十三重石塔といえば先ず思いつくのがこの石塔、雄渾にして稀有なる美しさを併せ持ち、観光寺院にしては周りの景観も過度に整備されすぎる事無く心地よい。
花の寺に石の塔、しかし頂に立つ真新しい相輪が一寸不釣合な気もしますが・・・・。
般若寺は奈良市街の北外れ、京山城との国境、奈良坂を越える旧奈良街道(京街道とも呼ぶ)脇に建ち、要所を占める位置に在る。
奈良時代に平城京の鬼門鎮護のために聖武天皇が天平18年(746)、官寺として建立したのが始まりとされる名古刹・・・・しかし後その要所を占める位置が災いしたのか?平重衡の南都焼討ちを始め幾多の兵火や明治初期の廃仏毀釈に遭遇、しかし現在の姿にまで復興しています。
本堂前、さりげなく適度に荒れた景観がなんとも心地よい空間を提供してくれる。
この少し荒れたありふれた日常の中に有る景観、「コスモス、石仏の寺」として近年訪れる人も多く、奈良の隠れ名所のひとつにもなっている般若寺、これが寺院側の演出だとしたら心憎いばかりです。
箱形笠石仏と耕運機とのミスマッチもなんとなくGOODで許せてしまう・・・・・、京都の有名観光寺院では有得ない事。
さて肝心の十三重石塔は南都焼討ちで灰燼と化し、礎石だけが残った境内跡に東大寺の復興のために南宋から渡来した石工・伊行末(いのゆきすえ)が、発願者「大善巧の人」、即ち重源上人??のもと、鎌倉時代中期の建長五年(1253)頃に建立したものです。
どこから、どんな角度から見ても見事だとしか言いようのない多層石塔・・・国の重要文化財に指定され一辺が12.3mも有る広々とした切り石積み基壇の上、14.2mの十三重石塔が聳え建っている。
その安定感の有る重層屋根のリズミカルな逓減率は、誰の目にも見事で釘付けにしてしまうほど、良い物は良いとしか云い様がなく見るものを飽きさせない。
基台上の初軸部は四隅を面取り、其々見事な顕教四方仏を刻み出している。
東面には薬師如来坐像、二重円光背を持ち、高さ約60cm程か?鎌倉期の特徴有る大きな蓮弁に座す。
南面は釈迦如来坐像、同じく二重光背の線彫り、向かって左下部が欠落しています。
西面は、お馴染み阿弥陀如来坐像
北面には弥勒如来坐像を置き、顕教四仏とする。
どの坐像も鎌倉期特徴を代表する様な像容で石仏単体としても一級品です。
石塔の片隅には後補した後、出土したのか本来の相輪がむなしく置かれていた・・・・、今からでも入れ替えられないのでしょうか??。
まあしかし、いずれにしても日本を代表する石塔の一つには違いない。
撮影2011.6.29:2006.10.31