前回紹介の、藪の中三尊石仏の辻を北に向かうとすぐ左側の小高い土地に地域の会所と野小屋が建っていて、野小屋の左奥にこの石仏が見える。
この地は その昔釈迦寺のあったところで、この北方には、処刑場が在ったらしく首切り地蔵と呼ばれているらしい。
一時流出して、ほかの地に姿を消していたのを、村人の努力で釈迦寺跡の現地へ戻されらしい。
「首切り地蔵」と呼ばれていますが定印の阿弥陀石仏で、高さ1.2mの長方形切り出し花崗岩に変形のつぼ型光背を彫りくぼめ像高97cm阿弥陀座像を半肉彫りにしてる。
いしの上部には笠石を載せる為の突起があって元々は笠石が乗っていたものらしい。
顔つきが何処と無く、藪中三尊の阿弥陀に似ているような気がする、因みに銘によると弘長2年の像立、藪中三尊と同年号を持っている。
同一作者が平行して刻んだ物であろうか??。
よこに、長谷寺型の杓杖を持った十一面観音石仏があってほほえましい顔立ちが良い。
前の道は大きく右手に折れていてそのまま進むとやがて墓地の横をとおり,左に直角に曲がり,しばらく行くと「大門無縁仏石像群」に出逢う。
右手には小さな春日神社の社があり、昼なおくらい木立ちのなかに無縁仏が2ヶ所に分れて何段にも積み上げられている。
慣れない人には少しおどろおどろしい感じがする場所かもしれない。
近くに在った阿弥陀寺跡や鎮守社の石仏、石塔などを寄せ集めて、ここに安置しなおした石像群らしい。
集積された中にこれはと思う石仏が2~3体在った。
撮影2006.12.01