朝から強い風が吹いています。
ベランダに干した洗濯物が飛びそうなので中に取り込みました。
カレンダーに休みの印がついていたので、安心していたら、急に出勤になったと
娘がバタバタと出かけてゆきました。
わかっていたらお弁当を持たせたのに。
夫が帰って来てくれて色々と助かっている日々だ。
先日も、通院日に夫が一緒に行ってくれた。
主治医の「どう?家庭は円満?」の言葉に二人で「はい」と答えた。
これが平凡なようでいて一番肝心なことだもんなぁ。
私の父は、定年まで教職に就いていた人だ。
とてもきれいな字を書いていた。
私が、躁状態になった時に手紙をもらったことがある。
家庭不和になりかかっていたのを、父が心配して手紙をしたためたのだ。
そこには、私が夫の真面目さが鼻についてきたのだということ。
でも、夫には、精神科に何度も面会に来てくれたり、とても優しい面があること。
そして、家庭とは、夫が先頭に立って重い荷車を引いている
妻である私は、後ろからその荷車を押している。
二人の協力がなければうまくいかないもの。
そういう内容の手紙だった。
ただ、私が躁だったので、手紙を捨ててしまったのだ。
父の思いが詰まった大切な手紙だったにもかかわらず。
認知症になってしまった父。
もう、父から手紙をもらうことはできない。
時々、あの手紙を思い出して夫と協力して歩んで行きたいと思う。
そして、今度、父に会いに行きたいと思っている。
ベランダに干した洗濯物が飛びそうなので中に取り込みました。
カレンダーに休みの印がついていたので、安心していたら、急に出勤になったと
娘がバタバタと出かけてゆきました。
わかっていたらお弁当を持たせたのに。
夫が帰って来てくれて色々と助かっている日々だ。
先日も、通院日に夫が一緒に行ってくれた。
主治医の「どう?家庭は円満?」の言葉に二人で「はい」と答えた。
これが平凡なようでいて一番肝心なことだもんなぁ。
私の父は、定年まで教職に就いていた人だ。
とてもきれいな字を書いていた。
私が、躁状態になった時に手紙をもらったことがある。
家庭不和になりかかっていたのを、父が心配して手紙をしたためたのだ。
そこには、私が夫の真面目さが鼻についてきたのだということ。
でも、夫には、精神科に何度も面会に来てくれたり、とても優しい面があること。
そして、家庭とは、夫が先頭に立って重い荷車を引いている
妻である私は、後ろからその荷車を押している。
二人の協力がなければうまくいかないもの。
そういう内容の手紙だった。
ただ、私が躁だったので、手紙を捨ててしまったのだ。
父の思いが詰まった大切な手紙だったにもかかわらず。
認知症になってしまった父。
もう、父から手紙をもらうことはできない。
時々、あの手紙を思い出して夫と協力して歩んで行きたいと思う。
そして、今度、父に会いに行きたいと思っている。
puusanのお父様、素晴らしい人格者で
いらしたのですね。
お手紙の内容を反芻するpuusanも
素直ないい娘さんだと思います。
私の父も教師でした。
ストレスが多くてお酒を飲み
母や私達にもよく当たっていました。
全然尊敬できる存在ではありませんでした。
でも多趣味で老後はゆっくり
過ごしたかったろうに65歳で
亡くなってしまいました。
半分、憎んでいた存在でしたが
亡くなって数年は思い出すと
とめどない涙がでました。
puusanはお父様がご存命の間に
お顔を見にいってください。
お父様のお蔭でもあるのですね。
らずべりーさんも同じ。
父への思い、深いものです。
私の父も、「家庭が一番大切」と繰り返し言っていました。
結婚時、「この家に、いつでも帰っておいで。でも、その時は、二人一緒でやよ。〇〇子(私の名)一人では、あかん。〇〇〇(夫の名)君は、一人でも入れてあげるよ(笑)」と、父らしいユニークさを込めながら、大切な気持ちを話してくれました。
最期を思うと、後悔もします。
もっと何かできたのでは?他の選択は?と。
でも、母を優先したこと、「それでいいんや。」と言ってくれていると思っています。
今、こうして書いていて、父を思い涙が出てきました。
父のこと、大好きです。
明日、私、診察。「円満です。」って答えてきますね。(*^-^*)
父は、人格者ではないです。
でも、私はお父さん子ですね。
どうして、あの手紙を捨ててしまったのか、後悔しきりです。
まさか、晩年認知症になるとは思いませんでしたから。
らずべりーさんのお父様。とても厳しい方だったのですね。
そういえば、漫画も禁止だったのですよね。
65歳で亡くなられたのは、早いですよね。
6月に夫と二人で連休をもらう計画を立てています。
両親に会いに行きたいと思っています。
さんざん心配をかけてきた不肖の娘です。
せめてそれぐらいはしないと、と思っています。
私たち夫婦が離婚しなかったのは、父のおかげです。
あの時は本当に、家庭の危機でしたから。
感謝しないと罰があたります。
父のこと、ほめてくださって恐縮です。
あの時の父からの手紙がなかったら、我が家はどうなっていたかわかりません。
離婚していたかもしれません。
さくらんぼさんのお父様。
とても、ユーモラスに、でも、大切なことを言ってらしたのですね。
嫁ぐ娘への最高のはなむけの言葉ですね。
いつもお仏前に感謝の気持ちを持ってお供えしている
さくらんぼさん。
その思いは天国のご両親にきっと通じていますよ。
私はそう思います。
私は、病気ばかりして親にさんざん心配をかけて来ました。
少しは親孝行しないといけませんよね。
折しも、西城秀樹さん急逝のニュースを見ました。
私たちの青春時代の大スターでしたよね。
人の一生はわからないと改めて思いました。
心からご冥福をお祈りします。
今日、診察日なのですね。
どんな主治医さんなのかな?
たくさん、お話してきてくださいね。
無くなってしまった手紙は仕方ない
物は所詮物です
そのお父様の気持ちを大切にしてあげてください
あなたには、よく伝わっているのが分かります
ありがとうございます。
確かに物は所詮物ですね。
父がどういう思いでその手紙をしたためたのか?
それを思うと泣けてきます。
辛かっただろうと思います。
親はいつまでも親ですね。
ありがたいです。