退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「基本的なこと」について

2012-11-18 02:06:26 | Weblog
雨。夜に止む。

安冨歩「もう『東大話法』にはだまされない」を読む。
と書いて昨日は寝た。

「立場」による発言しかない世界が現実を歪めている模様。
その指摘が「結婚」に及ぶに至って呵々大笑。

今日は買い物に行った以外引きこもり。

妹の末娘の靴が目的だったのだけれど
色彩の貧困ぶりに驚く。

防水と安全の観点からだと思われるツヤツヤとキラキラものばかり。
黒を基調にしたピンクの多用にうんざりする。

全体にゴテゴテの印象が拭えず。
これでは幼い子どもたちの色彩感覚が育つとは到底思えない。

なるほど若者たちの服装はここから始まっているのかと納得。
残念ながら彼ら彼女らは「きれいな色」を知ることなく成長している模様。

繰り返すがせめて「いいもの」を教えるのが「大人のつとめ」だとするなら
その「義務」は果たされていないと言わざるをえず。

もっともその「大人」さえたいていは「きれいなもの」を知らないのだから
この「負の連鎖」はどこかで断ち切りたいもの。

「某小皇帝」が「総理」を目指しつつ「野合」するのも同様。
彼とて「引き際」を知らないことの「醜さ」を若い頃には知っていたはずなのに。

各地で跳梁跋扈する「猫の首」に鈴を付ける者はいないらしい。
ひと言「莫迦」と言えばすむはずなのだが。

ちなみに「おとなしくしていられない」のがその特徴。
むしろ「貧乏ゆすり」を思わせて。

たとえば福島を救うことを「マニフェスト」に掲げないのはなぜなのか。
本格的な「悲劇」はこれからだというのに。

どうせ「振れ幅の大きい振り子」ならば
そこにエネルギーを注いでいけばどれほど役に立つことか。

「国民生活の基本」が実はそこにこそあることを知ろう。
「経世済民の本義」をあらためて思い出したい。
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