私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『大いなる遺産』 ディケンズ

2008-05-08 19:19:33 | 小説(海外作家)

貧しい鍛冶屋のジョーに養われて育った少年ピップは、クリスマス・イヴの晩、寂しい墓地で脱獄囚の男と出会う。脅されて足枷を切るヤスリと食物を家から盗んで与えるピップ。その恐ろしい記憶は彼の脳裏からいつまでも消えなかった。ある日彼は、なぞの人物から莫大な遺産を相続することになりロンドンに赴く。優しかったジョーの記憶も、いつか過去のものとなっていくが……。
イギリスの文豪チャールズ・ディケンズの後期を代表する長編小説。
山西英一 訳
出版社:新潮社(新潮文庫)




おもしろいか、おもしろくないかの二者択一で語るならば、迷わずおもしろいと言える小説である。
幾分訳が古く(いまどき、おらんだぜりなんて言葉を誰が使うか)、提示された伏線がわかりにくく、展開に無理があるところもあって、リズムに乗り切れないきらいもあるが、それらを辛抱さえすれば楽しめる。
主人公を取り巻く状況は様々に変転するし、多くのキャラが登場して、話を盛り上げてくれて飽きさせない。
これぞ古典的エンタテイメントだろう。


特にキャラ描写が丁寧で心に残る。

金を得たピップがジョーやビディを邪険にするあたりや、プロヴィスが現れたときの心境から仄見える高慢さ(理屈はわかるものの)、パンブルチュックのわかりやすいくらいの俗物っぷりなど、は読んでいてなんていうやつらだ、という腹立たしくなってくる。
また、エステラの高慢な姿にはもどかしいものがあるし、ビディやジョーの愛情深さは読み手の心を和ませる。
それらのキャラクターをつくり、説得力を持って彼らの状況や境遇を積み上げ、読み手の感情に訴えていく手腕はさすが文豪である。

キャラの面々の中で特に印象深かったのはミス・ハヴィシャムとピップである。
ミス・ハヴィシャムの造詣は個人的にはかなりツボだ。
男に裏切られた記憶から一人の少女の性格をゆがめるに至る心理や、その行為が長い時間を経て自分自身に返ってくる過程には運命の悲痛さと、人間の業を見る思いがする。
しかしディケンズは決して彼女を冷たくあしらうわけではなく、マシューとの和解を示しているところに、書き手なりの優しさを見る思いがする。

もちろん主人公のピップだって、人間造詣としては丁寧だ。
上流社会の生活に触れたことから、出世をしたいと願い、そこから運をつかんでのし上がるものの、贅沢に慣れて堕落するという姿はリアルそのもの。
また自ら選んでドラムルと一緒になるエステラの心情を知り、それに対して悲痛な訴えを行なう姿には、思いがまっすぐなだけに心を打つものがあった。


ラストがハッピーエンドにならなかったのが、個人的には少しさびしかったが、これはこれでありだろう。
古い作品ではあるが、現代にも通じる部分があり、古典の良さを改めて知らされた。満足の一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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