森にようこそ・・・シャングリラの森

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神様が持たせてくれた弁当箱 [12] 第2章 自分の役割を知る人が成功できる その3

2018-03-15 08:07:38 | 神様が持たせてくれた弁当箱



              

                    人力を 超えた力を 出す道具 手足となりて 我を助ける 

                
                  





              神様が持たせてくれた幸弁当箱 [12]
                          岡本彰夫著

              第2章 自分の役割を知る人が成功

              その3 大切なのは、終わりを見届けることです
                     
                 ○臣の終りを見届けること君の慈悲なり。

                道具が新しいうちは大切に使うのに、古くなるにしたがって粗末な扱いをする
              そんな経験はありませんか。
                誰でも新品は嬉しいものです。しかし使い慣れて古びてくると、邪険な扱いを
              したり、打ち捨ててしまったりします。「トイ・スト-リ-」という映画がありま
              すが、この映画は、そんな「物」の気持ちをよく表しています。

                人間も同様で、若いうちは安い給料で酷使され、挙句の果てに、会社が左前に
              なると、いとも簡単に捨てられます。事実、「若い連中がドンドン入れ替わってく                      
              れると経費が助かるから、役に立つ何人かの役員にのみ優遇を与えて居わらせ、若
              い人は使い捨てる」という経営者を、私も知っています。

                組織とは難しいものです。キラ拇指の如く優秀な人物だけが並んでいても、誰
              もひかりはしないし、逆に競い合い蹴落とし合いがおこってしまいます。
                木材でも、堅いもの、柔らかいものがあってこそ家は建てられるし、互いの材
              料の良さもわかるのです。
                以前、いつも部下や取り巻きが悪いとぼやいている経営者に、私は申し上げた
              ことがあります。「あんまり優秀なヤツばっかりやつたら、アンタ寝首かかれマッ
              セ。ぼんやりした人ばっかりで安心やねただアンタがシンドイだけや(笑)」と。

                さらに、こんなこともありました。

                奈良や京都の紹介番組を制作している、Aという広告会社の話です。
                あるとき、T社の方々がおみえになって、私から聞き採りをされました。その際
              どこかの会社に委ねられて、ライタ-が二人、私の話を二時間にわたって聞いてくだ
              さいました。
                しかし、後日まとめられた原稿を見て私は愕然としました。話の趣旨はまつたく
              ピントがはずれ、何が大切で、何を二の次せねばならないかもまとまっておらず、朱
              を入れようにも入れようがない拙い内容だったのです。
               前にも申し上げたように、お金を取るということはその仕事に責任を持つという
              ことです。私は、そのライタ-がまったく無責任なうえ、雅拙な内容で収入を得てい
              るということが腹立たしく、T社の社員に苦情を呈しました。そのとき、担当の部長
              はこうおっしやるのです。「出入り業者と我々は共同体でする業者を育て上げていく
              のも我々の役目です」と。
                結局、原稿は当日同席され、すべてを聴いていらしたT社の社員が書き直してく
              ださいましたが、こちらは正に当を得た素晴らしい内容で、あらためて私は、業者を
              育てる役目を語られたこの会社に敬意を表しました。
                一方、勤める側にしてみれば、よしんば無事定年まで勤めたにせよ、最後はお荷
              物扱い、邪魔者扱いでは悲しいものです。人間、職を辞するまで、働き甲斐のある仕
              事 をしたいと思います。

                南北先生も「臣の終りを見届けること君の慈悲なり」と述べています。
              功ある者を最後まで見届けてやることが、経営者の慈悲というものです。人を育
              て、大雪にする企業こそ、天の理に適って、老舗への道を歩み出すのでしよう。
                食器などでも同じです。年長く使うほど、器は欠け、割れ、そして使えなくなっ
              てしまいます。しかし、このお皿のお蔭で毎日食事ができたのです。つまり、役に立
              ってくれた音があります。ですから、もうこれ以上使えないとというところまで使っ
              たら、器を砕いて土に埋め、心から「ありがとうございました」とお礼をいって、土
              に返してあげるのです。
                同じように、鍬の柄が折れたら、長年田畑を耕すことができたお礼を申して、火
              で炊き上げて灰にする。そして、土へと戻してあげるのです。
                さらに食べ物も、土に戻してあげることができたなら、正に終りを見届けたこと
              になるでしよう。

                奈良で骨董店を開かれている古家璽さんは、実に物を大切にされる加田です。古
              家さんは脱サラをして、好きな骨董に囲まれることを仕事に選ばれ、私もときどきお
              店に遊びにいきました。古家實さんが自分の店にある御茶碗を「あの子が」とか「こ
              子が」と愛情をこめて呼んでいらっしゃるのを見て、いたく感動したことがあります。
                物が大切にすれば物に愛される。人を大切にすれば人から愛される。このひとを
              忘れずにいたいものです。

                        物を愛せば、物に愛される。
                        人を愛せば、人に愛される。

                            道具にも、役に立ってくれた恩がある

                                             その3 おわり




                物を大切にして、使い古した物に愛着を感じて、古くなった物を愛おしむこと
              は大事なことですね。私が4歳のときに父が亡くなりましたが、その数年たって私が
              10歳を超えるころに、家の物置から父が仕事(船大工)で使っていた道具箱を発見し
              ました。その中に10種類以上のカンナやノミ、のこぎり、斧、ハンマ-などが入っ
              ていました。そのどれも10年以上使用していないものなのに、夫々の金属面にはサ
              ビひとつついていませんでした。父は仕事がら使えなくなって体にも拘わらず、道具
              を手入れしていたことを感じました。

                昭和30年代ですから、各家庭の燃料は石炭かマキでした。山から拾ってきた枯
              木を父が使っていたオノやノコギリでマキづくりをしたことを思い出しました。その
              後、私は青年になり就職のため都会へ出てしまい、住むところも転々と移り変わる生
              活てあったので、今、父の形見でもあった道具類はひとつも手元には残っていません。

                私のこの子供の時の環境、父の姿も知らないけれども、雑木林で木材を使った趣
              味といいますか、道楽をしているのは父が残してくれた道具箱のお蔭と感謝している
              ところです。 0




               
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