鄙びた山里の農道脇、畑の中に十三重石塔がぽつんと立ち尽くしている。
先日紹介の大蔵寺参道分れより国道370号線を暫く南下、国道脇に沿って流れる津風呂川に掛かる小さな橋を渡ると4~5軒の民家があり、奥まった正面には九頭神社の杜。
九頭神社参道脇を右手に進むと覚恩寺址が在り、現在は収蔵庫のみが建ち、重文の遺仏が収蔵されている。
勿論厚い扉に閉ざされ全く中を窺うことは出来ないが、藤原期の薬師如来坐像と鎌倉期の阿弥陀如来坐像が安置されている。
覚恩寺は南北朝時代の南朝の忠臣であった牧(真木)定観の菩提寺であり、戦国時代に筒井順慶の手により焼け落ちたとされている。
収蔵庫奥、野道を挟んで南朝の長慶天皇の墓塔ともいわれる十三重石塔が忽然とた建っている。
石塔は低い切石組み、二重の基壇上に立ち、総高4.15m、頂部の宝珠と請花は後補。
屋根石には緩やかな軒反が見られるものの良く整い、鎌倉後期~南北朝の造立で重要文化財指定。
基壇、初軸部四面共に粗面と云うのも珍しい。
辺りは兵どもが夢の後・・・・と言う景観に青い風がそよぐだけ・・・・。
撮影2011.7.16