森にようこそ・・・シャングリラの森

森に入って、森林浴間をしながら、下草刈りをしていると、自然と一体感が沸いてきます。うぐいすなど小鳥たちと会話が楽しいです

神様が持たせてくれた弁当箱 [15] 自分の役割を知る人が成功 その6

2018-03-18 08:37:55 | 神様が持たせてくれた弁当箱


               



                 

                    17日の朝には10㎝の積雪がありました。折角溶けた歩道も再び雪の上を歩いています。

                     まだ脱げぬ 三寒四温 寒い朝 身をちじめてる 春咲く蕾  




                神様が持たせてくれた弁当箱 [15
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                           岡本彰夫著

                第2章 自分の役割を知る人が成功

                その6 友や環境は自分の生き様を変えます
                  
                    ○心は方円の器に従う、宜しき人にまじわれば自ら宜しくなる。

                  「心はコロコロ」といいます。心ほど変わりやすく、そとして難しい存在はありません。
                   体の病は薬で治ります。しかし、心の病を治すには時間がかかります。
                   古い道歌(道徳歌)にも、

                     移りゆく 始め終わりや白雲の あやしきものは 心なりけり

                   とあります。これは、「常に心は変わるもの。どこで変わって、どこで戻るのかわから
                 ない。心の仕業だけは予測がつかない」という意味の歌です。
                   心は水と一緒で、丸い器に入れれば丸くなり、四角い器に入れれば、四角くもなります。
                 つまり、良い心の人と交われば心も清くなりますが、邪まな考え方をする人や、邪推をする
                 人と常々交わっていれば、自分の心も邪悪に満ちたものになるということです。
    
                   ですから、友と環境は選ばなくてはなりません。昔から、高位高官の人と常に交わって
                 いれば、心は自ら高ぶって頭も高くなるといわれています。
                   普段から腰を低くして人と交わっていかねばならない商人が、もしも横柄な態度で人に
                 接したら自ら職を全うすることはできないでしよう。商売人でなくとも、横柄な人は他人か
                 ら疎んじられます。

                   大切なのは、自分の本来あるべき姿は何なのか、ということです。
                   特に人からお金をもらて生計を立てている仕事は、何であれプロでなくてはなりません。
                   神主でもそうです。人さまから浄財を頂いて身を立てているのですから、いつでも神前
                 で御用が叶うよう、常に精進しておかなければなりません。普段が肝心なのです。
                   また、運転手さんは分店主さんらしく、いつも安全運転を心掛けなければなりません。
                 お客さんの命をあずかって目的地まで運ぶのですから、途中で眠くなったり、体に異常を来
                 したりせぬよう。プロとしてそれぞれの道のプロなのですから、その仕事にふさわしい知性
                 と教養、そして慈愛ある心を持ってもらいたいものです。

                   とはいえ、一朝一夕でプロにになれるわけではありません。日々の鍛錬を長年続けるこ
                 とが必要です。普通の人にない技術を持つからこそ、人に信頼され、任されもするのです。
                 そして、その代償として生活が保障され、人からも一目おかれる存在となるのです。

                   鎌倉時代の高僧・明恵上人は、「あるべきやうは」と申されました。人のあるべき姿と
                 は、そして、人とへの対処の仕方とは、本来その人の「なすべきこと」の上に立っていなけ
                 ればならないということです。

                   人は事業に成功し、仕事がうまく行き出すと、地位と名誉がほしくなるものです。地位
                 や名誉のある人に接近わはかるのも、そんな心の現れです。そして「誰さんと食事をした」
                 とか、「誰々にと心やすい」「誰さんなら電話をしてやろう」「誰さんなら頼み事をしてや
                 ろう」などと、周囲の人に自分の交友関係を自慢することは、そざかし快感でありましよう。
                   しかし、そんな世界に慣れてしまえば、気位が高くなり、人様に頭を下げられなくなっ
                 てしまうのではないでしようか。
                   すべての事や物は、その始まり、そのもとをしっかり把握していないと道を誤ります。
                 自分の立ち位置もまた然り、ということでしよう。

                   かつて、「垂媛命世紀」(やまとひめのみことせいき)という本に木されています。

                  「元元本本」

                   これは「始めをはじめとし、もとをもととす」と訓みます。
                   何のために何をするのか。何ゆえにどうするのか。立てた誓いは守るべきです。そして
                 どんなときも、目標に向かって邁進していかねばならんというみ教えに他なりません。

                       良い人と交われ、
                       佳い人と磨け

                           どんなときも、目標に向かって突き進む
                                                    その7 おわり




                  「人が環境をつくるのか、あるいは環境が人をつくるのか」という言葉があります。
                 人は環境によって大きく変わってゆくものでもあるし、ある人が加わることによって、
                 その環境ががらりと変わるケ-スもあります。良き環境に所属しつつ、その環境を少
                 しでも自分が参加することにより良い方向に行くように努めなければならないでしよう。

                   良き人とはどのような人を云うのだろうか、どんな行為が道徳にかなっているのか
                 を正しく検証しておかねば、自分はただしい事をいっているのにもまた、しているのに
                 周りの人が賛同して頂けない。ということもあるでしよう。
                   私は一つの目安といいますか、考え方として、「もし、自分と同じ態度を世間中の
                 すべての人がしたとするならば、この世の中うまくすすむかどうか、良き社会となるか
                 どうかということを基準としています。

                   たとえば、風邪気味で歩いている時に、チリ紙で鼻をかんだとします。そのチリ紙
                 を道端に捨てて良いかどうか、少しならいいじゃないかとか、川に捨てるのであれば、
                 いいのではないかと思って投げたとします。もし、この態度をすべての人がやってしま
                 ったら、ただちに、程は汚れ、川は紙で醜い姿になってしまうだろう。

                   やはり、自分だけならいいだろうという自己主義的な態度は慎むべきだと心してい
                 ます。  0
            
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