いつも寝不足 (blog版)

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川端裕人のネイチャーライティング (2)

2005年06月09日 | 読書
川端裕人のネイチャーライティング (1)」の続き。

ペンギン、日本人と出会う

文芸春秋

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ペンギン、日本人と出会う』から始める。

この本の前に『動物園にできること ―「種の方舟」のゆくえ』や『緑のマンハッタン ―「環境」をめぐるニューヨーク生活(ライフ)』があるんだけど、前者はともかく後者は重めの話が出てくるので読む順番としては後回しにしておいた方が良い。まずは楽しく興味を持つことから始めるのは、分野を問わず重要なことで、その上で難しい問題も考えるようにしないと続かない。

『ペンギン、…』から始めると書いておいて『動物園に…』の引用をするのも何だが、大事なことだと思うから引いておく。


「エコ・フォビアという言葉を知っている?」と彼女は聞いた。

残念ながら聞いたことがない言葉だった。

「たとえば子供の頃に性的な虐待を受けた子供は大人になってもセックスが好きになれるわけではなくて、逆に性にかかわるさまざまなことに恐怖を持つようになるでしょ。もしも、動物について、あるいは生態系について、こわい話を聞かされ続けた子供はそのことを咀嚼できず、逆に目を背けてしまったり、無力感に苛まれたり、過剰にこわがってしまったりすることがあるのね。特に熱帯雨林の破壊みたいに子供たちにはどうしようもないことを教えられるとその傾向が強くなるの。それをエコ・フォビアと呼んでいるわけ」

『動物園にできること ―「種の方舟」のゆくえ』 p. 243



そういうことなのだ。

ようやく『ペンギン、日本人と出会う』。クジラやイルカはアイドルでもあると同時にある種の勢力の象徴みたいな使われ方をする場合も少なくない。人々もクジラやイルカを感じる前に、そこにまとわりついたものを感じるかもしれない。クジラやイルカそのものへ至る道は意外と遠い。

対してペンギンは、そのユーモラスさ故に世界中で人気を博しているが、ペンギンが高度知性体との仲介者であったり、運動のシンボルに祭り上げられていない。私たちは、より直接的にペンギンへと至り、また、その容易さの故に問題に巻き込まれたりもするのだが、それは後の話。

そもそも、日本人がペンギンを知ったのは江戸時代後半なのだが、オオウミガラスがペンギンとも呼ばれてもいたために、それがペンギンなのか、オオウミガラスのことなのか判然としない。まぁ、どちらにせよ、見たこともない未知の飛べない鳥がいるという知識レベルにとどまっている。

やがて、白瀬矗率いる南極探検(1911-12年)の途上で、ペンギンは本格的に日本人と出会うことになる。『ペンギン、…』に収録されている白瀬隊とペンギンの写真はなかなか衝撃的で、「私も一度くらいやってみたい」と思わないでもない。アデリーペンギン鷲掴み。15人くらいの集合写真で1人1羽くらいアデリーペンギンを抱えている。

白瀬隊がペンギンに興味を持ったのは一にも二にも実用性、すなわち、食用にしたり、油を取ったり、皮を加工したりするためなのだが、かと言ってペンギンの持つ愛らしさに気がつかないはずもなく、白瀬隊の副隊長は捕獲したアデリーペンギンに尺八を聞かせている。当時、他国の調査隊でペンギンにレコード(つうか、蓄音機)を聴かせる事が流行っていたためらしい。

この副隊長がペンギン中毒の第1号患者。日本は世界最大のペンギン大国で、飼育しているペンギンの数やペンギン関連グッズの市場でも他を圧している。上でペンギンはユーモラスで人気があると書いたが、日本人はユーモラスさよりも、より強くキュートであると感じるらしい。もちろん、滑稽ではあるが、それ以上に「可愛い」と叫ばずにはいられないらしい(叫んだのが誰なのか知りたい人は『ペンギン、…』を実際に読んで欲しい)。

日本人はペンギンを偏愛し、世界的にもペンギン好きとして認知されているにもかかわらず、日本人は案外とペンギンのことを知らない。それは何故か。その秘密は、実はクジラが関係している。一般の人々が本格的にペンギンを目にするようになるのは南氷洋捕鯨(1950年代)の頃で、おみやげとしてペンギンの剥製が持ち込まれたり、豪徳寺ではキングペンギンが散歩をしていたりと一挙に南極に棲息するペンギンの波が押し寄せてきた。その時に、ペンギン=南極の生物という想念が固定化され、以降延々と繰り返されてきた。

現存する18種のペンギンのうち、南極にのみ生息するペンギンはわずか4種類なのに、ペンギン=南極の図式は維持されてきた。当然のごとく何らかの歪みが生じないはずがなく、動物園や水族館では本来温帯に棲息するフンボルトペンギン属が氷山を模したディスプレイの中で飼われるという状態が長らく続くことになる。

なぜなら、南極や亜南極に棲息するペンギンは飼育が難しく、専用の設備が欠かせないのに対して、フンボルトペンギン属はよく日本の環境に馴染み、屋外でも特段の苦労もなく繁殖したからだ。つまり、南極性のペンギンの影武者を務めていたのだ。ところが、このフンボルトペンギンが他国では最近まで繁殖が難しいと言われていた種で、本来の棲息地であるチリやペルーでは絶滅しそう(1万羽程度)なのに、日本では千羽程度が飼育されている。

なかなかに錯綜したペンギンと日本人の関係を川端裕人特有のニュートラルな視点から、時にはユーモラスに、時にはシリアスに書いている。また、世界のペンギン事情や日本におけるペンギン研究の先駆者青柳昌宏に関する記述にもかなりの紙数を割いているのも特徴。

多分、『ペンギン、…』を読み終わった後には、ペンギン好きの人は一層好きに、そうでなかった人はペンギンの可愛さに気がつくんじゃないかな。そして、『ペンギン大好き!』へとなだれ込むのだ。

ペンギン大好き!

新潮社

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川端裕人のネイチャーライティング (3)」へ続く。

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