この集落になら一軒ぐらいは茅葺き屋根の民家が残って居る様な気がして出かけてみた。
滋賀県旧信楽町から三重県伊賀上野に抜ける御斎峠への途上に位置する「隠れ里多羅尾」はその昔,土豪多羅尾氏が治め、幕府直轄の代官所の置かれた古い集落。
<まだまだ住めそうなのにネットを張り巡らした空家です>
山間の狭い谷沿いに100軒ばかしが軒を連ねるが、山間僻地の共通する急激な過疎化により、あちこちに空家も散見される。
集落をぶらぶら茅葺き屋根を探して歩くが茅葺き屋根にトタンを被せた民家は多いのに茅葺きそのものは見つかりません。
風情の良いトタン屋根はあっちにもこっちにもと云う程多く残っていますが・・・・。
散歩をしていたお年寄りに訊ねてみても・・・・もう「くずやの家」は1軒も残って居ないと言うことでした。
宇治川の上流、瀬田川に注ぐ大戸川源流域、滝川が集落を南北に分ける様に流れる左岸に一際豪壮な黒いトタン屋根が目を惹く。
この辺りが多羅尾の中心部、今では10人程の児童しか通わないという立派な小学校が隣接している。
この集落で見る限り群を抜いて見事な佇まいです。
豪壮な箱棟を被せ、妻部仕舞いも見事です。
周りには棧瓦葺きの庇を大きく迫り出し・・・・・これが茅葺きだった頃はさぞかし立派なものだったろう。
聞けば多羅尾の名だたる名家だとか・・・・・。
然しこの集落にも以前から何回も来てるけど、この家が茅葺きだった頃にはお目に掛からなかった。
もう随分昔にトタンを被せられたのかなあ??
撮影2013.2.11