アオクジラ-Bluepain-

日々徒然に思ったことを書き記します。ワッショイ!

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愛でていた渇望のようなメロディー

2012年12月15日 15時24分53秒 | 日記
嫌気が射すとか射さぬとか
それすらも挙げ句の果てにあって

多忙につき感謝御礼などと
前向きを装うほど
背後には冷たい渦を感じるのです

下界の事など顧みず
ただ盲目に歩を進めるのも時には
良いのかもしれないけれど
慢性的にそれを患って
手の中にあったはずの機敏が
すっかりこぼれ落ちてることにも気づかんのは
愚の骨頂というものですよ

自分探しは飽きないのかい?
なんて自らを茶化しつつ
その実、自分とやらは其処ら中に撒き散らされて
果たして此処は誰で私は何処よと
冗談のはずが芯を突いたりして

踏みはずせー
踏みはずせーと

向こうの方で懐かしい奴が
手を振っているのが目に浮かぶようです。
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どうにかしたいという体裁

2012年09月19日 03時35分22秒 | 日記
中身がともなっておりませんので
どうにもなっておりません。

60日過ぎるとテンプレートが解除されるとか
中々嫌味の利いたサービスですね。
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とんとご無沙汰

2012年02月15日 02時35分46秒 | 日記
大変ご無沙汰しとります。

すっかり歳も明けて年始の挨拶もすっとぼけ。

いい加減、ここもどうにかせねばなりませんな。

大分生活スタンスに影響されて
書くということが遠のいてしまいました。

書こうと言うところまではいくけれども
書くに至るまでに大概が霧散してしまうので他愛のないことも
書けずじまいですけどね

どうにかしたいです。どうにかしようと思います。
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確認作業

2011年07月30日 02時47分16秒 | 日記
結局のところコミュニティーなんてものは
それぞれがそれぞれの目的を持って寄り集まって
それが達成されればその人は去り
また新しく目的のあるものがやってくるというもので

そのスペースや一定数の集団は恒久的に存在し続けるけれども
内部の人間は常に流動しているものなんだよね

それは至極当然な事でなんら不自然な事ではないことでした。

ことあるごとにその在り様を見てきたはずなのに
すっかり同じ肩透かしをくらうとかそろそろ学習しなければなりません。

依存をするなら要求はしない。
要求があるなら依存はしない。

そういう単純な事でした。
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風景のようなもの

2011年07月28日 08時44分37秒 | 日記
あってはならないことが
事実としと起こる
或いは
起こり得ない状況が
起こり得る状況へ変わる

そういう変化の中で
かつては白か黒で大別できたものにも
次第に灰色の幅が広がって
いつの間にか理解はできるが
許容はしかねるような事が
周囲に夥しく蔓延っている

否、許容しかねることも
許容せざるを得ないような
そういう状況になりつつある

獲得の末に芽生えのが
更なる獲得への渇望とか
なんだか目が眩むようです

その悲哀や絶望感すら
愛おしく思えてきたりするから
なんとも強かなもんを
ボクらは頭ん中に搭載してるもんですよ

まぁね
人間て色々めんどくせーわって
久しぶりに真面目に思ったですよ
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サヨナラノツバサ

2011年04月15日 08時33分27秒 | 映画
マクロスの集大成的全部載せシリーズFの
集大成であるところの劇場版後編を先日観てきました。

ここまででちんぷんかんぷんな人は
こっから先の空力限界高度からその彼方までちんぷんかんぷんなので
第二宇宙速度で全文すっ飛ばして下されば幸いです。

まさか、懐かしい声と懐かしい台詞が聴こえて
YF-19が一瞬ちら見するだけでぐっと来る時がくるとは思ってませんでした。
ランカの似非バックバンドが某銀河系バンドのコスプレ姿で十分ニヤニヤしてたのですが
そのあと緊迫した場面にお茶目にどこぞからフォールドしてきた
シリーズでもっとも好きな機体にはぐらっときた。
そして、その隣にはもうYF-22は並んでいないのだというような
余計な事まで思い浮かんでしまって鳥肌ものでした。

テレビシリーズでは平和的な落とし所で迎えたエンディングも
別の可能性として再構築された劇場版では
きっちりとそれぞれの気持ちが描かれてそれを迎えました。
シェリルファンやきもきランカファンやきもきの結末。

個人的には・・・ミシェルの悲劇が回避されたのは良かったかと。
三人の迎えた結末に対してはやきもきですが異論はございませんでした。

前半、これでもかというくらい歌全面のシーンも前作同様よく出来ていて
ステージ設定とか演出とか改めてBDで楽しみたいと思います。

あと2日待って劇場に行けばフィルムの特典がもらえたのに
絶妙にタイミングが悪かったのが惜しまれます。
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黄金のまどろみ

2011年03月31日 02時05分53秒 | 
ゴールデンスランバー読了
映画→原作
という流れでしたが
映画スタッフは見事に
映像化してくれたなと
改めて感心しました。

なんなら映画の方で
さらに良くなったシークエンスも
少なからずあったように思う。

それぞれの役者が
原作で描かれないような
人物の内面も表現していて
平行して映画も見たりしたんですが
青柳の両親が映し出されるシーンは堪らない。
岩崎が自宅へ戻り口にする
ビール冷えてる?の粋さとか

原作と映画どちらも傑作な
中々貴重な一本でした。
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その亀裂から芽吹くもの

2011年03月17日 00時41分45秒 | 日記
日本人てのは日本て国に興味がなくって
他人のことにも興味がなくって
何なら母国を嫌ってすらいるんじゃねぇかと思ってたんだけど

皮肉にも大地震によって意外な部分が浮き上がってきたらしい

きっと前述の感覚ってのは決して外れてないと思うんだが
まだ辛うじて奥底にくすぶってるもんがあったのかもなと思わせるような
そういう話を今あちこちで耳にする

とはいえ、こうでもならなきゃ変わらないあたりが
日本人の日本人たる所以なんだが

被災者の心痛察するに余りある中で
今、もっともオレが興味があるのは
あの渦中にいる人たちの価値観や人生観ってのは
どういう風に変化して
それがどういう風に展開されていくんだろうということであったり

今、日本でもっとも生きる事と死ぬ事について説得力を持っているのは
あのエリアに他ならないわけで
説得力は影響力を持ち得るとするならば
それによって我々はどんな影響を受けるんだろうかと

そういうことを考えている
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こびりつく澱

2011年03月05日 01時06分35秒 | 日記
10年前、親に依存した生活に身を置いている頃には
どんなしょうもないヤツであっても
社会人として収入を得ているヤツは偉いと思っていた。

自分が社会人になると瞬く間にそれらが
大したことの無い存在で自分も同様に
それらに含まれているんだという意識に苛まれたもんで
存在すると思っていながら何処にも見当たらない存在に
少なくとも自分は近づこうなんて無茶をして現在。

社会人10年とかやってもしょうもない人間だらけだという事実に
ずしりとした幻滅と疲労感が圧し掛かかっている。
居心地の良い場所で無限にままごとをしているのは
ガキどもの特権かと思っていたけれど
良い大人になったってやってることはほとんど同じ。

そうやってその場をやり過ごしていく事に
誰も彼も盲目的なのか自覚的にそれを演じているのか
どっちにしたって気味の悪さは変わらない。

とにかく窮屈で退屈で息苦しい。
何処かへ行きたければ何処へでも行ける筈なのに
それをしない自分もそろそろ手ごろな庭で
くだらないままごとをする準備に入ってんのかと思うと
吐き気がするほどぞっとする。
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ソーシャルネットワーク

2011年02月23日 22時55分40秒 | 映画
人の入りも落ち着いてきた頃合なので
仕事帰りにゆったり見てきました。

ひっきりなしに言葉として溢れる情報量に
退屈する余裕すら奪われる映画。
そんな感じでした。

フィンチャーが実話を基にした作品を作るのに関しては
ゾディアックの記憶からちょっと不安でしたが
今回の作品は前述の通り退屈しませんでした。
とはいえ、やはり創造的な作品で手腕を発揮して欲しいとも思います。
脳天打ち抜かれるような衝撃は今作にはなかった。

それでも叩き込まれた情報量は余韻として
これを書いてる今に至るまでぐるぐるぐるぐると脳内を巡っているので
非常に見て良かったとも思います。

今作を見た人は何処に焦点を当ててみているのだろうか
フェイスブックに興味を抱くのか、人間関係に見入るのか、或いは…
特に中心人物であるマーク・ザッカーバーグを嫌って見るのか好いて見るのか
その辺の傾向にも興味が湧きました。
個人的には彼の性格は嫌いではない。
些か不足するものが在るものの、それを補足できない、というより
補足しない理由も凡そわかるので終始ストレス無く彼らのやり取りを楽しめました。

現在、ユーザー数は全世界で5億人だとか。
それが示すのはこのmixiにしても誰かに知って欲しいけれど
誰にも知ってもらえてない平凡な人がそれだけいるということなんでしょうね。

何しろ、当のマークは自らのSNSに登録などしなくても
5億人以上に知られているわけですから皮肉にもならん皮肉です。
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