 私は18歳から社会人となって71歳の今日までに20回以上の引っ越しをしてきた。そのために、それぞれの地域との
繋がりがとぎれとぎれになってしまい、ご近所に親しい友人がいない。現在の住まいもまだ一年も経過しておらず、
これからご近所さんとの人間関係を構築しなければと思っている。その一つとして本日のコンサ-トへの出席となったのです。
来月からは老人会にも参加したいとすでに申し込みをするなどして、老人の孤独や悲哀を感じることをなるべく少なくしたい。
その思いから、いろいろと地域の情報を集めて計画を立てている。70歳を過ぎてからではほんとうは遅すぎるかも知れないと
思うことなく出来る限り楽しみを求めて努めたいと考えている。
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2 コメント

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70歳 (風美)
2016-03-13 13:21:38
70歳句を迎えると、ここまでよく生かされてきたことに感謝します。
あとわずか、一日一日を大切に過ごしたいとおもいます。
エデンの園えようこそ、の由来ですがエデンの園は。遠くの国に或のではなく自分の住んでいる所に或のではないかと思うのです。
四季の花々も咲いてくれますし、小鳥もスズメ、鳩、鶯、ヒヨドリ、カラス、ムクドリ
等、見ることができます。
それに、四季の食材、私は特に料理に得点を置いています。
毎日美味しく頂ける事に感謝しています。
関西の出汁ですが、やはり昆布と鰹ぶしです、旨みがでます。
塩分を少しにしても美味しいです。
シャングリラの森、北の大地にエデンの園を築いて下さい。
風美様へ (シャングリラの森)
2016-03-14 10:54:30
コメントありがとうございます。
自分の身近なところに理想卿を求められる。
それがエデンの園であるのですね。素晴らしいと思います。
私のシャングリラの森も当初は、桃源郷という
副くタイトルで広報していましたが、男という代物は
いろいろと解釈するもので、最近は使用しておりません。
思いはエデンの園と同じです。女性らしい良いネイミングだと思います。
料理には強い関心があるわけではありませんが、
食は生きるための基本ですから、関西出身者の
一人として、カツオ節や昆布だしを多く使用した
料理に挑戦してゆきたいと思います。
昆布は北海道産が主流ですから、大いに
利用していきます。いろいろな料理をエデンの園で
紹介してください。
是非これからも長く続けられることを願っていす。

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