退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「男子優先社会への告発と経済の『本当』あるいは検察の圧倒的な『劣化』」について

2020-01-13 02:39:51 | Weblog
晴れ。寒さはそれほどでもなく。

雨宮処凛「女子という呪い」を読む。

現在のあれこれについて「男子と女子を入れ替えてみれば」というのが基本。
なぜ「男子目線」のみから「女子力」は量られるのか。

「男子力」はどこでも問われないのはなぜという当然の疑問。
「巨乳貧乳」が話題になるなら「巨根貧根」はということも同様に。

おそらくは数十年前にあったはずの「疑問」を
今さら蒸し返さなければならない「現状」よ。

そして無意識にそれらを「常識」としてしまう男子の群れも。
繰り返すがなぜ世の母親たちは「鈍感男子」を育ててしまうのだろう。

身近な環境においても話して楽しいのは女子。
男子の「どうしようもなさ」が目立つのだけれど。

とはいえ「男子優先社会」があるのも事実。
その中で生き延びるための「方策」は「既成の秩序」に合わせることが多いのか。

すべての女子たちに告ぐ。
君たちが好きに生きられる環境を生み出すことが一番。

そしてそうした女子たちを見ることが楽しい。
まあ何だかんだ言ったところでたいていの男子は「ヘタレ」ですから。

お好きにどうぞ。
少なくとも「オヤジの真似」だけはしないでいただきたい。

マル激を二回分観る。

前半は松尾匡による「財政破綻の嘘」について。
肝心なのは「世の中に回るお金の量」らしい。

お金持ちは「一定の失業率」がある方が人件費を削りやすいと。
そうした人々に対する「優遇」がとりわけ税にあることも。

いわゆる「ワニの口」はあまり意味がないというのがポイント。
個人では借金を繰り返せば破綻するけれど国家は「紙幣を刷ればいいから」問題なし。

要は「お金が回る状態」を支えればいいだけ。
かつてはそれが民間中心だったが国家でもいいと。

「インフレ」に対する怖れは「計測不能」だったから。
今はその兆候がわかるので対処できるというのにふむふむ。

後半は「カルロス・ゴーンの逃亡」について。

「お上は正しい」江戸時代の過去が「検察の無謬」を支えている模様。
人は必ず「間違える存在」なのに。

「推定無罪の原則」がなぜ生まれたのかも知らず。
せめてヨーロッパにおける「魔女の歴史」を知っていたいもの。

「魔女認定」は魔女と見なされた女子を縛った上で川に放り投げ。
沈んだら「無実」で浮かび上がったら「有罪」。

いずれ「死ぬこと」だけが確実な「システム」。
肝心なのは「誰が『魔女認定』をするのか」。

郷原信郎によると「特捜検察」は「無謬の正義」を信じているらしい。
それが自らの組織のためだけであっても。

「中世の司法」が実はわが国の現在。
それを笑われた外交官は国際舞台で「シャラップ」を繰り返す恥さらしも。

弁護士の立会いもないまま長時間の取り調べがあるのが「普通」だとは。
「自白」に異常にこだわる「体質」の意味不明さなど。

「冤罪発生装置」が維持されている現在。
「明日は我が身」を思わないでいいのだろうか。

検察によるリークを垂れ流すマスコミのせいで「世論」は「ゴーン有罪」に。
少なくとも「勝手なことをほざいて」と思っている人が多い。

なぜ彼は敢えて「逃亡」したのか。
その背景がわからないようではお話にならない。

「文脈」を読めないとそういうことになる。
そしてその種の子どもたちが増えている現実も知っておこう。
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