退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「『正しい独裁』あるいは『明日は少しマシになるという意志』」について

2018-02-23 02:05:37 | Weblog
晴れ。あたたかくおだやか。

ティム・ウー「マスター・スイッチ」をそれと気付かず再読。

副題に「『正しい独裁者』を模索するアメリカ」。
「それって中国のこと?」と思った次第。

しかしこの程度の「短い歴史の振り返り」で何かが「わかった」ことになるのだろうか。
そもそも「小さな会社が『新しい時代』を切り開く」のは当然のはず。

誰しもが「安全牌」しか握らなければ何も起きないのも同様に。
「既成の秩序」を倒すくらいのパワーのある発明や技術がないとどうにも。

もっともそれらを「受け入れる」のが「普通の人々」であることを思えば
彼ら彼女らが「何を求め何を楽しいと思うのか」が重要でもあり。

個人的には家をもっと安く手軽なものにできないかと思うことしきり。
「衣と食」はすでにそうなっているのに「住」だけがどうにも。

紙や竹の家はすでに技術的に可能なのだからどうにかならないものだろうか。
人口は減るし独居世帯も増えているのだからそれで十分のはず。

「生活の基本」であるはずの「住」がいつまでたっても高いのはおかしい。
いまだに数十年に及ぶローンを組まないといけない理由も謎。

そのあたりを解説してくれる本などあるとありがたいのだけれど。
どこかに「あやしいカラクリ」があると思われることしきり。

何よりわが国では「最低限」がいつまでたっても「途上国並み」。
「衣食住」はもちろん「教育」や「社会保障」についても同様。

「生産性を上げるための手段」が「低賃金長時間労働」というのは時代錯誤も甚だしく。
そんな企業など自分が多少貧乏になっても願い下げだという「気概」はないものか。

志ある若者たちには是非とも「起業」をお願いしたいところ。
「本当の生産性の高さ」は「時間」などとは無関係であることを証明していただきたい。

「昭和」はとうの昔に終わり今また「平成」も終わろうとしているというのに
さまざまな分野に残る「昭和幻想」が足を引っ張っていて。

「理想」に現実的に向かっていきたいもの。
そのためにもまずは「到達したい未来=ヴィジョン」をしっかりと持たないとどうにも。

常に「現実」に引きずられるだけなのはつまらない。
確実に「上を向いて」生きたいもの。
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