前回紹介した傘堂から西へ約100m小さな小川を渡る橋を、南へ入ったところに長岡公民館という小さな会所がある。
この公民館は光蓮寺と言う寺院跡らしく、脇に小さなお堂が架けられていて小石仏が集積されている。
前回紹介した、傘堂の阿弥陀石仏と同じ作者の作と思われる石棺仏は、鎌倉後期の建治二年(一二七六)の銘が刻まれている。
石棺仏とは鎌倉時代に古墳の盗掘が多くなり、被葬者を弔う意味も込めてその石材に石仏を刻んだもので、この周辺に数多く残されている。
面長で、細身で、技巧的な個性の強い作品で、ここから南に少しいった専行院にも同じ作者の石棺仏がある。
1体は阿弥陀石棺仏で、もう1体は左側が破損してしまった地蔵石仏 、建治二年(一二七六)未完成の石仏と考えらています。
この阿弥陀石棺仏は、まさに光蓮寺跡の石棺仏に瓜二つで、妙に納得のいく作風です。
撮影2006.5.28