湖北山間部、石造品の製造地でもあり、江戸時代には石臼の生産地として名を馳せた、白山神社に残された二基の板碑と石造品。
曲谷集落は、伊吹山西側谷筋に奥伊吹まで伸びる県道40号線沿い、懐かしい景観の鄙びた集落・・・・
集落外れの山裾斜面、鎮守の杜境内脇、竹やぶを背に一列横隊の石像品が並び立つ。
ここも白山神社と言うからには神仏混淆、仏教色の強い信仰の地だったのだろう・・・
一列横隊の左手に二基の角柱板碑が並び立って居る。
まずは左端の板碑から・・・板碑の足元には一石五輪。
高さ 123Cmの花崗岩製角柱に東部を山形に、その下方に二段の切込、額部は突出・・
直下に舟形の中蓮台に坐す定印阿弥陀如来を刻み出し、南北朝時代後期の造立。
向かって右脇には同様の角柱板碑・・・
前者によく似た形状だが、より彫りが鋭く深いのは時代がそれだけ遡るからだろう???
高さ 143Cm、切り込み直下、舟形内に蓮華座に座す定印阿弥陀と、直下左右に観音・勢至の種子を刻み阿弥陀三尊としている。
造立は南北朝前期と言われ 、共にこんな山間僻地に有って珍しいが石像品の製造地だからの事なのだろう・・・
他にも南北朝の匂いがする阿弥陀石仏・・・
別途、小石仏が集められてたりした。
神社でこうした石仏たちにお目に掛かる度、残された石仏たちはどう思って居るのか聴いてみたい。
撮影2012.11.2