人間の心は宇宙と同じようなもの、そのなかに、すべての宇宙現象が生起している。
すなわち、喜びの心は瑞祥(ずいしょう:めでたいしるし)を下す星や雲、怒りの心は
雷鳴や豪雨、思いやりの心はそよ風や甘露、きびしい心は炎天や霜にあたる。
人間の心に起こるこれらの現象も、起こったかと思えば消え、からりとしてわだかまり
を遺してはならない。そうすれば、宇宙の現象とそっくり合致することができる。
(『菜根譚』前集174)
─『新釈 菜根譚』守屋 洋 PHP文庫より
自分の心の状態を宇宙の自然現象に置き換え捉えるという視点がすばらしい。
現代は、マクロの世界とミクロの世界の共通性を見出している。菜根譚の時代に
それを感覚的にとらえて生き方を見抜いているのはすごい見識である。
自分の心の解決を自然法則の性質から見抜き、手本にしている。まさに、私の
手本とするところだ。
すなわち、喜びの心は瑞祥(ずいしょう:めでたいしるし)を下す星や雲、怒りの心は
雷鳴や豪雨、思いやりの心はそよ風や甘露、きびしい心は炎天や霜にあたる。
人間の心に起こるこれらの現象も、起こったかと思えば消え、からりとしてわだかまり
を遺してはならない。そうすれば、宇宙の現象とそっくり合致することができる。
(『菜根譚』前集174)
─『新釈 菜根譚』守屋 洋 PHP文庫より
自分の心の状態を宇宙の自然現象に置き換え捉えるという視点がすばらしい。
現代は、マクロの世界とミクロの世界の共通性を見出している。菜根譚の時代に
それを感覚的にとらえて生き方を見抜いているのはすごい見識である。
自分の心の解決を自然法則の性質から見抜き、手本にしている。まさに、私の
手本とするところだ。
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