前回紹介の「笑い仏」から、のどかな里山道を浄瑠璃寺方面に下っていくとこの磨崖石仏に出会う。
この辺りは「からすのつぼ」と呼ばれていて、石仏近くに横たわる石の唐臼(カラウス)から「からすのつぼ」と転化したものだそうです。
この石は、もしかして唐臼でなく寺院の礎石だったのかも知れないと言われています。
以前(もう30年も前)に見たときは、この石仏の前は確かに小さな田圃があって、稲が植えられていたように思うが、今は整備され小さな広場のようになっていて、黄金色の稲穂越しに石仏は見られなくなってしまった。
この突き出した岩の正面には舟形光背の彫りくぼめの中に像高70cm定印の阿弥陀坐像を半肉彫りにして、像の右側に灯篭を線彫りで表し、火袋は彫り窪めて灯明を点けることが出来る様になっている。
向かって左岩面には同様の地蔵立像が彫られている。
正面の阿弥陀には康永二年の銘が有り南北朝時代の作、また地蔵も同時期のものだと考えられています。
この、石仏の右手の小道を少し登って行くと左手崖上に一鍬地蔵と呼ばれる線彫りで等身大の石仏が見える。
しかし、かなり高い場所にあって真近に近づく事は不可能で、像容も肉眼では判別しがたい。
撮影2005.4.9
追加撮影2006.12.01