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無明時代のアラブ半島の状態、宗教

2018年11月30日 | 封印された美酒

「封印された美酒」というタイトルの預言者ムハンマド(ﷺ)の伝記の簡潔版
著者はサフィーユッラハマーン・アル=ムバーラクプーリー(インド ムバーラクプリ生まれ2006年12月1日没)
復習のつもりで読み始めました。
預言者伝(本題)に入る前に、知っておくべき予備知識として、彼(ﷺ)がお生まれになる前のアラブ世界の状態、特に当時の人々が信奉していた宗教について。
本によると、当時のほとんどのアラブ人は、父の教えであったイスマーイール様の唯一神信仰に従っていたが、”フザーア族”の長(別ソースではマッカの長でもあった)であったアムル・イブヌ・ルハイがそれを変えた。アムルはシャーム地方(現在のシリア、イラクの一部、ヨルダン、パレスチナ地方)へ旅した際、その民が偶像崇拝しているのを見、正しいのだろうと理解した。なぜならシャーム地方は使徒たちや諸啓典ゆかりの地だからである。アムルは帰郷時に”バハル”(という名の偶像)を持ち帰り、カアバ神殿内部に設置した。そしてマッカの民をアッラーに同位者を配した崇拝へと誘った。マッカの民は彼に呼応し、まもなくヒジャーズの民もマッカの民を追従した。なぜならマッカの民は神殿の管理人であり、聖域の民だからである。(かつてカアバ神殿はアッラーの命によりイブラーヒーム様とその息子イスマーイール様が建立)
そして数多くの偶像が作られ、名前も付けられ、崇められた。
こうして多神信仰と偶像崇拝は無明時代最大の社会現象になった。かつてはイブラーヒーム様の教えに則っていると主張していた人たちだったにもかかわらず。
偶像崇拝には様々な儀礼があったが、その多くはアムル・イブヌ・ルハイが考案したものである。人々はアムルが考案したこと(偶像崇拝)は良き行為であり、決してイブラーヒーム様の教えを改竄するものではないと考えた。偶像礼拝の儀礼として以下がある:
1.熱心に祈る、頼る、困難時に助けを求める、お願いごとをする。偶像がアッラーに御許で執り成してくれる、願いをかなえてくれると思っている。(アッラーへの信仰もちゃんとあるところがイブラーヒーム様の教えが残っていることをうかがわせる)
2.偶像のもとへ巡礼しに行き、その周りを回る(タワーフ)。偶像の前では謙り、跪拝する(サジダ)。
3.様々な捧げものを偶像に捧げた。偶像の名のもとに動物を屠っていた。【食卓章3節】【家畜章121節】
...と続くが割愛。
感想:「アッラー」はその他の神々の上に位置する存在であると畏れられていた/偶像は執り成し役をしてくれる存在、間に入ってくれる存在(ダイレクトにアッラーにお願いするのは畏れ多いので間に入ってくれるありがたい存在的な?)/唯一信仰が失われてもイブラーヒーム様が神殿を建立したころからハッジという儀礼が行われていた/つまり昔の唯一神信仰が疑問視されたり間違っているとは偶像崇拝していても当時の人は思っていなかった/自分たちのリーダーが教えを変えるとすんなり従う民/

Iman Gülistan Jpさんの写真

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