65の見聞録

いろいろ

元鮨職人に聞いた魚と料理の話 番外編 おせち料理

2019-11-04 12:59:32 | グルメ

今年も残すところあと2ヶ月となりました。段々と師走が近づいてきますが
これからお正月の準備やらでで忙しくなってきますね
おせち料理の用意も始まりますが今はほとんどの家庭でも料亭や有名店で作られたものを通販で予約注文をするところが多いようです
そもそもおせち料理はいつごろから始まってのだろうかと思う方もいると思いますので簡単に触れてみたいと思います

おせち料理の始まりは、季節の変わり目毎に収穫を感謝して作物を神様にお供えをしたことが始まりで
弥生時代の頃に中国から稲作が伝来したのが広まり、これと同時期に季節の変わり目を表す「節」が伝わり
この節ごとに収穫した作物を料理してお供えをしたのが「御節料理」と呼ばれ、おせち料理の元になったのです

奈良時代から平安時代の頃に暦が伝わり、この暦で節目の日をきめこの日に行う儀式が「節会」と呼ばれ宮中行事となり
ここで振舞われた料理が「御節句」といわれました、特に節目の五節句という日は重要視されました

江戸時代になると五節句の日が祝日となり幕府の行事として受け継がれました、五節句の日が
1月7日・5月5日・3月3日・7月7日・9月9日に定められ、庶民の間にも「五節句」が広まり
五節句の日に豪華な料理が振舞われ、やがて新年を迎える重要な日に節句の料理が豪華になり
正月料理として定着しましたが江戸時代後期になると料理それぞれに意味が込められたおせち料理となりました
例えば黒豆➡まめに働く、紅白かまぼこ➡紅はめでたさ・白は清浄、海老➡腰が曲がるまで丈夫に長生き
というように意味が込められていました

おせち料理が重箱に詰められようになったのは箱を重ねることで「めでたさを重ねる」という意味が込められたからという説もあります
使われる食材は保存の出来るもので、一の重は口取・祝肴、二の重は焼き物、三の重は煮しめ、予の重は酢の物・和物、五の重は空
五の重が空なのはこの先「富」が入る余裕があることを願って空にします、又、予の重だけ数字を使わないのは「四」という数字が忌み嫌われたからといわれてます
今では三段重が主流になりつつありますが一段重もあるようです、又、以前は料理に意味が込められてた関係で食材も限らていましたが
これも和洋折衷で決まりがなくなり何でも好きな物を入れられてます、家庭で作ったものと通販などの有名どころのおせちを合わせて御重に入れてるところも多いようです
おせち料理には保存の出来るものを食材に使いますが、これは「正月に台所を騒がせてはいけない」又、台所の神様と呼ばれている「荒神様を怒らせてはいけない」いう
平安時代からの言い伝えがあり正月はあまり台所を使わないという事から保存できる食材を使ったためと言われてます

私の家でも昔は母親が12月も暮れになってくるとおせち料理の支度をはじめ、元旦には家族そろってお屠蘇をいただきながら一年の無事を祈願しました


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