退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「性のややこしさと『ガス抜き』しなければならない環境への自覚あるいは『地味なゲリラ』になること」について

2017-12-11 02:02:55 | Weblog
晴れ。おだやか。

榎本稔編著「性依存症のリアル」を読む。

痴漢・露出・ストーカー・小児性愛・強姦・セックス依存症・盗撮・下着窃盗。
加害者の声が採り上げられているのが珍しい。

それぞれの原因で人はこの種のことに「中毒」する模様。
「認知の歪み」のどうしようもなさをあらためて。

ストレスが核心だと思える一方でそうでないパターンも。
被害者の「後遺症」を思うと何とも酷い。

男性に共通するのは「女性をモノ扱いしていること」。
女性に関しての「考察」がやや甘いかも。

これらの「症状」が「教育」によってどうにかなるかと言えば微妙。
「麻薬中毒」に近いというのだから厳しいと言わざるを得ず。

「幸福な出会い」というのが「奇跡」に見えたり。
だからこそ「ドラマ」が成立したりするのだけれど。

些細な出来事がきっかけでそれが繰り返されることに。
ある種の「刷り込み」がなされてしまう「環境」よ。

あらためて「性のややこしさ」について思いを致すのみ。

佐藤健志・藤井聡「対論 『炎上』日本のメカニズム」を読む。

「祭り」というかつての「治外法権空間」が失われた結果
テクノロジーが「新たなガス抜き手段」を生み出したらしい。

もちろん「経済的な苦境」が手伝ってのこと。
それと同時に「簡単に『正義』に酔える手立て」であることも忘れずに。

なぜわれわれはかくも「追い込まれている」のか。
その「原因」をできれば著者たちのように冷静に思い出したいもの。

「認知的不協和」のもたらすものについても同様に。
「見たいものだけ見ている」と人は「操られる」だけ。

マル激を観る。

今回のゲストは中島岳志。
あらゆる意味での「消費」が人々を「孤独」にした結果。

「常識」も「余裕」も失われ「怨嗟の声」だけが各地で響く。
おそらく「信じられるのは数字だけ」といった次第。

「感情の劣化」とは「自分があなただったら耐えられないという『基準』」に
圧倒的に「鈍感であること」だったり。

そもそも「保守の始まり」はわれわれの「理性に対する不信」から。
誰しもわが身を振り返れば「わかること」。

例えば「正しさへの熱狂」がもたらしたのは「フランス革命におけるギロチン劇」。
アナトール・フランス「神々は渇く」を知っておきたい。

「近親憎悪の怖ろしさ」を思い出したいもの。
「ちょっとの違いが大きな違い」になる「事実」よ。

その一方。

「理という『フォーム』」を失ったらわれわれは「カタルシス」に流されるのみ。
「白黒の決着がつかない灰色の空間を生きる体力」をつけないとどうにも。

ただし。

その「処方箋」が「感情教育」だとするなら「無理筋」。
それに応えることが出来る者は限られているから。

トランプの「エルサレムはユダヤ教の聖地」発言を俟たずとも
当分「世界」は渾沌の波に呑まれるだろう。

地味に静かな「ゲリラ」になろう。
誰も知らない場所でひっそりと。
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