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ムスリムの子ども教育10~家庭の重要性

2018年09月22日 | 預言者の教育方法

ムスリムの子ども教育10~家庭の重要性

 

ハビーブ・アリー・ジェフリー師(アッラーのご加護あれ)子どもの教育(3:37:00~最後) bit.ly/1qdyDUw

  

子育てにおける家庭の重要性

 

子育てにおいて、家庭内で、夫婦の関係がうまくいっていることはとても大切です。子どもが育つ土台となる家庭において、夫婦にとって大切なことは、どちらの意見が通るか、どちらか強く、どちらが勝つのか、という点ではありません。夫婦は、敵同士でもなければ、家庭は、戦争の場でもないからです。イスラームにおける家庭というのは、夫婦がお互いを通して、アッラーに近づくための「手段」です。夫婦にとって、家庭において一番大切なことは、いかに妻が夫を通して、アッラーに近づき、アッラーを満足させられるか、また、いかに夫が妻を通して、アッラーに近づき、アッラーを満足させられるか、という一点です。夫婦の関係において大切なことは、どうしたら相手を通して、アッラーのご満足を得ることができるか、ということです。

 

家庭がアッラーのご満足を求める手段であれば、夫婦間で意見がどんなに違っていても、相手がアッラーのご命令に背いている場合以外には、決して議論することはありません。もし意見の違いがあっても、それも、アッラーのご満足を求めるために役立て、相手が、アッラーとの関係を悪化させてしまうのでない限り、意見の相違による問題は起こりません。家庭が、夫婦がお互いにアッラーのご満足を求める「手段」となると、家庭は、夫婦二人にとっての天国になります。

夫が、外の仕事や人間関係に疲れて帰って来ると、慈悲と慈愛に満ちた妻によって、外での喧騒や疲れを忘れ、妻は、子育てや家事で疲れて、仕事から帰った夫が子どもの面倒や家事を手伝うことで、休息がとれ、お互いがお互いを必要とし、お互いがお互いを助け合う、なくてはならない存在となります。お互いがお互いを助け、それによって、アッラーのご満足を得、アッラーに近づくことができます。そうすることにより、相手にいかにして勝つか、自分の意見をいかに通すか、喧嘩と戦争状態の家庭から、協力し、協調してお互いをアッラーへと近づけることができる家庭に変わります。

 

もし相手が自分に対してまちがいを犯してしまっても、アッラーゆえに忍耐し、10回でも、100回でも、アッラーゆえに許し続けることによって、更にアッラーに近づくことができます。

(DVなど犯罪性のあるものは、アッラーから預かっている自分の身を守るために、警察やDV相談などに相談し、解決する必要があります。それに忍耐することは、相手にとっても自分にとってもよくありません。)

 

「私は20年以上ずっと妻に忍耐してきた。もう十分だ!ただ人生を無駄にしただけだったじゃないか!」という人は、「アッラーゆえに」という意味を考えていないかもしれません。アッラーのために行ったことを、アッラーが無駄にすることがあるでしょうか?アッラーのために忍耐したことを、アッラーが無視することがあるでしょうか?アッラーは、必ずその報償を、天秤が善行と悪行のどちらにふれるかわからない時(最後の審判の日)、一番その報奨が必要な時にお与えくださり、天秤を善行の方に傾けさせてくださるでしょう。

 

相手がアッラーのご満足を得られるようになるよう、アッラーゆえに忍耐し、努力し、アッラーにドゥアーし続けましょう。相手がアッラーに近づくことができるよう願って、相手がアッラーに近づくことで、必ず自分に対する振舞いが変わります。10年、相手に忍耐しても、それが、ただ相手が自分に対して良い振舞いをするのを求めてした忍耐なのか、アッラーゆえの忍耐かにより、まったく手にする物は違ってきます。相手が自分に善く振る舞うことを願ってした忍耐や努力は、もしかしたら成功するかもしれませんが、もしかしたらしないかもしれません。成功しなければ、その10年は無駄になり、何も残りません。

一方、相手の導きを望み、アッラーゆえに忍耐した10年は、アッラーのしもべの一人をアッラーへと導く努力をしたことにアッラーは大変お喜びになられ、ご満足なさり、その報償が必ず自分に返って来ます。多くの場合、それは、相手が善い状態に変わることです。しかし、もし相手の状態が変わらなかったとしても、来世では、アッラーゆえに忍耐した、アッラーに愛される人としてアッラーに会うことができます。配偶者に忍耐し、アッラーのご満足を得てアッラーの元での地位を得た模範が、預言者ヌーフ様(平安あれ)やルート様(平安あれ)であり、また夫に忍耐し、天国を約束されたのが、フィルアウン王の妻アーシア様(平安あれ)です。

 

家庭で、配偶者に対し、自分に対する振舞いを改善させようと努力するのではなく、配偶者のアッラーとのつながりを強化し、相手を通してアッラーのご満足を得ようと努力することで、本当の調和と信頼関係を得られます。自分の怒りを、アッラーゆえにコントロールすることです。結婚してから何度、配偶者に対して怒ったでしょうか?そして、相手も、何度自分に対して怒ったでしょうか?一方、配偶者との関係において、何度、アッラーゆえに、自分に対して怒ったでしょうか?私たちが、アッラーゆえに、自分の欠点、自分の至らなさに対して怒るならば、アッラーのご満足を得て、アッラーの元で最も高いレベルに達します。

 

イスラエルの民のある信者が、70年間アッラーに崇拝行為を捧げ続け、一度も、一瞬たりともアッラーに背いたことがありませんでした。ある日、彼は、男に水汲みを頼まれたので水を汲んでやった後、自分にも水を少し分けてくれないかと尋ねましたが、男は断りました。彼は、自分の家に帰ると、アッラーに嘆き、泣きました。「ああ、アッラー、私は70年間も崇拝行為をあなたに捧げ、一瞬たりともあなたに背いたことはありません。それなのに、私が水を求めたというのに、あなたは少しもくれないのですか?!」

 

そう言った後、彼はすぐに自分の間違いに気づき、言いました。

「アスタグフィルッラー(アッラーに自分の罪の赦しを求めます)。

アッラーに文句を言うというのか、悪いナフス(自我)よ!!

もし70年間、本当にお前がアッラーに誠実に崇拝行為をしていたら、アッラーは必ずお前のドゥアーを叶えてくださっただろう。

アッラーは決して不正をなさらない御方だからだ。

お前のドゥアーに対するアッラーの返答が遅れたのは、きっと自分の欠点や弱点、悪い崇拝行為のために違いない!!」

こう言って自分に対して、怒り、自分を責め、過去の70年間の非について、自分を非難し、アッラーゆえに自分を叱責しました。こうして彼が、過ぎ去った70年間を反省し、自分を叱責していると、家のドアを叩く音が聞こえました。「誰ですか?」と彼が聞くと、その時代に、アッラーから遣わされた預言者が立っていました。そして、彼にこう言いました。「アッラーが私に、貴方に平安を送るように、と命じました。そして、アッラーは、貴方にこう伝えるよう言いました。

『貴方が、私のために自分を叱責した一時間は、私にとっては、貴方の70年間の崇拝行為よりも価値がある。』」

 

私たちが、自分の怒りを、アッラーゆえに、自分に向け、叱責するならば、アッラーにどんどん近づくという大きな成果を生みます。私たちの中にある「怒り」という感情は、アッラーゆえに怒るために、アッラーがお与えくださったものです。間違えてはいけないのは、怒りは、自分のために、ではなく、アッラーのために、怒るために使うものだという点です。

家庭内で、この実践を始めることができれば、家庭に、調和に満ちた幸せが行き渡り、家全体が、アッラーへの案内となり、子どもをそこで産み、育てる準備ができます。こうして、その準備ができると、預言者様(彼の上にアッラーの祝福と平安あれ)がおっしゃった状態を、その家庭で実現することができます。

《結婚し、子どもを増やしなさい。最後の審判の日に、私はあなた方のことを、他の共同体に自慢するでしょう。》イブンハッバーン伝承

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